歪んだ迷宮⑦
涙が滲むのをグイッと袖で拭っていると、ミュウが決意に満ちた表情で前に出てきた。
小さな声で長い長い呪文を詠唱する。
詠唱しながら、ミュウは少しずつ、少しずつ、アヴィンドル様との距離を詰めていった。
詠唱がクライマックスに達した時、ついにミュウの手が、アヴィンドル様のゴツいシッポに触れる。
俺もサイも、息を詰めて見守った。
柔らかな光が、アヴィンドル様の体を包む。
ミュウが触っても、ピクリとも動かないアヴィンドル様に不安を覚えながらも、俺は、無意識に動いていた。
「マリエルさん、アヴィンドル様の前に…話しかけてやってくれ。多分、ミュウは今、解呪の呪文を唱えてる。今なら話せるかも。」
「…………!!」
バッと顔をあげ、マリエルさんは目を見開いた。頬には幾筋もの涙の跡があるけど、驚きで涙は止まったみたいだ。
フラフラと立ち上がり、マリエルさんは吸い寄せられるように、アヴィンドル様に近付いていく。
目を閉じ、力なく横たわる大きなドラゴンを愛おしそうに見つめたあと、マリエルさんは壊れ物でも触るかのように、優しく、優しく、手を触れた。
万感の思いを込めて、呼びかける。
「……アヴィンドル…様……!」
ビクン!!
と、アヴィンドル様の巨体が跳ねた。
危なっ!…と思ったけど、空気を読んで声は出さない。
アヴィンドル様は、ゆっくりと振り返り…やがて、マリエルさんと、目があった。
「アヴィンドル様!」
巨体が煙のように掻き消え、金髪のやつれた男が現れた。
「マ…リエ…ル…?」
「アヴィンドル様!……会いたかった…!」
ボロボロと、また涙をこぼすマリエルさんは、本当に幸せそうだった。
アヴィンドル様は、まだ事態が飲み込めず、驚いた顔をしていたけれど、見開いた目から涙が零れ落ち…
「マリエル…これは、夢じゃないのか…?」
うわ言のように、呟いた。
「少し、外に出てようぜ。」
アラシが俺達お子様3人組を急き立てる。あ~あ…感動の再開、見たかったのに…。
あれから1時間、俺達は部屋の外の壁にもたれ、膝を抱えて大人しくしている。
100年もお互いに相手を思っていたんだし、感動の再開くらい二人っきりにしてやろう…という、アラシの気遣いは分かるけど、そろそろ飽きてきた。
サイなんか俺よりちっこいのに、良くガマンしてるよ。偉い。
「今回ミュウ、大活躍だったな。」
俺がポツリと呟くと、アラシもニッコリ笑って、ミュウの頭を撫でた。
「そうだな、今回はミュウがいなかったら、サマンサも倒せなかったし、アヴィンドルとマリエルさんも、会わせてやれなかっただろうし…。ありがとな。」
「………!」
ミュウはビックリしたような顔をして、それからすっごく!嬉しそうに笑った。
いいなぁ…。俺も活躍したい。
今のところ、ミュウに負けっぱなしな気がする。地味に悔しい。
サイからも「凄かった!」と褒められ、「ありがとう!」と言いながら、今度はサイの頭を優しく撫でるミュウ。
ちょっと羨ましい気持ちで、それを見ていたら、アヴィンドル様の私室のドアが重い音をたてて開く。
振り向くと、アヴィンドル様とマリエルさんが、幸せそうな笑顔で立っていた。
「ごめんなさい。待たせてしまって…。」
「アラシ、本当にありがとう。君が助けてくれたんだってな。本当に、いくら礼を言っても足りないよ。」
アヴィンドル様は、さっきのやつれ切った顔からは想像出来ない程、輝くような笑顔になっていた。
「ここではなんですので、どうぞ中に。」
マリエルさんに促がされ、改めて室内に入る。さっきはアヴィンドル様の巨体しか見えなかったが、室内はシンプルで品のいい家具で纏められていた。
「やっぱりお城よね、どのお部屋もすごく素敵。」
「うん、高そうな物がいっぱいあるね!」
ミュウとサイの素直な感想に、マリエルさんは楽しそうにクスクス笑っている。
「誤解は解けたか?」
アラシの直球な質問に、アヴィンドル様は苦笑いしながら頷いた。
「面目ない。これからは、ちゃんと城下町にもまた顔を出すようにするよ。」
「そうだな。少し人も雇え。メシ食って体力もつけろ。ガリガリじゃねぇか。」
アラシが心配するのも分かる。
楽しそうな笑顔にはなったが、ガリガリで死なないのが不思議なくらいだもん。
「これからは、私がしっかり管理します。幸い、こんな形ではありますが、長い長い時を一緒に過ごす事は出来そうですもの。」
そうか、幽霊だから寿命とかないもんね。幸せそうな二人を見て安心した僕らは、一晩ゆっくり泊めてもらって、翌朝町長さんに報告に向かった。…アヴィンドル様も一緒に。
「まぁまぁまぁ!!そう言う事でしたの!」
町長さんは盛大に驚いている。
そりゃそうだよね。
今や伝説になりかけていたアヴィンドル様がガリガリな姿で現れて、しかも自分のご先祖様がそれに深く関係していれば、驚かずにはいられない。
アラシの説明に、町長さんはしきりに驚いたり、涙したりと忙しい。一方目の前には、沢山のご馳走が並んでいて、俺達子供組は食べるのに一生懸命だ。
多分ガリガリのアヴィンドル様のために出されてるんだろうけど、俺達も腹ペコだもん。
一通り報告を終え、アラシ達が談笑しながら食事を始めた頃には、俺達子供組はデザートに移っていた。感激した町長さんが、お菓子を沢山用意してくれたからね!
アヴィンドル様やマリエルさん、そして町長さんにも感謝され、今回の依頼はパーフェクトに達成できた。
美味しい食事とお菓子も食べられて大満足。俺達は謝礼を手にし、意気揚々とギルドに帰還した。