歪んだ迷宮⑥
「させません!」
マリエルさんが、俺達の前に立ちはだかり、体で止めてくれた。
「マリエルさんはどいててくれ!」
アラシが厳しい表情で、マリエルさんを止めた。でも、マリエルさんもひかない。
「いいえ、私も戦います!この時を100年も待ったんですもの!この身が滅んでも!」
「ひっこんでろ!アヴィンドルを正気に戻せるのは、多分あんただけだ!なんとしても、あんたはアヴィンドルに会わせる!」
「でも!」
食い下がるマリエルさんに、アラシはため息をついて、静かに言った。
「マリエルさん、どいててくれ。サマンサの方があんたより強い。あんたを守りながらじゃ勝てない。ハッキリ言ってジャマだ。」
勝ち誇ったように笑うサマンサとは対照的に、マリエルさんはフラフラと後ろに下がる。
ここからは俺達が頑張る番だ。
アラシが悪者になって稼いでくれた時間と、マリエルさんの身の安全、無駄にしちゃいけないんだ。
ミュウはさっきから、小さな声で詠唱を続けている。肉体がないタイプのアンデッドが相手ともなれば、ミュウの聖魔法が頼りだ。
頼むぞ、ミュウ!
ついにミュウの体からまばゆい光が溢れだし、周囲は光に包まれた。
そして、光は俺の剣に集約される。
同時に、俺はサマンサに容赦なく斬りかかる。サマンサの肩から胸にかけて、ズバッと剣が振り下ろされた。
「あぁぁぁあぁぁぁっ!」
驚愕の叫び声をあげるサマンサ。
物理攻撃を受けるなんて、きっと想像もしなかったんだろう。
避けもしなかったから、攻撃が思いの他深く入った。
これは、村にいる時から何度も何度も、ミュウと俺とで連携を練習した魔法…武器への聖属性付与だ。
武器に属性が付与できれば、普通の武器でもアンデッドにダメージを与えられるんだ。
ミュウの父ちゃんもアリアも聖魔導師だから、アンデッドの恐ろしさ、戦い辛さを嫌と言う程感じていたんだろう。
俺達は、対アンデッド対策の戦い方は必要以上に叩き込まれている。
まさかこんなところで役に立つとは!
俺は、ここぞとばかりに剣を振るう。
ぶっちゃけ、ここまでいいとこなかったからな!マリエルさんで慣れてきて、スケスケおばけにも必要以上にビビらずに済んでる!俺、活躍できるかも!
思わぬダメージに苦しんでいるサマンサに、畳み掛けるように、俺は剣を振るった。
「あぁぁっ!…くっ…生意気な、子供…!許さない!」
サマンサの目が赤く光った。
サマンサの髪の毛が、生きているようにウネウネと舞い上がり、服も風を受けているかのようにはためいている。
それと同時に、身体の力が一気に抜けて行った。
な…なんだ…?
足に力が入らなくて、体が支えられない…。俺は膝から崩れ落ち、ぐったりと床に倒れ込んでしまった。
「にーちゃん!?…顔が真っ青だよ!?」
「カイン…HPが極限まで削られてるわ…これって、エナジードレインよね?サマンサさん…!」
サイの狼狽えた声と、ミュウの唸るような怒りを抑えた声が、酷く遠くから聞こえる気がする。
ああ…ミュウのこんなマジで怒った声、久しぶりに聞いたな…。そう思っていたら、だんだんと体が暖かくなってきた。どうやらミュウが、回復魔法を唱えてくれたらしい。
「にーちゃん!大丈夫!?」
サイが耳元で泣きそうな声を出すから、俺は起き上がって、とりあえずサイの頭を撫でてやった。
…ちょっとクラクラしたけどな。
見れば、アラシとミュウは、サマンサと睨みあっている。
サマンサは俺の生気を吸いとり、かなり回復したようだ。余裕の笑みを浮かべていた。
「おかげさまで随分と傷が癒えたわ。」
「この…っ!」
ニヤニヤと笑うサマンサに、ミュウが苛立ったように、聖魔法:ライトを放った。
続けざまにライトを連発するものの、サマンサは何か唱えては相殺している。しかも、余裕の笑みだ。
「何発撃ってもムダ。効かないわ、そんな初期魔法。」
「だろうな、目くらましだ。」
アラシの斬撃が、サマンサを襲う。
意表を突かれたサマンサが、引き裂かれたような悲鳴をあげた。
そうか…アラシの剣にも、聖属性付与、かけたんだな…。
まだ少しフラフラしながらも、そう考え、俺も動きだす。
「ははっ!まさか直接攻撃でダメージ与えられるとはな!俺は魔法より、こっちが得意なんだ!」
水を得た魚のように剣を振り、着実にダメージを与えていくアラシ。次々に与えられるダメージに、サマンサはなす術がないようだ。
「ホーリー!!」
その隙をついて、ミュウが高らかに魔法を発動した。
「ああぁあぁぁぁあぁぁっっ!!」
サマンサが、苦痛に悲鳴をあげる。
ついに、浮遊していた身体が地に落ちた。
「悪ぃな!!」
アラシが大きく叫んで、躊躇なく剣を突き立てる。
サマンサは、サラサラと黒い粒子になって、崩れていった。
「……!…サマンサ…っ…。」
マリエルさんの、悲しげな声が小さく響く。敵対していたとは言え、友達だった時期もあったんだ…マリエルさんにも、思うところがあるんだろう。
僅かな時間、彼女が落ち着くのを待つ。
そしていよいよ俺達は、アヴィンドル様が籠って居る部屋の、扉へ手をかけた。
ギィィィィ………
重い扉が、軋むような音をたてながら、ゆっくりと、ゆっくりと開いていく。
巨大な空間に、ドラゴンが横たわっていた。
身じろぎひとつしない。四肢も力なく投げ出され、翼さえも地についている。…生きているのか不安になる程、アヴィンドル様からは、生気が感じられなかった。
「アヴィンドル…様…。…なんて…なんて痛ましい姿に…!」
マリエルさんが、堪えきれずに泣き崩れる。
僕達も、アヴィンドル様のあまりの生気のなさに、声すらかけられずに居た。
…ここはまるで、100年もの間、時が止まってしまったかのように見える。
俺達には聞こえているマリエルさんの嗚咽も、魔除けの呪文を受けたアヴィンドル様には、きっと聞こえていないんだろう。
……そんなの、悲し過ぎるよ……。