主人公のお姉様
あくまでも、カッ!!として書いてるだけなので設定細かく決めてません(・ω<)ごめんなさい!m(__)m
この間、苛め苛め抜いた義理の妹が結婚した。それもこの国の王子様と。どうしてこんな事になったのかは分からない。王子様に見初められるように私は、私のママも努力した。必死に着飾って、養父が遺した財産を食い潰して。
であるのに残ったのは惨めさと借金だけ。そして、誇りだろうか。
代々受け継いできた貴族の誇り。そんな物が一体何の役に立つのかわからない。無論そんなもので食べていけるわけでもなく、私は、大半のドレスを売った。持っているドレスは麻で出来たみすぼらしい物ばかり。
ここまで来たらもう、自分の役割なんて分かっている。
浪費し、贅沢に暮らすなんてどうでもいい。あんな夢なんて見たことがそもそも間違いだったのだ。元々町娘の私には出過ぎた夢だ。
私は、少しの荷物を持ってがらんどうの家を出た。
働くなんてーー婦女子が。ママは嘆いて未だにそんなことを言っていたけれど着飾って誰かを蹴落として生きるのはもう嫌だ。あんな心地の悪いものはない。私は、義理の妹みたいに華やかでも美人でもない。目の釣り上がったキツメの女。着飾っても醜いだけということを知ったし、第一お金がないのだから仕方ない。
だからって、泣いて生きることもしたくなかった。ママみたいに。
辛うじて親戚に紹介してもらった『職』に有りつけた私はため息をひとつ落として、その門を叩く。
出来るか出来ないでは、ないのだ。
私は生きなければならなかったのだから。
軋む音を立てて開く木の扉。出迎えた鎧のそばに立っていたのは一人の美しい女の子だった。そう、私がよく見知った女の子。下僕のように苛め抜いたその少女は悪魔のような優しい笑みを湛えて私に目を向けていた。
「お久しぶりね。マテリアお姉様」
「え、ええ」
立派な門の前に佇むのは妖艶な笑みを浮かべた妹だ。一体結婚してから何があったのだろうか。あんなに素直で純朴。それゆえいじめ心がムクムクと湧き上がってくる少女だったのに。今では見る影もない。あの男ーー王子が全てを刈り取っていったようだった。
まぁ、結婚したらそんなものなのかもしれない。
にしても、ここは別宅。王都から離れた避暑地になぜ妹が一人でいるのだろうか。あれ程結婚する前は二人熱かったというのに。
「宜しくお願いします。リディ。今日からメイドとしてお世話になるわ」
「気にしなくていいのよ。行くところが無いなら当たり前よ。姉妹ですもの。助け合わなくちゃ。ーーでも、私のことはこれからリディア様と呼んでね」
あの優しかった妹はもういないのだと知った。細めために光るのは復讐の炎だろうか。
今までしてきたいじめの数々を思い出しながら、あまり逆らわないでおこう。と心に誓う。
私は心のなかで怯えながら『はい』そう答えるのが精いっぱいだった。
とにもかくにも私がここに来てからリディに合うことはなく一ヶ月が過ぎ去ろうとしていた。まだこの屋敷にいるみたいだが引きこもっている模様。体調が良くないのかとそれとなく探りを入れてみたがそうでは無いらしい。
その理由は旦那様ーー王子ーーの浮気で臥せっているらしい。どうでもいいけど。それにしてもあの人一途に見えて気が多いんだ。私は今ではもう顔も思い出せない王子を思い浮かべるがやはり思い出せない。
あんな必死になったのに気づいたらどうでも良い存在に成り果てたようだ。
ま、何事もなくて良かった。使用人さん達は皆優しいし気さくだ。今までのあんなに嫌ってごめんなさい。
使用人バンザイ!
私が洗濯物を終えた頃この屋敷で使用人を束ねる執事さんに呼び出された。
「失礼します」
羊ーーいや執事さん専用の事務室の扉を置けると一人のおっさーー男の人が立っていた。
「ああ、腰を掛けて」
「ハア」
何かしただろうか。考えを巡らせながら私は、ソファに腰をかける。そして、思いついたように顔を上げた。
「あのっ、私は首ですか!! 困るんですが! これでも強欲の母を養っている立場でしてーーまだお金が!」
「は? いやいやいや。貴方には助かってますし首にするようなことはないですよ。貴族の娘さんとお聞きしてましたが働きぶりは立派すぎです。とうていそうには見えないほど立派です」
これは喜んでいいのだろうか。悲しむべきなんだろうか。当然母が見たら悲しむけれど。よく分からない表情でおっさーー男を追うと彼は困ったように口を開いた。
「で、ですね。今月分のお給金なんですがーー」
「はい! 今すぐください」
「それが無いんです」
は? 無いとはどういうことだよコノヤロウ。少なくともここは国王が持ち主で有り、メイド一人くらいの給料なんてポンと払えるだろうが。コラァ。と云いたかったが何とか口元を抑えることで我慢した。
ただ、睨むことだけはゆるしてほしい。
「え、えっと。コホン。奥様からのお言付けでしてーー私にはどうすることも……」
あの女。ようやく復讐を開始したようだ。そうだよね。ただ働きさせてたもんね。
舌打ち一つ。
「なら、この家の金目の物を売り飛ばしてお金にしますので。それでいかがですか?」
「いかがですかと言われてもーー一度奥様と話し合われては?」
やだ。ナニソレ。怖い。次は灰でも頭から被せられるのか? 身ぐるみ剥いで夜に放り出されるのかーー私が勢い良く顔を横に振るとため息一つ。
「なら、明日旦那さまが帰ってきますので私から話しておきますがーー」
なら、最初からそうして欲しい。心の中で叫んで見る。ついでに言うと私とリディの関係はここでは知られていない。いろいろ面倒だろうと親戚が気を回して私を名ばかりの養女にしてくれたのだ。
そういえば『強欲の母』と言っちゃったけどまあ、いっか。
とにかく、明日例の王子が帰ってくる? らしい。どうでもいいけど給料ほしい。頑張れ執事さん。
次の日全員で王子をお出迎えしたんだ。もちろん正妻であるリディも。なんかよそよそしい。昔の熱を持っていた二人はどこに行ったんだろう。考えていると王子と目があった。
そう言えばこの男。イケメンだったな。端正な顔立ち。引き締まった肢体。どこかの本から抜け出したような銀髪。ダークグレーの双眸。社交界憧れの存在。
全てが今更どうでもいいけどーーってこっち見んな。リディが睨んでる。私は、リディに関わりたくないんだよこれ以上!
こっちくんなよ!
そんな願いも虚しく王子はこちらに歩いてきた。後ろでリディは殺気混じりに私を凝視している。
殺されるのではないか。そう思ったほどだ。
「何処かで会いませんでしたか?」
『ええ結婚式で』など言えるはずもなく私は『めっそうもございません』と深々頭を垂れた。
まさか覚えているはずなど無いだろう。新たな口説き文句か? 噂によると浮気症と聞いた。次から次に女を取っ替え引っ替え。まさに女の敵!
良かった。結婚しなくて。と心底思うんだ。
「そうですか?」
小首をかしげてみせる。しかしすぐに興味を失ったのか顔を上げる頃には私から遠ざかっていた。
一安心ーーじゃ無いな。にしても、聞いてないけど? リディってあんなに嫉妬深かったっけ?
殺気を残したまま立ち去るのやめてください。
私がくたびれているとメイド仲間のひとりレンズさんが私の背中を労るように軽く叩いた。
「頑張ったわ。貴方はーー。これであなたもここの立派なメイドだわ!」
握りこぶしを作るレンズさん。
どうやらここの立派なメイドになるには旦那様の攻略対象外になることらしい。
というか、何してんだ。あの王子。暇なのか?
私は心の中でポツリつぶやいていた。
この屋敷には使っていない部屋が幾つもある。なので掃除は必要ではないと私は思うのだがどうやらそれは許されないらしい。今日も各部屋を周り一通りの掃除を終えると再び執事さんに呼び出された。
ただーー。
そこには何故か王子様も同席しているのだけれど。
何故?
私は小首を傾げた。
長い足を組みながら紅茶を飲む姿は絵になるけれど関わりたくないんですが。
執事さんも困ったように苦笑を浮かべている。
「ええと?」
私は立ち尽くしたまま美麗な生物とおっさーー執事さんを交互に見た。何故にこの男がここにいるんだ。そんな視線も込めて。
「君はーーデカップ男爵家の出らしいね」
「はぁ」
カタンとカップを更に置く音が静かに響く。デカップ家。そう言えば親戚の名はそう言ったけだろうか。ぼんやりと親戚の顔を思い浮かべた。
「なら、身分も申し分ない。俺のものにならないか?」
「……え? 死ねよ」
速攻で思わず口から漏れてしまった。だって、何言ってやがるんだこの男は状態だしーーそんなことしたらリディに殺される。
と言うか私が社交界に出ていた時ーーリディと結婚する前に言えよ。
女の敵!
「ーー何かが聞こえたようだけれど? シグマ」
彼はこめかみを抑えながら執事さんに目を向ける。
「気のせいで御座います。多分彼女は丁寧にお断りしたのでしょうーー奥様に遠慮してだと思われますが」
不敬罪? 的なものに問われるかもしれない。アワアワしている私を一瞥すると執事さんは優しく女の敵を諭している。
う、うん。早くリディの処に戻れよ。頼むから。
「ハッキリ言ってリディとはーーねぇ。冷めきっているというか」
リディの方はそうでは無いと思うんだけど気付かないよねえ。しかしこのままではなぁーー。なんかここにいるだけで命が幾つあっても足りない気がする。ただでさえ復讐の脅威に晒されているのに。
私は、『そうだわ!』と思いついたように。手を叩いた。若干。大げさに。いや、なんとなくだけど。
「私から仲を取り持ちます。ですから奥様と仲良くなって下さいませ!」
仲直り大作戦決行します。ええ。私の心の安定。職場の安定を図る為に。リディに関わるのは結構嫌だけど。それに売り言葉買い言葉て変な約束をさせられたし。
ああ。あの男は滅びればいいのに!
私は肩を落としながらリディの扉をノックした。もちろんノープラン。考えるのは苦手だ。出たとこ勝負でいこう。だって何をされるか想像つかないもの。とにかく、手にはおべっかのクッキーが乗ってる。シェフのシドエルさんが作ってくれた。ちょいつまみぐしをしたんだけどものすごく美味しいの!
これなら女の子の心なんてノックアウトだよ。あくまで私の主観だけどね。
にしても緊張するな。リディの部屋に来たのは思えば初めて。だって避けてたもの。いっだって本人がいるし。
私は姿勢を正して軽くノックする。
「奥様? ーーリディアさま?」
返事はない。いるはずなのだ。誰も外に出るリディの姿を見ていないのだから。眠っているのだろうか?
まぁ、夕飯も食べ終わって月が真上に出ているし仕方ないか。
「おねえちゃんだよ〜」
なんとなく調子に乗ってみる。いないのならいいや。よく子供の頃ーーいじめをしてしまう前まではこうして甘い声を出したな。私に妹ご出来たのが嬉しくて。パパが出来たのが嬉しくて。
ずっと仲良く出来ると信じてたのに。
どうしてああなったのか。
『あの子と仲良くするならーーお前は私の娘では無いし、お義父の娘でもありません。下賤なただの村娘です。どこにでも行っておしまいなさいーー』
「……ママか」
うんざりとため息一つ。私は軽く冷たい扉に頭を押し当てた。けれどもきっかけはママだとしても行ったのは私だ。ママのせいではない。
私がリディを嫌ったのだ。そこで生きていくために。ママに愛されるために。
もう、仲良くできないかな。遅いかな。
「……リディ。私ね、言いたかったことがあるのーー」
答えがない冷たい扉に私は静かに問いかける。こんな事本人がいたらきっと言えないし、恥ずかしくて舌を噛んで死んでしまいそうだ。
けれども言いたかった。ずっとーー子供の頃からずっと。
「リディーーごめん。悔しかったよね私達の召使みたいなことをさせて。酷い言葉や、行動。鞭で叩いたこともあったっけ? ごめん。酷かったよね私は」
きっと私の謝罪なんてリディは聞き入れなどしないだろう。上辺だけで嘘くさく聞こえるかもしれない。そう、私が彼女の立場であれば思うほどの事を私は彼女に対してしてしまったのだから。
ーーでも。
続けようとした時おもむろに扉が開いた。
戦慄ーー!!心の中で悲鳴を上げる。
「お姉様?」
よし、死のう。今すぐに。いや、確かめてからでも遅くはない。
私は黙ってクッキーを妹の細い手のひらに置くと『聞いてた?』と威圧的に問うた。
一瞬の沈黙ーー黙ってニタリと笑うリディ。勝ち誇ったかのようだった。
いつからそんな空気の読めない娘にーーじゃなくて死ぬ。絶対死ぬ。恥ずかし過ぎて死ぬ!
だけどその叫びをぐっとこらえてクッキーに目線を落とした。こほんと一つ咳払いをする。
取り敢えず一旦忘却の彼方に置こう!
でないと発作的に舌を噛み切るーー絶対。
「ええと。これ、旦那様からです。奥様」
「旦那さまが?」
ーーえ? なに? クッキーに向けるゴミを見るような視線は。捨てないでね? ものすごく美味しいんだから。
「太るから入らないわ。何のつもりかしら。今更」
だよね~。次は花にしようかな。
「それよりお姉様。少し部屋が汚れているの。掃除をしてくれないかしら?」
「……」
嫌です。と言いたかった。だってお部屋の掃除なんて地雷だよね。かくゆう私も散々『ここに埃が!!』なんて遊ーーイジメをしたし。あれを私は受けようだなんて言う趣味はない。
反省してないわけではないのよ。都合の良いこともわかってる。でも、嫌なものは嫌だ。
懺悔を聞いていたなら勘弁してーーと心の中で叫んだが彼女は有無を言わさず私を部屋の中に引き摺りこんだ。
えっと。
なんですか。ここは?
薄暗い部屋だった。なんの飾り気もない。木製の調度品は古くまるで昔のリディご住んでいた屋根裏にいる感覚に陥るようだ。
チリチリと搖れるカンテラの灯。淡いそれに照らされるのは蠢く男と女ーー。
ソファの上に一組。
床の上に一組。
いや、三人か?
え? 何この異世界? ここ、娼館だっけ? たしか国王陛下の別宅だった気がするんだけど。私はそこのメイドでーー。
理解もできず目を瞬かせていると背中にゆっくりと手が当てられた。
本能的に逃げようと肩を震わす。振り返ると彼女はクスクスと笑っていた。
「お姉様も如何ですか?」
んなわけ無いだろ。どう見ても乱交パーティ。私は胸糞悪い思いでリディを見据えた。
「何考えてる……んですか?」
「ーーさぁ? でも愉しいからいいじゃないですか?」
不味い。非常まずい。破綻してる。この夫婦。こっちには約束があるのに! 夫婦仲を元に戻さなければとても不味いことになるのに!
嫌だぁ!
ガンバレ、考えろ。私。
「いいえ、旦那様と国民が悲しみますわ。国民の模範であるべき奥様がこんな事をなさるとは」
「煩いわね。昔とは大違いじゃない? お姉様は浪費と快楽を求めた。私もそうしているだけよ」
バカにしたような顔に私は頬を引きつらせた。
ええ、ママがね。私はママの人形だったから。あんなのは面白くとも何ともないーーただ。
思い当たって私はリディの顔を見た。
「寂しいの?」
どうやら痛いところついたらしいーー追い出された。でも屋敷から追い出されないだけましたよね。けどまた私は執事さんのお部屋。何を言われるのかソファの上でそわそわしてる。
うわー窓の外で小鳥さんが鳴いてるの。などと現実逃避。
「薄ら笑いを浮かべないでください。ったく。奥様から首にしてと言われましたが感謝してほしいものですーー何があったんですか?」
責めるようにおっさーー執事さんに見られて見を縮こまらせた。別に嘘を行っても仕方ないんで素直に話すと執事さんは大きくため息を吐く。
「まだ、あの人はそんな事を」
「知ってたんですか?」
なら、止めろよ。という視線を込めて睨みつけると少し困ったように笑う。
「裏口から見知らぬ者達が出入りすれば気になるでしょう? 私もお止めしたのですが、旦那様のことを棚に上げられるとねぇーー」
ねぇ。じゃなくて。もうどうしろと言うんだろう。この夫婦。泣きそうだし、何も思いつかないけど、『諦めたらそこで試合終了』って誰かがいってた!!
試合じゃなくて、私の人生が終わる。そしてなにげに天職そ手放したくないつ!
「ーー私。奥様と旦那様に話してみます」
昔に戻れば何とか行けるかもしれない。
私は淡い期待を描いていた。
うん。話すとは言ったけど、三人で介するとは言ってないよね。私。なに? ご丁寧に王子のスケジュール開けてくれちゃって。居間に殺伐とした空気が流れているんですけど。
二人で私を睨むのやめてよ。こっちだって胃が痛いのに。いっそ殺せ! そう言いたくなる。
私は震える手で紅茶を淹れながら二人に手渡した。てか、執事さんはどこ行ったんだよ!
逃げたな? あのおっさん。
「で、話とは? マテリア」
「え?」
「俺はリディに話はないけどな? 昨日はお前どこの男と寝たんだ?」
直球に私だけが『ヒィ』と声を上げた。知っていらっしゃる。不機嫌そうに言葉を放つと落ち着かせるように口に紅茶を含む。
その様子をリディは顔色を変えることなく見ていた。
「あら、貴方こそ。昨日はどちらにお泊りで? カルデール様の家かしらね。そろそろ孕む頃では?」
「……なら君は用済みだな」
「残念ね。離婚は許されてないのご存知でしょう?」
怖いよ。怖すぎるーー今にも殺し合いをしそうな雰囲気に私は飲まれてカタカタと腕が震えているのを感じた。
この二人恋愛結婚の筈だよね? こんな末路をたどるなら心底結婚などしたくない。そう思う。
それにリディ。なんてたくましく育ったんだ! 見ないうちに。私は悲しい!
私が何も言えないでいると王子が立ち上がって私の方に手を置いた。
「この通りだ。残念だが修復は無理のようだね。マテリア。約束は守ってもらうよ?」
ぐぅと思わず喉が鳴る。
それは嫌だ!
「ーーまだです。リディア様。奥様は昨日私に『寂しい』とおっしゃいました」
言ってはいないけどーーそれを聞いてリディは目を見開いて弾けるように立ち上がっていた。
王子の整ったまゆが跳ねる。
「浮気がどちらからなどと私にはわかりませんしどうでもいい事です。でも、リディは泣かなかったでしょう?」
泣かないはずだ。悔しくて悲しくても何一つ吐露もせず笑っていた少女。実父が死んだ時も涙一つ流さなかった。
それは。きっと。
「困らせては嫌われると思っている筈です。泣いたら打たれる。泣いたらーー面倒くさいと言われ続けて来た娘ですから。そうやって自分を守ってきましたから」
「止めてーーお姉様」
私は彼女を一瞥した。これで最後。これが最後のリディへの嫌がらせ。そして、少しの罪滅し。
ママには悪いけれど私はここを出て行かなければならないだろう。次はーー誰もいないところがいいや。
「君はーー」
言われていつかの社交界の時のようにふわりと笑う。そうしろとママに教えられてきたように。
「申し遅れましたわ。ーー私、マテリア=ラム=プレス。リディの姉をしておりますの」
私は荷物をまとめていた。うん。そうだよね。名前も身分も半分偽ってたんだから。おまけに親戚はカンカンで二度とお前には紹介状は書かん! って怒られたし。
ママはママで『良いから戻ってきて誰かを捕まえなさい』とか言ってくるし。やだよそんなのはつまらないもの。
王都にでもでるかな? 幸い私は義父の方針で読み書きや計算も出来る。マナーもそれなりにできるからまたどこかノメイドでもいいかな。こんな高条件、中々ないけれど。
ああ。でも、ひとつ良いことが!
あれからあの夫婦は一晩以上かけてお互いの思いのたけを話し合ったらしい。もともと、相手の心に触れないようなガラスみたいな恋愛だったからこんな事になったんだけどーーまた元に戻るといいな。
とにかく少しずつ距離は近づく感じ。
でも私との距離は詰まらないんだ。なぜか。たまに黒い笑顔を浮かべるリディが怖くて仕方ない。
断じて逃げるわけではないんだから!
軽いノックに私は顔を上げる。
そこには王子とリディが立っていた。彼らは清々しく笑っている。似合のカップル。いいなー。
誰かいないかなー。
「旦那様に奥様? ーー見送りに?」
「ええ。それと。報告に」
「報告?」
私に報告することなんて何もない気がするけど。仲良くなったらそれで良いし。よくわからなくて小首を傾げたみせる。
「お姉様」
「俺達別れることにしたから」
沈黙。理解できなくて開け放たれた口から魂が出そうだ。それを慌てて押し込んでから目を瞬かせた。
いや、結婚したら離婚できないのがこの国の法律だしーーあんなに大々的に結婚式をして……。
つてか、私の努力!
トンと私の隣に座ったリディから嫌な予感しか受けない。早々とおさらばしておけば良かった。私。
「だから、私がマテリアになるよ」
纏めていた荷物。それをいそいそと組解いて私のメイド服を取り出す。まて、ちょっと、私の生きがい。
「は? りー」
視線を感じて顔を上げると王子の満面の笑み。顔から血が引いていくのを感じる。
「約束は覚えているか?」
「え?」
『なら、修復が不可能な場合君が責任をとって俺のモノになれーー』忘却の彼方に追いやっていた記憶。彼は意地の悪い目で笑うと私の髪にキスを落とした。
「ーー!! リディ!」
弾けるように。妹の名を呼ぶがもういないのですがそれは……。扉の向こうでコッソリ覗いているのはおっさーー執事さん!
助けて!!
私が手を伸ばすのも空しく扉は王子の手によって無情にも閉じられた。