怨霊サイエンス
1
「もうこれ以上語る事はあるまい、行くとするよ」と私が言うと
彼は実に短く「そうだろう」と答えた
もうこの世界は大丈夫だ
私は私の発明を信じる事にし、この世界を後にする。
2
私達の遥か祖先が定めた時間という概念に従うならば
彼らの生活は酷く規則正しい
午前5時にまず
真っ白で円筒状の彼が「こけー」と短く鳴く事から始まる
にわとりを模したそれは不器用そうな両の手羽で
器用にフライパンなどの器具を使いこなし
あっと言う間に2人分の朝食をこしらえる
最も2人という言葉は適切ではない
正確には2羽、いや2機というべきか
機械である彼らに
人間らしい生活、例えば眠る事、食べる事
ましてや喋る事などは一切必要がない
やがてもう1羽が別室から出てくる
黄色い球体であるそれはどうやらひよこを模している様だ
やがて簡素なリビングから差し込む西日を浴びながら
食卓を囲み2羽は会話を始める
「はかせ きょうはなういんなーを つくってみた」
にわとりを模したそれが黄色い球体に話しかけると
博士と呼ばれたひよこを模したそれは
「そうだろう」と短く答える
「きょうは どんなじっけんを するのかなぁ」
「そうだろう」
噛みあわない2羽の会話はしばらく続く
目玉焼きとウィンナーとクロワッサンと玉葱のコンソメスープを食べ終わると
彼らの日課である実験がはじまる。
3
先ほどのリビングとは代わり
全体が灰色がかった無機質な部屋に
にわとりがやはり灰色のテーブルで何かの作業をしている
はんだごての様な機械で何か基板の様な物を溶接している
それだけ見ても実に奇妙な光景ではあるが
一番奇妙なのはそのにわとりの背中に
先ほどのリビングでは見受ける事の無かった3本目の手羽先が
背中から生えていて、作業はその3本目で行われていた。
しばらく悪戦苦闘をしながらたまに「こけー」と
ため息なんだかなんだかよくわからない鳴き声が混じったが
どうやら目的の作業が終わったらしい
「はかせ やっぱりてばさきは 2ほんがいい」と天井のカメラに向かい喋ると
「そうだろう」とモニタリングをしていた博士は
やはり短くマイク越しににわとりに答える。
彼らの今日の実験はこれで終了らしい
再び彼らはリビングに移動し夕飯を食べる
4
実験は大分時間がかかった様で
簡素なリビングには月明かりが射している
食卓にはほうれん草のサラダとトマトのスープ、サンドイッチが置かれている
どれも地下の菜園で作られている物が材料となっている完全に自家製の料理を前に
2羽は会話をしている
今晩特に印象に残った会話は
「はかせ いつまでじっけん つづくのかな」
「そうだろう」である
私はこんな記録を
もう800年続けている
5
私がまだ博士と呼ばれていた頃の話
この星は緩やかであるが確実な滅びを迎えようとしていた
誰も信じてはくれなかったが
私は至る所でこの星の終わりを人々に伝えた
しかし私の努力は人々の嘲笑に屈した
だが私はそれでも救いたかった
この星を、人々を
だからこの世界に私は1対の希望を残す事にした。
6
普通の人間であれば受けただけで死亡してしまう陽光のなか
にわとりを模したその機械は平然として立っている
殆ど砂漠と化してしまった大地に
今日は兵器にも、衛星通信をするような機械にも見えるそれを
乾いた地面に設置している
家からその様子をモニタリングしている博士に向かい
「はかせ せっちはもんだいなさそう」と伝えると
ひよこを模した博士はやはり
「そうだろう」とわかっているようなわかっていないような返事をした
「たのしみだなぁ」
「そうだろう」
私の800年に渡る観察もあと少しで終わる
7
病院の一室で
私は最後の時を迎えようとしていた
傍らには私の作った傑作である
ひよこを模したロボットが私を見ている
「博士、ねぇ博士!また元気になるよね!」
「…あぁ…そうだとも…一緒にこの星を救うんだ」
私にはもう残された時間が無かった
「博士!ぼくね!役に立つからね!だから!!だから…!!」
「そうだろう…」
私の言葉はそこで途切れてしまい
やがて目覚める事はなかった
最後に伝えきれなかった言葉が
きっと彼の呪いになってしまったのだろうと
私は科学者らしくない後悔を800年間ずっとしているのだ
8
1つは言語機能を全て捨て、あらゆる災厄を想定するロボットを作った
1つは思考機能を全て捨て、あらゆる災厄に耐えるロボットを作った
2つで1つのそれらは
人類が立ち向かうべきあらゆる災厄を計算し
それを打ち消す方法を考え、実行しつづけた
私の死後800年
それが実を結ぼうとしている
「はかせ すいっち いれるな」
「そうだろう」
にわとりが手羽先でレバーを引くと
全長234メートルの鉄の塔は稲光にも似た光を空に向け放つ
やがてそれは拡散し、この星を覆う。
これで殺人的な陽光が人を射す事もなくなる
もっとも人類がまだこの星にいればだが
希望は繋いだ
私の願いは叶ったのだ
9
リビングで朝食を食べる1対
肉の入っていないクリームシチューの鍋を囲む
「うまく いってよかったな はかせ」
「そうだろう」
「これで そとに みんなでれるかな よかったな」
「そうだろう」
そこでにわとりに少し異変が起きる
「一度だけ、このプログラムが機動する様になっている
800年の時間をかけ、自動演算で私は私を作る事にした
あの時言えなかった言葉を、今君に伝えたい」
「そうだろう」
「そうだ、君はあの時から最後に聞いてしまった
私の言葉を反芻し続けている、そうなる様に作ってしまったのは
私なのだが、最後にそれでも君に伝えたい。博士である前に
一人の人間として」
「そうだろう」
「あの時、君は一緒に星を救うと言ってくれた」
「そうだろう…」
「私はこう言いたかったんだ」
「そうだろう…君は私の最高傑作なんだ、と。」
「もうこれ以上語る事はあるまい、行くとするよ」と私が言うと
彼は実に短く「そうだろう」と答えた
もうこの世界は大丈夫だ
私は私の発明を信じる事にし、この世界を後にする。
行こうみんな
私の周りには、人から見れば失敗作であるロボットが並んでいた
ロボットの幽霊などとは科学者の私も苦笑したものだが
失敗作では断じてない
どれもこれも、私の最高傑作だ
行こうみんな、君達があったお陰で
君達の子孫は私の願いを叶えてくれた。
天国でお祝いをしようじゃないか。
私は幸せだ
きっと世界で一番幸せな研究者だ
10
優しい陽光が射す
砂漠の真ん中にちょこんと建っている実験施設である小屋からにわとりが出てきて
「けいそくち 40 もんだいなさそう はかせ きゃっちぼーる できるよ!」
とにわとりが言うと
モニター越しではない博士が
「あぁ いま行く」と短く言う
「…はかせ! ことばが…!!」
どうやら呪いは解けたようだ
11
それからしばらくして
地下室にあった野菜の種を撒いた甲斐もあり
少し緑を取り戻した実験施設の庭から
複数のにわとりが旅立つ朝が来た
「いいかい14、15、16ごう、にんげんをみかけたら、
もう そとにでていいことを ちゃんとつたえるんだよ」と最初のにわとりが言う
ほどなく
「こけ」
「わかった」
「めんどくさい」という返事が各々から帰ってくると
「こけー…」と心配そうに呟き空にそびえた
大きな機械を見上げる
世界を救ったその鉄塔には
「きぼう」というその機械の名前が掘られていた
12
シェルターの地下で生きる人々は
残された食料におびえながら暮らしていた。
たまたま厳しい教えを破り地上に出てしまった少女が
見た事のない白い円筒と出会う
にわとりを模したそのロボットの背中には大きく
「8ごう」というプリントが貼られていた
「あさがきたから あさごはんもってきた みんなでいっしょにたべよう」と
少女に向けて言うと
少女は短く
「へんなの」と言いながら笑う
この星がふたたび希望で満たされるのは
もう少しだけ先の話。