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プロローグ~2.5~

「――“ 矛突き刺し舞わし国を産む‐アマノヌホコ‐”!!」


 空中から思いっきり降りおろされた鈍い色の槍。しかし、その攻撃はあえなくかわされ、瓦礫ごと大地を弾き飛ばしただけだった。


 スローモーション、舞う瓦礫の中、まっすぐに正面だけを見据える蒼く透き通った大きな瞳。どこまでも美しく、どことなく高貴で、そして、冷悧なまでに凛としている。


 それでいて、少女の服装はいたって質素だった。ふんわりとした薄いピンク色の上衣に、皮で出来た薄茶色のロングスカート。それらを、砂よけのマントで覆い隠している。


「ハッ、そんな駄作が我に届くと思うのか!」


 大男は、自分の身体を叩く瓦礫をものともせずに高笑う。


「そう、それは残念ね、この槍のエピソードは、創世の物語の始源なのに」


 少女は、槍を大地に叩きつけた体勢からゆっくりと背を伸ばす。キラキラと腰まであるブロンズの髪が陽光を受けて煌めく。


 少女が空中で具現化し、そして、両手で軽々しく携えるのは、鋳型からそのまま形作ったような、華美な装飾もない鈍い土色の槍。


 しかし、その槍姿は、どこか根源的な神々しさを感じさせる。


「ワタシはね、太古の昔にこの槍、正確には矛を使って、無から基礎となる島を造り、そして、その後、たくさんの国を産んだ二柱の創造神のお話を“纏って”いるの。だから……、」


 少女の小さな身の丈の2倍以上はありそうな槍を細い腰の辺りに構え、少女は間髪入れずに大男へと突貫。


「――この槍は国土を創れるよ。さすがに異世界のここじゃあ、国を造り出すほどの出力はないみたいだけど」


 その鈍い切っ先が男の頬を掠める。そして、突きの軌道をなぞるように、何もなかったはずの空中から大量の土が現れる。


「ほう、コイツは……」


 地面に落ちていく土の塊を横目に見つめながら、感嘆のようにも聞こえる男の声。しかし、それでも、大男の琴線には触れていない。


 そんな男の声を断ち切るように、少女は舞踏を思わせる前進。


 攻めるだけの土の舞い。


 突きの連打。斬り上げて、袈裟に降りおろす。


 たどり着いたときにはすでに廃墟となっていた街の瓦礫を巻き上げながら、少女の足は大地を踏みしめる。


 時折、バトン回しを思わせる動きでフェイントを入れつつ、それでも、攻撃の手は止まない。


 少女が槍を振り回すたび、がらがらと硬い土が現れて崩れる。


 異世界より、国を産んだ神話の再現。


 それは、大男の身体を叩き、足元を揺らし、視界を遮り続ける土塊。


 ふわりと舞うスカート。


 鈍い色の槍を振るうたびに土を纏う、少女の煌めく金色と蒼瞳、その華やかさとのミスコントラスト。


 そして、そんな的確に急所を抉り続けるような槍撃を、少しずつ後退しながらかわす大男。


 ときおり、大男の拳に槍の柄が当たるが、それは攻撃をいなされているだけで、決して致命傷にはなり得ない。


「ハッ、貴様の攻撃など当たらぬわ! 貴様は槍の使い方を知らぬな? そんな美しくない槍さばきが我の心を揺さぶると思うのか?」


「む、“物語を纏った”ときに、使い手としてのバックアップは受けているはずなのに」少女は、少しだけ悔しげに。


 そして、二人は距離を取る。


 ほんの一時的な休戦。


 大振りの横薙ぎで槍撃は凪ぎ、大男は大きく後方へと跳躍する。


 前進と後退は止み、そして、二人は改めて対峙する。


「……そういえば、アナタのお名前を訊いていなかったね、ねえ、アナタはだぁーれ? あ、そうだ、ワタシは、ラフィーナ、っていうんだ」


 それは、なんとなく無機質を思わせる声音。しかし、それでも、少女は、やたらと間の抜けた口調で対峙する男に訊く。


 そんな、あまりにもミスマッチすぎる少女と大男の対峙を遠くから眺める2つの影。


「……キィ、お前、またラフィーナに変なことを教えたな?」


「いやいや、ボクはただ、怒っている相手には子どもに話すみたいにした方がいいよ、ってアドバイスしただけだよ」


「……それはこの世界だけじゃなく逆効果だ……」


 同行者の青年と異世界の妖精のそんな和やかで剣呑な会話を、少女が聞いているはずもなく。


「俺の名は忘却教、アンノーレスの四司祭の一人、弐皇! それ以外の名は、とうの昔に忘れたわ!」


 さながら、咆哮のような名乗り。


 弐皇、と名乗った大男は、着る者が着れば荘厳さを際立てそうな白い装束を、その純白の華美を全て台無しにしながら、巨大な身体に窮屈そうに身に付けている。


 弐皇に武装はない、己の鍛え上げられた筋肉だけを鋼の鎧として纏っているかのよう。握りしめた両拳が、少女の小さな頭なんて簡単に叩き潰せるのはやってみなくても明らかだった。


(……いや、試しはしないけど)


 弐皇の巨大な身体が放つ威圧感は、しかし、まるで、狩りをする野性の肉食獣のように雄々しい。


 そして、そんな粗暴な印象だけを与える男が、司祭、などと名乗っている。


 ……ワタシのいる世界の宗教は、なんかおかしくて変テコで、良く分からないけどスゴい、とは、少女は決して言わないことにした、なんとなく。


「……さてと、こっちもあらかた片付いたな。ラフィーナだけでは芸術の否定、戦闘狂の弐皇は分が悪い、キィ、オレたちも加担するぞ」


 その青年は、破滅の中心地でゆったりと佇む。


 細身だが筋肉質の上半身を隠すように黒い上衣をぴったりと纏い、ゆったりとした薄茶色のボトムで顔以外の肌を見せない服装。


「はいはい、了解だよ、アシャ。ま、ボクはこの世界じゃあ、ただのしがない妖精さ。だから、ボクには何も出来ないけどね」


 自分には関係ない、という風に気ままに青年の周りを歩き回る妖精は気楽に口笛を鳴らしている。


 そして、大男と同じような白い装束を着た者たちを全て地に伏せさせてから、アシャ、と呼ばれた青年は、改めて、少女と弐皇との邂逅を見つめる。


 少女と同じようなマントのフードの奥、その闇夜のように真っ黒な瞳。


 そして、唯一見える肌の色は、普通ではあり得ないほのかに灰色を滲ませた、鉄を思わせる魔族の系統。その無機質さを滲ませる顔には、左半分を覆うように、火傷のような黒い紋様が刻まれている。


「よろしくね、弐皇さん。あ、でも、ワタシ、アナタとは仲良くなりたくないから、やっぱりよろしくないかも」


「そうか、それは残念だ、我が弐皇派は来る者は拒まず、まずは叩き潰すのになあッ!」


 弐皇は大きく口を開けて豪快に笑う。それを見ながら、少女は、敵として会ってなかったら面白い人なのに、と、ちょっとだけ残念に思う。


「うん、だって、ワタシには忘却教、アンノーレスなんて、神話も教義もない宗教は要らないもん。ワタシはこの世界を知りたいんだ」


「……ふむ、では、やはり貴様はここで悔い改めよ!」


 今度は弐皇の突進。


 少女の槍を振るった突進とは明確に違う、圧倒的質量を持った威圧感。


「ッ!!」


 思わずたじろぐ少女。


 それでも、少女は槍を下段から振り上げて土の壁を目の前に造り出す。


「ムダだッ、そんな作品、審美する価値もないわッ!」


 突進の勢いのまま、重心を前に思いきり振り抜いた拳は、いとも容易く硬い土の壁を破壊する。


「……む?」


 しかし、普段なら小娘一人など軽く潰せる拳の感触に、いつもとは違う感触を覚えて、思わず首をかしげる弐皇。


「……選手交代だ、弐皇。武芸を持たないただの力の塊に、まだ小さなラフィーナではキツいだろう」


 弐皇が破壊した壁の向こうには、少女を自分の背にかばいながら、弐皇の拳を受け止める青年の姿。むうッ、キツくなんてないもん! という少女の文句は華麗に聞き流す。


「……ほう、今度は瓦解士か。貴様、たった一人で我が信徒を全員倒したのか」


 ギリギリと、右腕一本で受け止められた拳に力を入れながら。


「ああ、ただの人間ならオレには敵わない、だが……」


「……そうか、確かに零花から報告は受けている。忌々しい魔族の血と、瓦解の力。だが、中途半端な魔族の血も、全てを破壊する瓦解の力も、我が肉体の前には無意味!」


 弐皇は青年の右腕を乱暴に振り払う。


 思わぬ衝撃に数歩後ろによろめく青年。しかし……


「……だけど、そんなの抜きにして、力比べは嫌いじゃないだろ?」


 青年は、自分の体格を遥かに凌駕し、まるで山のような存在感を放つ弐皇を、陰鬱に伸びた黒髪の間から睨み上げて不敵に笑う。


(……ラフィーナ、オレに考えがある)


(お、なになに?)


 たまらず後退するフリをしながら、青年は後ろの少女に耳打ち。


「……ハッ、力比べが嫌いじゃないのは貴様も、だろ?」


 弐皇もまた口角をつり上げ、見上げるほどの体格差の中で対峙してなお、臆するどころか挑発までしてくる青年を睨み返している。


 そんな大男が、あからさまに怪しい二人の内緒話を気にしている様子は微塵もない。むしろ、楽しげにその様子を見下ろしている。


(……分かったか、ラフィーナ)


(うん、了解しました、アシャ! ……こういうのって、なんだかとってもドキドキしちゃうね!)


「……うわ、それにしたって、脳ミソまで筋肉で出来た人ってホントにいるんだね、しかも、二人も」


 そして、アシャの肩辺りの空中を歩いていた妖精はニヤリと笑うと、大げさな動作と共にわざとらしくため息を吐き、そそくさと少女の方へと避難。


(……で、作戦会議はうまくいったのかい?)


(うん、アシャの作戦はスゴくステキなんだよ、キィ。だって、最後にワタシが大活躍するんだもん!)


 そうして、少女と妖精は、比喩でも何でもなく、なぜか拳から火花を派手にまき散らして殴り合う二人の脳筋から退散する。


「作戦の首尾は上々よ。あとは、アシャが時間を稼いでくれる」


 ひそひそと、でも、駆けるたび、金色の髪と砂避けのマントを揺らしながら、楽しげに。


「……うん。でも、アシャってば、なんだかんだでとっても楽しそうだね」


 こっちもひそひそと、こちらは少女の肩に乗って悪戯っぽく、妖精の本分を忘れずに。


「……それで、ラフィーナ、一体どうするつもりなんだい? その槍はもう弐皇には効かないんだろ?」


 青年と弐皇の大立回りが小さく見えるくらいまで離れた少女と妖精はゆっくりと立ち止まる。それでも、二人の笑い声や拳のぶつかる音はやたらと盛大に聞こえるのだけど。


「うん、だから、この物語の別のエピソードを“纏う”よ」


 そうして、少女は辺りを見回す。そこは、おそらく弐皇とその信徒によって壊滅させられてしまったらしい、かつて街だった場所。今は見る影もない瓦礫の山だけが静かに惨事の風化を待っていた。


 少女はそんな瓦礫の中に槍を突き刺す。


 すると、土色の槍はまるで泥に沈んでいくようにズブズブと崩れていく。


「この槍を使って国を創ったのは、男神と女神。そして、女神の方はとある神様を産んだときに死んじゃって死者の国に行っちゃうの。男神は女神に会いたくて、その後を追って死者の国に行くんだけどね、」


 そして、槍の代わりに地中から現れたのは、土で形作られた、膝をつき、長い髪を振り乱しながら腐った顔を両手で覆い、苦悶に肢体を歪める巨大な女神の裸身像。


「死者の国にいたのは、腐り果てた女神と、その腐乱死体にまとわり付く魔物の姿だったの」


 そうして、弐皇の身体よりも大きな女神像の裸体の八箇所から、バチバチと球のような雷が発生する。


「……この女神像、なんだか怖いけど悲しそうだね」


「……同感、ワタシもそう思うわ、ダレだって見られたくないものはあるもんね。ゆっくりお風呂に入ってるときとか」ギロリ。


「あ、あはは、そういうのとはちょっと違うんじゃないかな?」苦しまぎれに。


「……ま、今度やったら捻り潰して、シャンプーの代わりにしてあげるからイイもん」


「……あははー、やだなー、ラフィーナったらー。……じょ、冗談だよね、ラフィーナ……?」


「でね、本来ならこの物語を“纏う”には、ワタシの身体を腐らせなきゃいけないんだけど、でも、そんなのは可愛くないもん。だから、この女神の像にやってもらうの」


「……あ、あれー? 無視かい、ラフィーナ? ……う、うん、確かに、腐ったラフィーナの入浴シーンなんて見たくもないや」


「でしょ?」


「おい、ラフィーナ、そっちはどうだ!?」


 いつの間にか、少女と妖精、そして、巨大な女神像の近くへと激化する戦場を誘導させていた青年が少女に背を向けながら叫ぶ。


「オッケー、準備完了! ちょうど射程圏内だし、弐皇にもばっちりロックオンしたし、こっちはいつでも撃てるよー!」


「よし、足止めはオレがやる、合図したら……」


「何をごちゃごちゃと話している! 我が審美眼に下手な小細工など響かぬぞ!」


「グッ!?」


 弐皇の超重量の攻撃が、まるで砲弾のように青年の胸を叩く。後方へと弾かれる青年の身体。


 肺の中の空気を全てムリヤリ吐き出されたような衝撃にたまらず膝をつく青年。


 覆せない体格差と苛烈な攻撃に、睨み上げた表情に浮かぶのは疲弊。それでも、闘志と、それとは別の何かを虎視眈々と狙う眼差しに敗北の色はない。


 そして、青年はニヤリと笑う。


「……だけど、瓦解の力は、小細工にはもってこいでね!」


 青年は不敵に笑うと、思いっきり振り上げた右腕を瓦礫の山、いや、少女が産み出した“国土”へと降りおろす。


「国ってのは、瓦解するもんだろ?」


「ぬッ!?」


 青年を中心に巻き起こる地割れの衝撃に、少女が槍を振るって創った“国土”を踏んでいた弐皇の両足は大地に沈み、大男はバランスを崩す。


「なんとも小癪なマネをッ!!」弐皇の悪態。


「よし、今だ、ラフィーナ! お前のありったけの物語を撃ち込め!」


「おおッ、了解ですッ、アシャ! ではではいっくよーッ!!」


 そして、少女は明るく楽しそうな声音とはうらはらに、まるで慈しむようにそっと女神像に触れる。


 すると、少女に呼応するかのように、女神像の周りを漂う八つの青い輝きがさらに光と放電を増す。


 次第に、黒く、黒く、まるで、悔恨や情念のように真っ暗に染まる雷。


「 “黄泉にて腐りし女神は八色雷公を膿む‐ヤクサノイカヅチガミナリオリキ‐ ”!!」


 一斉に放たれる黒き八つの雷。


 空と瓦礫を震わせて、一直線に撃ち出される。


 光り輝く黒が世界を覆う。


 そして、自らに迫り狂う圧倒的絶望を目の当たりにして、弐皇はそれでも、まっすぐに黒雷を見据え、


「……ほう、これは美しい」


 と、薄く笑った。ぞわりと背筋に寒気が走るような凄絶な笑みだった。


 弐皇は雷の直撃をその巨躯に浴びる刹那まで抵抗しなかった。それが、彼の美意識によるものかどうかなんて、少女にも、妖精にも、ましてや、青年にも分かるはずはなかった。


 ボロボロと崩れ落ちる女神像の横で、無表情の少女は、雷の発射の衝撃によって舞い上がった金髪をおさえる。


 弐皇の大きな身体が黒き光に包まれて見えなくなるのを、ガラス玉のような蒼い瞳で見つめながら、少女は小さく呟いた。


「……やっぱりワタシはアナタとは仲良くなれそうにない。だって、ワタシとは美しいと思える感性が違うんだもん」


 そのささやかな言葉は、ダレにも届くことはなく、それはただの他愛もない独り言でしかなかった。




         ――to be starting the story――

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