歪んだ迷宮②
そういえば、街の人の話を聞いて凄く疑問だった事があるんだ。
「あの…、お城から声が聞こえるのって、いつからなんですか?」
町長さんは、穏やかに答える。
「もうずっと昔からよ。それも、100年以上昔からだと言われているわ。」
やっぱり。
「あの…そんな前からなのに、なんで今、依頼したんですか?」
それが本当に疑問だった。
町長さんは「そうよねぇ。不思議に思うわよねぇ。」と笑って、あんまり笑い事でもない理由を教えてくれた。
固く閉ざされた城の門に、毎日女の幽霊が出るようになったらしい。
「しかも、私のご先祖様のようなのよ。アヴィンドル様に嫁いだ、マリエル様の肖像画にそっくりなの。」
何が言いたいのか、涙ながらに何か訴えているが誰も声を聞けないらしい。
「それ、霊能者に相談した方が、いいんじゃ…。」
ミュウの呟きに激しく同意!
でも、町長さんは残念そうに首を振った。
「何人も呼んだわよ。でも、誰も声を聞き取れなくて。ついにはマリエル様の霊もしくしく泣くだけになってしまって…可哀想で。」
それで仕方なく、アヴィンドル様と同族のドラゴンズギルドなら、事が進展するかも知れないって事で、依頼して来たらしい。
なんか、お門違いな気がする…。
幽霊、怖い…。
話の背景は分かったし、俺達は町長さんの家を出て、城に向かう。
「ほーらー、キリキリ歩けって!」
アラシが軽くイラついてるけど、俺達の足取りは重い。
「全くもう、子供の頃からヴァンパイアと暮らしてた癖に、なんで今さら幽霊なんかが怖いんだ。」
「アリアは実体あるもん…。」
反論にすら力が出ない。
ああ、やだなぁ…。
遠目で見ても、大きくて迫力があるお城。
だんだん近付いているのに、まるで「来るな」と言われてるみたいに、拒絶のオーラが強く強くなってくる。
城の近付くにつれ、人も動物もまばらになり、やがて人影もなくなった。
日も落ちて、闇に城が浮かびあがる。
怖い!!
ホラーでしかない!!
城門の前には、仄かに闇に浮かぶ人影。
いるよ、幽霊…っ!
幽霊って、こんなに確実に出現するものなのか…?
城門の前でさめざめと泣いている、半透明の美人。確かにちょっとだけ町長さんに似ている。
「おっ!美人だな~。アヴィンドルのヤツ、いつの間にあんな可愛い嫁さん…って、もう死んでるのか。」
皆ビビってるから、アラシのボケにツッコむ余裕もない。
ひとり元気なアラシは、俺達をおいてさっさとスケスケの美女のところに行ってしまった。
て言うか、置いてかないで~!
アラシが居ないと、歩く速度はガクンと落ちる。最早歩いているかも疑問な速度かも…。
俺達がもたもたしてる間に、アラシは女に連れられて、城の門の前に広がる公園に入って行ってしまった。
「!!!!!」
アラシの姿が見えなくなった途端、更なる恐怖が湧き上がる。
「アラシ!」
「待ってよ~!」
「置いてかないで~!」
皆いっせいにアラシを追ってダッシュ!
情けないけど怖いんだって~!
3人揃って公園に駆け込むと、ちょうど出て来た何かと鉢合わせる。
「ぎゃーーーーっ!!!」
誰かの悲鳴。
もうイヤだぁ~…。
「あーもーうるせー!」
………へ?
よく見ると、出て来たのはアラシだった。
「ア、アラシ…。」
驚きで、ろくに声も出ない俺達に、アラシは綺麗な装飾が施された、小さな鍵を見せてくれた。
「城門の鍵みたいだぜ?」
事も無げに言う。
「このお嬢さんが、ついて来いって素振りで手招きするから行ってみたら、見つけたんだ。」
幽霊のお姉さんが、今度は城門の前で、また手招きする。
「ホラ、行くぞ。」
あああ…すんなり城に入れてしまいそうだ。
仕方なくアラシについていく。
城門の鍵はなんの抵抗もなく開き、それを見た幽霊は、ホッとした表情で消えてしまった。
「あ…居なくなった…。」
こっちもホッとする。
ミュウもサイも、ヘナヘナと座りこんでしまった。
それを見て、アラシは笑ってるけど…怖いんだからしょーがないだろ!?
「あー久しぶりだな、このダンジョンも。」
「アラシは来た事があるんだよね。」
「まあな、でも道案内は出来ねぇぞ?複雑過ぎて覚えてねぇし。」
俺達は今、城の中のダンジョンを連れだって進んでいる。幽霊さえ居なければ、俺達だって普通だ。
むしろ、さっきのビビり具合を少しでも払拭しようと、時々現れるモンスターとも、かなり勇敢に戦っている。
アラシは道を覚えてないし、ダンジョンは広くて複雑。
俺達は早速迷って、無駄に1Fをウロウロしてるから、必然的にモンスターと遭遇する回数も多いんだ。
モンスターはコボルトやリザード系の、俺達でも充分戦えるくらいのヤツらが多い。レベルアップも狙って、俺達は頑張っていた。
本当に頑張ってたんだ。
なのに…。
「あの、ご案内しましょうか?」
でたぁーーーーー!!!!!
「おっ!美人さん、話せるのか?」
さっきのスケスケ美人幽霊が、何故か話しかけてきた!さっき消えたから、なんか満足して成仏したかと思ったのに…!
「城の中でなら、少し…。」
俺達3人はもう、5mくらい離れたところでガクブルしている。
スケスケ美人幽霊は、そんな俺達を見て、悲しそうだ。
「露骨に怖がられると…さすがに…傷つきます…。」と、しゅんとしてしまった。
「まぁ、あいつらは放っといて」
アラシ、ひどっ!
「君、名前は?」
「マリエル…。」
するとアラシは、大きく頷いた。
そういえば、さっき町長さんが言ってた名前かも知れない。
「やっぱり…。じゃあ、アヴィンドルの嫁さんなのか?」
「はい…。私が馬鹿な事を…したせいで、あの人は…。」
マリエルさんは、悲しそうにさめざめと泣き出してしまった。
「あの人を…救って…。」
そう言うと、ふらふらとダンジョンの奥の方へ進み始める。
やっぱり浮いてる…!
アラシはもちろん、ミュウとサイもマリエルさんを追って、歩き始めた。