歪んだ迷宮⑤
俺達は一歩一歩、階段を登っていく。
城の最上階に近付くにつれ、情けない事に、なんだか気持ちが悪くなってきた。
「オエ…なんか頭痛い…吐き気がする…」
「えっ…カインも?私も具合悪い…」
ミュウが青い顔で振り返った。
アラシやサイは平気みたいだけど…。
ミュウは立ち止まり、難しい顔をしている。
「瘴気…かも。ねぇ、マリエルさん。さっき、サマンサは高位のアンデッドになったって、言ってたよね?」
ミュウの問いに、マリエルさんは悲しげに頷いている。そうか…。高位のアンデッドは、強い瘴気を撒き散らす場合もある。アラシとサイは平気そうだから、ドラゴンは瘴気耐性が強いのかも知れない。
「加護の魔法、やってみる。カインちょっとこっちに来て」
額と額をくっつけて、ミュウが小さな声で詠唱する。これ、結構恥ずかしいな…。
いたたまれなくて目を閉じていたら、少しずつ少しずつ、体が軽くなっていく。額があったかくなって、詠唱の声が気持ちいい。
……ああ、本当に瘴気の影響だったんだな。
「やっぱり瘴気ね。体軽くなったでしょ」
額を離すと、ミュウはにっこり笑った。
ミュウの顔色もすっかり元通りだ。
「…とすると、マジでヤバいな。サマンサはホントに結構高位のアンデッドだって事だよな」
さすがのアラシも険しい表情だ。
「ミュウ、お前聖魔法、どれ位持ってるんだ?」
アラシの問いに、ミュウは微妙な顔をした。
「う〜ん…色々習いはしたんだけど、どれもそんなにレベルが高くないの…」
つらつらと自分の手持ちの魔法をあげるミュウ。
全12種類。
駆け出し冒険者にしては、相当多いと思う。アリアとミュウの親父の、スパルタ教育の賜物だな。
アラシは少しホッとしたようだ。
それを見て、俺は気になってる事を聞いてみた。
「なぁマリエルさん。サマンサって、実体ある系なの?ない系なの?」
アンデッドにも色々あるし。ゾンビやスケルトンみたいな実体ある系もいれば、マリエルさんみたいにスケスケの、実体ない系もいる。俺は実体ない系の方がよりイヤだ。
…心の準備がいるじゃないか。
「そうだな、それによって物理攻撃の効き加減も変わってくるもんな。いい質問だ」
アラシに褒められた。
俺のビビりも、たまには役に立つんだな。
「サマンサも、実体はありません。私が近付くと、粒子が集まるようにサマンサが現れるんです」
話している間にも、最上階はどんどん近付いてくる。空気が肌で感じる程重い。
最上階に辿り付いた瞬間。
「また来たの?…凝りない女ね」
底冷えのする、冷たい声が響いた。
石造りの壁に、重厚なドア。見えるものはそれだけなのに、声はどこからともなく響き、空気がどんどんと冷えていく。
ドアに近付こうとすると、視界に黒い粒子が現れ始め、見る間に綺麗な女の人になった。
「サマンサ…」
マリエルさんが呟く。
だよね。
やっぱりこの人が、サマンサだよね。
サマンサ、美人だったんだなぁ。
真っ赤な髪に気の強そうなツリ目。漆黒のメイド服を身に纏ってはいるが、言う事をきいてくれそうな雰囲気は一切ない。
「なぁに?今度は男まで引き連れて。新しい男でも自慢に来たの?」
意地悪そうにそう言って、サマンサは高笑いしている。うわぁ…典型的な意地悪お姉さんだ。
マリエルさんは悔しそうに唇をかんでいる。ちょっとは言い返せばいいのに。
「女の争いはそれ位にして、そこを通してくれないか?オレ達はアヴィンドルの無事を確認したいだけなんだが」
アラシがサマンサに話しかけた。マリエルさんを挟んで話すより、直接交渉の方が手っ取り早いと思ったのかな?
でもサマンサは、唇の端をキュッと吊り上げて笑うと、扉の前で両手を広げてみせた。
「ダメよ。通せないわ。誰一人、あの人に会わせるわけにはいかない…。帰ってちょうだい」
アラシも唇の端をあげて笑い「絶対に通る、って言ったら?」と返す。お互いに、戦う前の儀式のように、淡々と言葉を交わしているのが、凄く怖い。
「もちろん阻止するわ。通りたいなら私を倒して行く事ね」
にっこり笑うサマンサ。
「言っとくが、オレは女だからって手加減するタイプじゃねぇからな」
アラシもにっこりと笑う。怖いって!
「そのようね。さ、もういいでしょ?交渉決裂、通りたいならかかってらっしゃい」
そう言ってフワリと浮いたサマンサに、アラシは「じゃ、遠慮なく!」と叫びながら切りかかった。
「効かないわ。物理攻撃なんか」
剣はサマンサを素通りする。
「確かめただけだ!ミュウ!」
アラシの呼びかけに、ミュウが詠唱を始める。アラシも剣を収めて、詠唱を始めた。俺も肉体強化の魔法を唱えてみる。物理攻撃が効かない以上、なんか魔法唱えるしかないしな。
「なあに?全員で魔法?隙だらけだわ、つまらない…」
サマンサが不満気に呟いて、闇色の魔法を繰り出してきた。