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追憶サテライト

博士を作ったはかせの話。

突然私に「芹沢君、科学っていうのはなんだと思う?」と博士が聞いてきた。

こういう突然のタイミングでの突飛な質問はいつもの事であるが

ここまで漠然とした質問はあまり聞いたことがなかったので

私が狼狽していると、それを見かねた博士は

「科学って言うのはね、今日ある材料を使って明日に生きる技術を作り出す学問なんだ

我々科学者は明日を作るのが仕事なんだよ、例えばそう。君の手の中にあるコーヒーカップ。

それが君の明日を作る事になるかもしれないんだ」

私はぼんやりと手元のコーヒーカップを見つめると、褐色の液体に映る私の顔も私をぼんやりと見上げていた

「そういう……もんでしょうか?」

一瞬間を置き博士は自分のコーヒーを飲み干し

「そうさ、答えは今日の手の中にいつだってあるんだ、忘れるなよ芹沢君。それでは今日の実験を始めようじゃないか」


思えばこれはヒントだったんだ

あれから数十年経った今、彼が救った世界で私は同じようにコーヒーを飲んでいる。


あまり誰かに知られる事は無かったけれど、この話を良ければ覚えておいて欲しい。

これはある科学者の追憶と1杯のコーヒーに世界が救われる話だ。


この星には無数の衛星がぐるぐると回っている

その中の一つ「追憶」の中は灰色一色な事さえ気にならなければ快適に暮らせる様になっている

強化ガラスの窓には常に青い星が映っていた

部屋の一角にはモニターとテーブルの上に黒い皿のように見える奇妙な機械が並んでいる

この衛星の唯一の住人である彼は、モニターの前にある椅子にちょこんと腰をかけながら

ぼーっと天井を見上げている

真っ白な細長い円筒の体に短い足と胴体と同じような長さの手、てっぺんには赤い突起

胴体にはくちばしと目が付いていた

人の大きさは軽く超えている巨大な鶏はぼーっと天井を見上げていた。


不意にどこからかサイレンのような音が数回鳴ると

それに驚いた様に「こけっ!?」と声を出す、すると

先ほどまで電源が切れていたモニターが勝手に映り

そこには白衣を着た初老の男の顔が映りこんでいて「目覚めたようだね、おはよう」と鶏に声をかける

にわとりは丸くなった目をさらに丸くしながらも「はじめまして、あなたはだぁれ?」と白衣の男に話しかけた。


「覚えてないのかい?」と白衣の男が尋ねると

「おぼえてない」と何故か人語を話せる鶏が返す

「そうか……そうだな、私のことは博士と呼んで欲しい」

「はかせ、おぼえた」

「そうかい、それじゃあ簡単にこの部屋の事を説明しよう」と博士はこの衛星の使い方を教え始めた

一通りの簡単な説明を終えるとさらに

「それじゃあ最後に、横の黒い皿にスイッチが付いてるのがわかるかい?」と鶏に尋ねると

「すいっち、これかな?」と言いながら鶏は黒い皿の脇に付いている突起に触れる

すると数秒経ってから皿の上にマグカップとソーサー、それにティースプーンとポットが

どこからともなくふっと沸いて出てきた

「こけっ!?」突然の事に驚いた様子ではあったが

「これはなぁに?」と博士に尋ねると

「これはコーヒーを送る機械なんだよ、ほら飲んでみてごらん?」と博士は鶏にモニター越しにそれの飲み方を教える

鶏の手の中にあるティーカップに褐色の液体がなみなみと注がれている

それを一気に飲み干すのを確認すると博士は

「どうだい?」と尋ねると鶏は目を細めながら

「にがい…」と答えた


それから鶏と博士は簡単な会話を一日中続けた。

「そろそろ寝る時間だね、そうだ最後に君にお願いがあるんだ、日記を書いて欲しいんだ」

「にっき?」

「そう、今君が見ているこのモニターに今日したことを書いてほしいんだ」

「わかった」

「書き終わったら隣の部屋にカプセルがあるからそこで休むんだよ?」

「わかった」


「ねぇ博士」

「なんだい?」

「博士はともだち?」

「あぁ……友達さ……おやすみ」

「おやすみ博士」

という会話をして今日の彼等やりとりは終了した


ここは青い星の一室

どうやらかなり高度な実験をしているらしい研究室の一室で

博士と名乗った白衣の男は先ほど送られてきた日記を眺めている


画面いっぱいにたどたどしい文字で

はかせ ともだち

こーひー にがい

とだけ表記されている


それを見ながら

「どうして……どうしてこうなってしまったんだ……」と

まるで俯きながら全てを呪うような声で呟いた


翌日

追憶の中で、鶏は昨日同様天井を眺めていると

昨日と同じようにサイレンの音が数回鳴る

すると鶏は「こけっ!?」とまるでそれを初めて聞いたように驚いている


そしてモニターに映る博士に向かい「はじめまして、あなたはだぁれ?」と

まるで初めて見たかの様に尋ねる


それはまるで同じ一日が繰り返されるように

こんな日がもう何年も続いていた


博士は今日も送られて来た日記を眺めている


画面いっぱいにたどたどしい文字で

はかせ ともだち

こーひー にがい

とだけ表記されている


日記の内容は昨日も一昨日も

一年前だって同じ内容だ


それを見ながら

「私に出来ることは無いんですか?」と天井を見て呟くが

そこにはその問いに答えてくれる者などいなかった。


20数年前

人類は危機に瀕していた

増えすぎた人口に対し資源は明らかに枯渇していた

この星にエネルギーの供給をこれ以上求めることは出来ないだろうと

各国の政府は気が付いていた、それを表向きには公表することなく

政府は自国の科学者達を募り、代用出来るエネルギーの研究開発を行っていた

何年も成果が挙げられないまま。最早これまでかと誰もが諦めはじめていたその時

実に突飛な研究論文が発表される。

それは人の記憶に関する論文であった

それは論文を書いた彼が各国政府に説明した言葉を借りるならば

「死後、記憶が形に残らないのは電気エネルギーと同じで発散されてしまうからである

そこで私は考えた、記憶もまたエネルギーなのではないかと」という物だった

誰もがその考えをおとぎ話であると笑ったが、彼はその場で自分の一日の記憶を熱量に変えて見せた

すると、エネルギー計測器はこの星一日分の電力に相当する熱量を示してみせた。

「私はこのプロジェクトを追憶と名付け進行させる、異論のある者はいるだろうか?」と彼が言うと

その異を唱える者など誰もいなかった。


衛星「追憶」の中では今日も

鶏と博士がやりとりをしている


それは毎日繰り返される儀式の様な物で

そのやりとりの記憶は今日もその青い星のエネルギー問題の枯渇を

かろうじて回避させていた


その鶏の記憶を糧に

それはまるで、星に生け贄を捧げる儀式を行うような毎日だった。


その日の日記も

画面いっぱいにたどたどしい文字で

はかせ ともだち

こーひー にがい

とだけ表記されていた。


博士と呼ばれていた男はその日記を見ながら

「何故……何故なんです……博士」と呟いていた。


とうとう衛星「追憶」を打ち上げる前日

研究室の真ん中で

「何故……何故なんです……博士?あなたが行く事はない!」と白衣の男が

それに向かい話しかける

黄色い球体にくちばしと小さな目が付いているその胴体には小さな手が付いており

器用にその手でくちばしにコーヒーを運んでいる。

博士と呼ばれたひよこは

「それは何度も説明した筈だ芹沢君、僕は君の入れたコーヒーしか飲めない」と

芹沢と呼ばれた白衣の男が聞きたい答えとは恐らく検討違いの言葉を返す

「それなら私が行ってもいいはずだ!」と芹沢が答えると

「無理だね、追憶内では熱湯を沸かすことが出来ない、地球から入れたこいつでコーヒーを送るしかないのさ」

と言いながら彼が発明したコーヒーを転送出来る皿の様な機械を指した。

「私が……信用出来ないから宇宙には送れないと、それならそうとはっきり言って下さい!」

「それは違うよ芹沢君、君を信じているから残すのさ、この話はここまでだ追憶には私が乗る」

博士の真意を掴めず何も言えない芹沢にさらに

「芹沢君、科学者っていうのはなんだと思う?」と博士が尋ねた


「私は…………が科学者だと思います」

「なるほど、いい答えだ」


博士はコーヒーを飲み干し

「わざわざ豆を焦がし、煮出し、抽出する。それだけの手間と知識が詰まっている、実に知的な味だよこれは」

という言葉を残し宇宙へと飛び立っていった


追憶に乗り込みひよこから鶏へと成長した博士のやりとりは

何年も何年も続いた

それは博士の記憶を何年も何年も人類のエネルギーへと変換させる毎日だった

やがてそれは博士の記憶を少しずつ少しずつ奪い

やがて博士の知識はどんどんと奪われていった

得られるエネルギーは次第に小さくなっていく

それでも芹沢は続けるしかなかった


「はじめまして、あなたはだぁれ?」という

変わり果てた博士の言葉が芹沢に重くのしかかり続けていた。


「博士、私はどうしたらいいんですか……」と小さく呟くが

答えをくれる博士はもうどこにもいなかった。


不意に遠い日を思い出す

芹沢が研究生として博士の下を訪れ数年が経過したある日


博士が突然芹沢に「芹沢君、科学っていうのはなんだと思う?」と博士が尋ねた

こういう突然のタイミングでの突飛な質問はいつもの事であるが

ここまで漠然とした質問はあまり聞いたことがなかったので

芹沢が狼狽していると、それを見かねた博士は

「科学って言うのはね、今日ある材料を使って明日に生きる技術を作り出す学問なんだ

我々科学者は明日を作るのが仕事なんだよ、例えばそう。君の手の中にあるコーヒーカップ。

それが君の明日を作る事になるかもしれないんだ」

芹沢がぼんやりと手元のコーヒーカップを見つめると、褐色の液体に映る彼の顔も彼をぼんやりと見上げていた。


不意にある考えに思い至り、芹沢の表情が強張る。

「あぁそうか、そうなんですね博士、最初から答えを用意してくれていたんですね」


彼はこの研究室に来て一番最初に教わった事を実践しはじめる

コーヒーを入れ始めたのだ。


コーヒーは豆、水分量、煮沸時間、温度と徹底的に決まった入れ方に

徹底的に決まったカップとソーサー、スプーンなどと細部が決まっていた。

「もしカップなどが割れてしまった場合同じ重さの物を用意するように」と言われていた。


そしてここに来たときからあった

どういう仕組みかよくわからないその皿の様な機械に座標を入力し

コーヒーセットを送信する


それは一瞬の出来事だった

コーヒーセットが消えたと思った刹那

それは芹沢の視界に現れた

黄色い球体にくちばしと小さな目が付いているその胴体には小さな手が付いているそれは

「芹沢君、大分時間がかかったみたいじゃないか」と言ってみせた。


10

研究室の一角でもう20年近く一人だった芹沢は目の前にいるそれをまだ信じられずにいた

そこには20年前この星を旅立った博士がコーヒーを飲んでいた

「芹沢君見たところ大分老けた様だが、気付くのに大分時間がかかった様だね」と博士が芹沢に言うと

芹沢は段々と実感を得ていく

「どうしてちゃんと教えてくれなかったんですか?」

「だって、君、タイムマシンだなんて突飛すぎるだろう?時間旅行になんて興味がないし

なにより僕はこれを物質転送装置だと思って作ったわけだ、失敗作なんてはずかしいだろう?」とさらりと言った

コーヒーを転送するこの黒い皿の様な装置はある質量だけを好きな座標に送ることが出来る機械として博士が発明したものだった

副次的にそれは時間を指定する事で、ある質量をどこにでも転送出来る機械となってしまった。

「やはり最初はコーヒーを送るつもりでこの機械を作っていなかったんですね博士」

「良かったよ芹沢君。君がそこに気付いてくれて、でなければ台無しになる所だった」

それは博士の質量と同等の物質を同じ機械に送れるというタイムマシンだった。


「しかしまぁなんとも間の抜けた顔で、これが未来の私だと言うのかい?」と

博士はモニターから見える未来の自分に悪態をつきながらも

「さて、芹沢君。既に手は打ってあるのでそろそろ到着する頃だと思うよ」と意味ありげな事を言った。


11

衛星「追憶」の中で

鶏は今日もぼーっと天井を見上げている

しかし今日はいつもとまったく違う事が起こっていた

鶏の周りを15羽のひよこが囲んでいる

「こんなのが私の未来か?」

「まったくがっかりだね」

「しかしまぁ」

「それも今日までさ」と各々が勝手な事を言っている。


モニター越しに博士と芹沢はその妙な光景を見ている

「これは博士、どういう事なんですか?」と芹沢が博士に尋ねると

「ここにあるのが私を飛ばせるタイムマシンだとしたら、追憶にあるのもそうだろう?

だから飛ばしたのさ、私へメッセージをね」

「メッセージ?」

「あぁ、今日この日、追憶へ飛べ。とね」


12

追憶の中では博士同士がある装置を作っていた

「さすが私同士だ、作業も早い」

「あぁ、しかしさすが私だ突飛な事を思いつく」

「記憶の連結とはね」

「これなら莫大なエネルギーを生むことが出来る」

などと会話をしている


それから程なくしてその装置は完成した

「理論上は地球の必要なエネルギーの3万5000年分を生める筈だ」

「まぁそれ以降の事はそれ以降の人類に解決してもらおう」

「まぁそれまで人類がいればの話ではあるが」などと

思い思いの事をしゃべっている


モニター越しの芹沢には何が何やらさっぱりだったが

「なに、要するにこの追憶計画の数億倍のエネルギーの生み出し方を思いついたという話だよ」と

博士は答えた。


「さて、やるか」

「あぁ」

「やろう」と各々の博士が手元のスイッチを押すと

まばゆい光が彼らを包み、一羽一羽と消えていく


13

モニター越しに起きている異変が芹沢には理解出来ないでいた

最後にちょこんと座っているいつもの鶏だけが残された

「博士これは!?」と芹沢が話しかけると

隣にいた博士も段々と透明になっていく

「なに、簡単な事さ、今作った数万年分のエネルギーを過去に贈る事で

この問題を解決したまでさ、するとこの世界に飛んできた私はこの歴史で必要のない存在となる」

体が既に半分ほど消えかかっていた博士は芹沢に

「芹沢君、科学者っていうのはなんだと思う?」と尋ねた


芹沢はかつて聞かれたその時の質問に

「私は今日に明日を託す人間が科学者だと思います」といつかと同じように答えると

「なるほど、いい答えだ。芹沢君、明日は君に託すよ」と博士は言った


「博士、私はまだあなたから学びたい事が沢山あるんです…行かないでください」

芹沢の目には涙が浮かんでいた

「なぁに、またすぐに会えるさ。そうだろう?」と言いながら笑顔の博士はついに消えていった。


しばらく呆然と芹沢が研究室の天井を見上げていると

「あぁー、感傷的なとこ悪いんだけどさ、芹沢君」とモニターから声がする

その声は「20年ほどこのままで、そろそろ帰り支度をしたいんだが」と続ける


モニター越しの鶏になった彼は

「言ったろう?すぐに会えるってさ」と笑顔を見せた。


14

「それで、その後どうなったんです?」と研究生の一人が私に尋ねる

「いいかい、事の顛末なんてものはそんなに重要ではない、この話を私が君達に託す意味を

君達は考えてくれればそれでいいのさ。」と私が言うと彼は釈然としない顔をした。


定年を迎えた私も

この研究室へ来るのは今日が最後となる、少し名残惜しくはあるが

沢山の物をもらった事を思えば、私はまた明日からも生きていける。


去り際に引継ぎをした教授から最後に

「芹沢教授、あなたから託された今日を、私達は明日に繋げます、いままでありがとうございました」と言われたので


私は「そうだろう?」と短く返した。


家に帰り、私は博士が好きだったコーヒーで祝杯をあげた

きっとこの星の未来は明るい。


窓を見るとあの日に帰ってきた追憶の残骸が街頭に照らされ鈍く光っていた

私にはそれがきらきらと輝いているように見えた。

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