〇〇五 奴らとの遭遇
▼▽ 〇〇五 奴らとの遭遇 ▽▼
血と緑の臭いがしなくなり、建物特有の無機質でかびくさい臭いがした。熱い日差しも生温かい風も肌に感じられなくなり、目に強い光もすでに感じない。
その場で目を開くと、目の前にはキキが弄っていた操作盤があり、隣に僕が生まれたカプセルがあった。
部屋の中を見回すと部屋には変わりがないのがわかる。壁は無地でくすんだ灰色をしていて、天井を見上げると明るい光が見えた。
周囲を見回してもキキは見当たらなかった。僕が作っていたバリケードはそのままだし部屋にも変わりがない。バリケードは必要なかったみたいだ。
キキはどこに行ったんだろう?
何か手がかりは無いかと、操作盤に近づいてパソコンのように弄ってみた。すでに止まっているのか僕が触っても何も反応しなかった。
キキを待った方がいいんだろうか?
いや、待ってどうする。どこか見つかり難い所に隠れたか、戦いやすい場所に移動したに違いない。ここで悩んでいてもキキは戻ってこないし絶対に見つからない。
考えるより行動だ。歩き回って走り回ってキキを探そう。
探しに行く事に決めたので、僕は急いで部屋を出ようとした。扉の前の僕が作りかけだったバリケードを良く見てもやはり変わりがなくて、金属製の扉は開いていた。
扉から出て目線を動かして周囲を確認すると同じ風景の続く廊下だった。大きい建物のように通路が連なっている。
壁は部屋の物と変わらない無機質な無地の灰色で、通路の幅と高さは二メートル半位だ。天井は蛍光灯のような物が白く光っていて、床は壁と同じ材質で出来ていて何も敷かれていない。
良く通路を見渡すと左には延々と通路が続いていて、右は奥に扉があって行き止まりになっている。正面は通路を抜けた後小部屋のようになっていて、さらに通路を挟んでその奥に扉が見えた。
僕にはどちらに行けばキキに会えるのか、助けに行けるのかわからなかった。どちらに行こうかと悩んでいると、どこかそう遠くないと感じる所から悲鳴が聞こえてきた。
この悲鳴は……多分男の声だ。もしかして誰かが戦っているのかもしれない。悲鳴のする方に向かえば、誰かからキキの情報を聞けるかも知れない。そう思って、急いで悲鳴の聞こえてきた方向へと走りだした……
通路を抜けると、端に木製のベンチが置いてあるだけの小部屋に着いた。
小部屋の間取りを確認しようと思って目を動かす。壁や床や天井は通路と変わりがなくて、広さが六メートル四方程度あるだけだ。
休憩所かな?
その休憩所には白い研究服を着た人が、壁によしかかって座っているのが見えた。白い研究服は腰から下が赤く染まっていた。赤く染まった研究服を見て、心臓の鼓動が一瞬大きく跳ね上がったように感じた。
まさか、キキじゃないよね?
僕は近づいて、白い研究服を着た人を確認しようと思った。少し近づくと髪がくすんだ金色をしていたので、キキとは違う人だわかって少し安心した。キキと同じような白い研究服を着ているけど、髪も短いし多分男の人だ。
「大丈夫ですか?」
僕は男の人に近寄って聞いてみた。だけど返事はなかった。腰の部分を確認すると、床に血が溜まっていて怖かった。でも、生きていたら手当てをしてあげないといけない。そう思って手をとって脈を図ってみようと思った。
手をつかんでみるとすでに冷たく、手首の少し上を握ってみたけど脈は無かった。
男の人に脈がないのを確認した瞬間、僕は固まってしまった。呼吸するのも忘れていたかもしれない。
しゃがみこんで男の人の顔を確認した。
男の人は怖かったのか目を見開いていたので、僕は手を使って開いた目を閉じてあげた。その後、どうすればいいのか考えて床に横たえてあげた。顔に何か掛けてあげたかったけど、何もないから掛けられなかった。
どうしてこんな酷い事に……僕はキキを助けられるんだろうか?
立ち上がって、一度目を閉じて天井を見上げた。
もしかして、キキもすでに……
「そんなはずはない!」
僕は嫌な予感を吹き飛ばすように声を絞り出した。白い研究服を着て死んでいる人を見てしまったせいか、僕はその人に白い研究服を着ていたキキを重ねてしまったのかもしれない。
目を開いて男の人を見ると、僕には死んでいる人とキキが重なって見えてしまった。そのせいか死んでいる人を正視できなくなってしまった。
「ごめん。僕はキキを助けに行かないといけないんだ」
怖くなって掠れた悲鳴のような声を出して、その場から逃げるように走った。来た道とは反対側の、奥の扉へと向かって……
僕は休憩所を抜けてさらに走った。行き止まりの扉に近づいてくると、扉の左右に道がある丁字路になっている事に気付いた。
すぐに扉を開けたいけど、左右を確認してからじゃないと危険かもしれない。そう考えて、足を止めて通路の角から顔を出して左右を確かめた。
左に顔を向けると奥に扉があるけど行き止まりになっていた。右に顔を向けると金属で武装している緑色の人が複数見えた。
緑色の人ってなんだ? 体に何か塗っている? もし敵だったらどう行動すればいい?
僕は見つかったらまずいと思って、後ろに向かって静かに足を動かした。その後、通路の角から慎重に顔を出して緑色の人達の様子を伺った。
緑色の人は、良く見ると緑色の皮膚をしている。瞳が真っ赤で、普通の人より皮膚の皺が多い。若干マッチョ気味なだけで、他は普通の人と変わらない。
これがゴブリンなのか?
ゴブリンは四人いて、十字に向かい合って立っていた。三人が金属製の鎧を体に装着していて、金属製の剣を右手に、金属で補強したプラスチック製のような盾を左手に持っている。右側にいる一人だけが黒いローブをまとって木製の杖を手に持っていた。
一人だけ装備が違うのはなんでだろう。杖を持っている事から、あれがキキなら何とかなるって言っていたシャーマンか?
もしかして魔法を使うのか? 魔法はどう対処すればいいんだ?
僕が悩んでも多分結論は出ないだろう。結論が出ない事を悩んでいるよりも、ゴブリン達をどうしようか考えた方がいいか。
倒すか・駆け抜けてしまうか・逃げるか・話しかけるか・それとも……
倒すだけなら、打ち勝つだけなら出来る自信はある。あの赤虎と相対した時のように、死の恐怖を全然感じないからだ。だけど、ゴブリンは人と同じような容姿をしている。それが問題だ……
駆け抜けた場合、逃げ切れてもその後どうするんだ? 後ろから追われて挟み撃ちに合ったらとても危険じゃないのか? これはダメだ。
逃げるなら迂回しないといけない。いや、それも駄目だ。道がわからない僕に迂回なんて出来るわけがない。それに、他にもゴブリンがいるに決まっている。合流されたら手を焼くかもしれない。
話が通じるなら話しかける価値はあるのかもしれない。でも、あいつらに剣で刺されて殺されていた人の事を考えると、話しかける気にはならない。わざわざ自分から殺してくれと言いに行く自殺願望者になんてなりたくない。
結局倒すしかないのかもしれない。でも、もし過剰に傷つけて殺してしまったらどうしようか……もし殺してしまったら、後になって多分後悔するだろう。
悩んで殺した事を後悔しながら、キキを助けに行くなんて出来るんだろうか。でも、キキを助けるに行くには避けて通れない道がある。通れない道があるなら、通れるようにしないといけない。その為にはゴブリン達を殺さないといけない。堂々巡りだ……
僕が今一番しなければならないと思っている事はなんだった?
キキを助けに行く事だ。自分が血迷っている事にすぐに気付いた。
僕は今更何を迷っているんだ? 僕が剣を持ったのはなんのためだ? 僕がこれからしなければいけない事はなんだ? 僕があの赤虎を切った物はなんだ?
自分が助かるために、キキを助けるために、命を奪うための武器を持った。ゴブリンが使っている剣だって命を奪う同じ武器だ。僕には助けたい命があって、その為には殺さなきゃいけない命がある。これからする事は必要な事だ。
こうして考えている時間にも他のゴブリン達がキキを襲っているかもしれない。行かないと、倒さないとキキを助けられない。
ゴブリンを人と考えたのが間違いだったのかもしれない。
「一人、二人。いや、一匹、二匹、三匹、四匹」
僕は声を出さないようにして、自分に暗示を掛けるように静かに口を動かした。右手に力を入れて、左腰の鞘からスーッと静かに剣を抜いた。
「キキ、必ず勝って助けにいく」
僕は静かに気合を入れた。足音を出さないように一歩踏み出して、二歩踏み出して、一気に駆け出した。途中で立ち止まる事無くゴブリン達に向かった……
僕の前方の通路で、四匹のゴブリンが十字に向かい合っている。
僕はゴブリン達に向けて走っている。ゴブリン達は熱心に話し合いをしているようで、走っている僕に気付いていないようだ。通路の左側の壁が一部抜けているけど、ゴブリン達が邪魔で、僕からは確認できない。
手前に僕に背を向けているゴブリンがいる。その手前の一匹を最初の目標に定めた。
走りながら胸の前に左腕の盾を構えて、右手の剣を盾の下に構えた。ゴブリン達に動きが無かったので、僕はそのまま手前の一匹にそのまま攻撃を加えることにした。
目標にした手前の一匹が、射程距離に入ったと感じて、右足で床を強く踏んで、後頭部から左側に抜けるように左腕を動かして盾で殴り飛ばした。
ゴギィという鈍い音がして、殴った一匹の首がへし曲がり、左側に体が倒れ始めた。
やってしまったと思った。むやみな殺生はいけないと、現代の記憶を思い出して自分に揺さぶられそうになった。でも、これはキキを助けるために必要な事だ、と自分に言い訳して戦闘を続けようとする。
ゴブリン達は鈍い音がしてからやっと僕に気付いたようで、残りの三匹が僕の方へと視線を向けるのがわかった。
僕と相対している正面の一匹は、その場から動かずに口を開けて呆けたようにただ僕の方を見ている。
左側の一匹は、右手を動かして剣を手放したみたいだ。
右側のシャーマンは両手で杖を前に構えていて、何かをするみたいだった。
僕は右に、何かをしようとしていたシャーマンに目線を合わせて、剣を握り締めた。悩むのも後悔するのも後でいくらでも出来ると、迷いを振り切って剣を動かした。
シャーマンが前に構えていた杖もろとも薙ぎ払った。さしたる抵抗もなしに杖を切断し、胸元から首に剣が通り抜けた。右腕に少しの抵抗を感じただけで、剣は頭上付近まできり上がった。今度は何の感慨も浮かばなかった。
左側から金属と硬い物がぶつかったような硬い音が聞こえてきた。
視線を左側に向けると、左側の一匹が盾を前に構えたまま僕に向けて突進してきていた。その一匹のいた場所に剣が落ちているのが見えた。
攻撃した直後なので両腕とも体から離れて、体が完全に開いていた。あの盾を避けないと体勢を崩されてしまう。そう思って床を蹴って右後方に跳んで避けようとした。
空中に跳び、跳んでいる最中にコトンと何かが落ちたような音がした。音のした方向に目を動かすと落ちたのは切断された杖だとわかった。
正面の一匹が目の端に見える。正面の一匹は僕に視線を合わせたまま、まだ動いていなかった。呆けている場合じゃないだろ? と突進してくる一匹をどうにかしなくてはならない今の自分の状況を棚に上げて思った。
床を蹴った力が強すぎた。このままでは壁に激突して体勢を崩して体を無防備にさらしてしまうかもしれない。壁に激突しないために手を空けようと思い、空中で右手の剣を手放した。剣を手放した後、右手を壁に接地させてクッションのように折り曲げた。
盾を構えた一匹が僕に突進してくる。迫り来る盾を左腕の盾を前にしてなんとか受け止めた。だけど、棒立ちで体勢が悪かった。避けようとする前に、落ち着いて左腕の盾を胸の前に戻して、普通に受け止めればよかったと思った。
盾と盾が衝突し、ギャギャギャという耳障りな音を出した。後ろへ、後ろへと壁を軽く擦りながら押されてしまっている。足が滑ってこのままではまずい。すぐに右足を後ろに下げて、壁の縁に靴の側面を掛けた。
右足に更に力を入れて、左足の膝も曲げて力が入るようにした。右腕を必死に壁に当てて、右手を壁に押し当てた。
盾を構えた一匹の前進はすぐに止めることが出来た。だけど、呆けていた一匹が今更剣を構えてこちらに向かって来ているのが見えてしまった。
この状態はまずい。そんなの嘘だ。なんとかしなくては。もっと考えて動けば……
頭の中で色々な考え事がめまぐるしく浮かんだ。こんな時にどうするかなどの対応策を考えていなかった。
ゴブリンだから簡単に勝てるかもしれない。そんな浅はかな考えで突撃なんかするんじゃなかった。僕は今更になって後悔した。
「トラッツ!」
どうにかしようと考えて、助けが欲しくて呼んだ。だけど、肝心のトラッツは目に浮かんで来ない。自分で何とかしなければいけない。
目の前の一匹を押し返すために壁から右手を離した。離した右手を左腕の丁度下辺り盾の裏に合わせる。右足で壁の縁を全力で踏みしめた。悪あがきだと自分でも思った。でも、少しだけ盾を構えた一匹を押し戻せた。
「クッソォッ!!」
ヤケクソ気味に、右足で壁を蹴り壊すように、左足で地面を貫くように力を込めた。盾を構えた一匹が地面から足を離して空中に浮き上がる。僕は左手から力がみなぎってくるような気がして、壁を蹴り飛ばした反動で右足を一歩前に進めた!
「オアアアァァァァアッ!」
叫び声をあげながら、ぶつかり合う盾をぶち抜くように押して右足と左足で床を全力で踏み抜いた。すぐに右腕と左腕が何かを突き抜けたような感じがした。体が開いてしまい、右腕が上に左腕が左側に流れてしまった。
体から予想以上の力が出てなんとかなって、僕は少しだけ平静になれた。だけど、眼前で不思議な事が、想定の範囲外の現象が発生していて、なにが起こっているのか理解するのに苦労した。
眼前にいた盾を構えた一匹は、構えた盾ごと壁に向かって吹っ飛んでいってしまった。その直後その一匹は壁に衝突してゴッと凄まじい音をたてて上方に跳ね返った。天井に衝突してどこかが潰れた時に僕は目をそらした。
目をそらしても、落下してなにかを引き潰したような凄惨な音は聞こえてきた。少し見てしまったけど、そのゴブリンのなれの果てを確かめる勇気は僕に無い。
剣を構えていた一匹は、振り返って凄惨な現場を最後まで見てしまっている。ショックでまた呆けてしまったのか、剣は握りながらも、盾を床に落としてしまっていた。僕も今起こった現象が信じられなかったからしょうがないのかもしれない。
このまま後ろから殴りかかれば戦闘は終わる。でも、無闇に殺すよりも有効な方法があるはずだ。ありえない事を体験してしまったせいか興奮せずに、不思議と冷静に考えられた。今は何でもいいから情報が欲しい。これはチャンスかもしれない。
「そこのゴブリン君。話があるんだけどちょっといいかな?」
僕が呼ぶとゴブリンはこちらを振り向いた。そのままニコッと微笑んであげたら、ゴブリンの顔が引きつってしまった。僕の顔が怖いわけじゃないはずだ。
ゴブリンはコクコクと怯えたようにしながら何度も上下に首を動かしている。失礼な奴だなと思った……
僕は手放した剣を拾った後、ゴブリンから情報を聞き出そうと思って口を開いた。
「話はわかるかい?」
「アア、ワカルゾ。イヤ、ワカリマス」
僕が尋ねると、ゴブリンはそう言いながら剣を捨てて鎧も脱ごうとした。
いきなりなんなんだよと思った。僕だって起こった事が信じられないのに、僕にそこまで怯える事はないはずだ。本当に失礼な奴だ。そう思いながら再度口を開いた。
「武装は別にそのままでいいよ? でも、変な動きをしたら……わかるよね?」
「ワカリマス、ワカリマス、剣ヲ収メテクダサイ」
僕は目を細めて言い、少し剣を動かした。ゴブリンは僕の動きを見て、殺すのは待ってくれとでもいうように、手を大げさに動かしていた。
「わかった。そこに座ってもらえる?」
「……ハイ、御用ハナンデショウカ」
僕は剣を鞘に収める前に、命令するように剣先で壁際を示した。ゴブリンは大人しく壁際に座った。やけに従順なので調子が狂いそうだった。
「聞きたい事があるんだけどいいかな?」
「ドウゾドウゾ」
僕が質問しようと思って聞くと、ゴブリンは頭を下げて軽い口調で言った。なんだかすごい軽い人だと思った……
いや、違う。そもそも人じゃないだろうと自分に突っ込んだ。僕はこのままでは別の意味で混乱しそうだったので、質問する事を考えるためにも一度深呼吸をした。
「すぅ……はぁ。どこかで長い銀髪の、青い目の少女を見なかった?」
「知ラナイ。ソンナ人間、オレハ知ラナイ。ココニ来ルマデニ殺シタ人間ノ数ハ覚エテイナイガ、ソンナ人間ハ見カケナカッタ」
キキの事をたずねると、普通に対応できる言葉は返って来なかった。
こいつもやっぱり人を殺していた。許せない……
やっぱり始末してしまおうか?
駄目だ。僕はなにを考えている? 僕もこいつらに対して同じ事をした。許せないから始末するって言うのは間違っている。
何も考えずに許せないという気持ちだけで始末すれば、安易に次も同じ事をしてしまうだろう。自分から勝手に許せないと恨んで殺して、どんどん深みにはまる必要はない。
僕は殺す覚悟も、殺される覚悟も出来ていない。殺す事を考えるよりも、キキに会うために、助けるために情報を得る事が必要だろう。考えを止めて質問を続ける事にした。
「ここにどうやって来た?」
「階段ヲ下リテ、普通ニ歩イテキタ。降リタノハ確カ三階分ダ」
ゴブリンの言葉を聞いて考えた。
三階降りたって事は、ここは地下三階なのだろうか? 見取り図がないからよくわからない。ゴブリンはこの建物の事を知っているかもしれない。
ゴブリンに案内させた方がいいのだろうか? でも、下手に一緒に歩いてどこかに誘い込まれたりしたら危険だ。集合場所だってあるに決まってる。逃がして警戒されてもまずい。情報を聞き終わったら……
始末する。
この考えは間違っていないはずだ。結局自分の安全の事しか思いつかなかった。最初に考えた始末してしまう事と変わりない答えに胸焼けした。
「君達の戦力は、人数はどの位? 目的は何?」
「アグ、イヤ、支援ヲ含メテ五百名程ノ部隊デ、ゴブリンロードガ大将ダ。目的ハオレノヨウナ下ッ端ニハ伝エラレテイナイ」
質問を考えて言うと、ゴブリンからすぐに返事が聞こえた。
情報と考えても、キキの事以外何を聞き出せばいいのかわからなかった。テレビで尋問は見た事あるけど今一よくわかっていなかった。
簡単に考えれば今自分に必要な情報だ。キキの事以外思いつかない。もしかしたら僕は頭が悪いかもしれないと感じた。
「……もう一度聞くけど、本当に長い銀髪の、青い目の少女を見なかった?」
嘘は許さないとばかりに睨みつけた。
「本当ニ知ラナイ。知ッテイタラ、スグニ教エテイル」
声が聞こえても、このゴブリンがキキの事を本当に知らないのかよくわからなかった。拷問って言葉が浮かんだけど、時間が惜しいし、する覚悟もない。
これ以上の質問は時間の無駄かもしれないと思って、口を開いた。
「僕に何か役に立ちそうな情報はない?」
「待テ。死ニタクナイ許シテクレ」
ゴブリンが僕の心を押さえるように手を突き出した。
死にたくない、か。僕も死にたくない。死にたくなかったらどうすればいい? 僕には方法が思いつかない。でも、後々敵になる物を生かしておけば不利になる事はわかる。だから始末するしかない。
「君は何人ヒトを殺したの? 僕はさっきゴブリンを三匹殺したよ」
剣の柄に手を掛けた。
「待テ、待ッテクレ。オレニハ三人ノ子供ガイルンダ。命令サレテ仕方ナカッタンダ」
僕が剣の柄に手を掛けると、ゴブリンは頭を床に付けた。
「仕方なかっただって? じゃあ、僕も仕方ない……」
仕方なかったというゴブリンの言葉に腹が立って、鞘から剣を抜いた。剣が鞘走りシャリンという甲高い音がした。僕には何故かその甲高い音が、剣が泣いているように悲しく聞こえた。自分の表情がどんな物になっているのかわからない。
「頼ム、コノ通リダ。モウ二度トシナイ。三人ノ子供ノ息子達ノタメニ頼ム」
ゴブリンが床に額をこすりつけている。僕はそのゴブリンを見て動けなかった。
これはなにをしている? ゴブリンが必死に謝っている。
僕はなにをしている? 僕は必死に謝って、戦う気がない者を殺そうとしている。
僕はゴブリンに何をするつもりで話しかけたんだ? 殺すためじゃなくて、情報を得るために話をしようとしたはずだ。始末するために、殺すために話しかけたわけじゃない。でも、僕は僕の安全の為に始末しなければいけない。
「僕も仕方ないんだ!」
僕は今更殺す事を迷っている。それでも右腕を上に動かし剣を頭上に振り上げた。
安全のために殺すことは間違っていない。でも、なにか自分に悩む事があるから殺す事を迷っている。このまま迷ったまま剣を振り下ろしてもなにも解決しない。考える事を放棄する事になるだけだ。
安全のために殺すって事はどういうことだ……考える。
「立て」
剣を構えながら息を吐く。
考えてすぐに結論がでた。僕が臆病だからだ。
自分が臆病だから不安を感じて、始末しなければならないと囚われている。自分が臆病だと認める事は戦うのに悪い事かもしれない。でも、臆病なりの戦い方があるはずだ。わからないまま突っ走ってしまうよりましだ。
「立ち上がって」
剣をゆっくりと下ろす。
用が終わったら敵は殺す。それが正しいのかもしれない。だけど、僕には出来ない。後悔するのかもしれないけど、僕にはこれ以上出来ない。
僕は剣を振り下ろせなかった。
「背中をむいて、行って。僕の前にはもう出て来ないで……早く行って!」
「アリガトウ。アリガトウ。バリガトウ……バジガドウ…………」
ゴブリンは泣いていた。今も多分泣いている。僕に背中を向けて、頭を下げながら謝りながら泣きながらゴブリンが通路を走っていく……
僕は何をしていたのだろうか? 気分が悪い……
剣を鞘に戻した後も気分は優れなかった。歯を噛み締めてわき上がる不快感を抑えようとした。
僕はこれ以上戦えるのか? キキを助けるためとはいえ、これ以上僕に戦えるのか?
「駄目だ。僕にはわからない」
口から情けない言葉が勝手にこぼれ出てしまった。戦う事よりもキキを助ける事を優先しよう。そう考え直して、僕は通路の奥に向かって歩き始めた……
通路の奥、左側の壁が抜けているように見えた所は、階段の踊り場になっていた。
戻って丁字路の扉を調べた方がいいか? それともこのまま階段を上った方がいいか?
まず建物をある程度把握したい。もしかしたら、一階の入り口付近にはここの建物の見取り図があるかもしれない。迷子にならない自信が無かったので、僕は見取り図を探すために階段を上り始めた……
階段は、通路の壁と同じ材質で出来ていて広さも同じ位だった。階段の端部分には滑り止めのようなゴム状の物も付いていたので、階段を上っている最中にも足元に不安を感じなかった。
階段の踊り場部分を折り返して、一階上に到着すると激しい風の音が聞こえた。風の音が多少気になったけど、結局無視して階段を上った。
もう一階上に到着すると、階段はそこで途切れていた。ゴブリンの情報を考えればここは地下一階のはずで、階段が途切れるはずが無い。
「あいつ嘘つきやがったな」
怒りを感じて言葉を吐き、こめかみに何かが浮くのを感じた。
階段の通路に出る部分から金属と金属がぶつかるような高い音が聞こえてきた。叫び声も時々聞こえてくる。
人がいるかも知れないから音の聞こえる方に行くべきだろうか? それとも戦いを避けて一階下の風の音を調べるべきだろうか?
僕は一応確認してから避けるかどうか決めた。通路の側へと近寄って行くと、鉄のさびたような臭い、血の臭いが強くした。
階段の踊り場から通路の側へと顔を出した。人とゴブリンがたくさん倒れている。赤い血が灰色の壁を色鮮やかに化粧している。
僕は全てに忌避感を覚えた。
通路は僕が最初にいた地下三階とした階と同じような作りだ。奥は行き止まりで扉があり、その手前の右側には扉があって、その扉の正面の左側の壁が切れている。
壁の血の模様が僕の未来を暗示しているような気がして怖かった。引き返そうと思ったけど、前方から聞こえてくる叫び声が僕の足を後ろに戻さなかった。
ここで怖がっていても事態は良くならない。人がいても助けるかどうかはわからない。でも、臆病だからといって全てから逃げてもキキは助けられない。
「前に進むしかない。後ろに下がっても何もない」
少し声に出して気合を入れた。倒れている人やゴブリンは後に回す事にして、動く物が無いか周囲を警戒しながら歩き出した。
丁字路に近づけば近づくほど金属がぶつかり合う音が大きくなる。僕は丁字路の手前で一度停止して、壁の切れている左側の部分、曲がり角から顔を出した。
壁や床や天井は赤いし、人やゴブリンは倒れているけど通路に変わりはなかった。奥の方向が通路が広くなっていて、広くなっている場所の手前で人とゴブリンが戦っていた。広くなっている場所は、地下三階で見た休憩所と同じ地形の場所だと考えた。
手前から、金属製の鎧と剣と盾で武装した五匹のゴブリンがいる。その奥に、制服のような青い服の上に金属製の胸当てを付けて、金属製の剣と盾で武装した金髪の短い人が二人いる。その奥で長い金髪が揺れ動いているけど、それ以上は僕から見えない。
青い服を着た二人の人が、休憩所に五匹のゴブリン達が入らないようにしていた。左右に分かれて、少なくない傷を負って、壁になるように戦っている。
僕はどうするべきだ? 助けにいくか? それとも引き返すか?
引き返してキキを探すのが最善策だと答えは決まっていた。だけど、あの二人を見捨てていいのか? と、そう考えると僕は動くに動けなくなってしまった。
左の人が剣を横に払い、ゴブリン達が剣を突き返す。左の人とゴブリンが何度か攻防を繰り返して、右の人は盾でゴブリンを押し返す。剣の打ち合いの中、左の人の持つ剣が甲高い音を立てて休憩所のどこかへ飛んでいった。
左の人はすぐさま懐に手を入れて、懐から何かを取り出そうとしたみたいだ。だけど、ゴブリン達がその好機を逃すわけがなかった。二匹が右の人に剣を突き出して、三匹が武器の無くなった左の人に剣を突き出した。
左の人の盾に一本の剣が弾かれたが、二本の剣が深く胴体に突き刺さった。
「ウギィィッ」と、叫ぶのを必死に抑えたような人のうめき声が聞こえた。
倒れていた人を見るのとはまったく違う。実際に人が貫かれた瞬間を、絶命する瞬間を見てしまった。僕にとってはどこか別世界の出来事のように思えた。
僕もゴブリン達に同じ事をしていた。謝る奴にすら攻撃を加えようとしていた。見ているだけでいいのかと思った。僕が動かないで傍観していたから、あの人は刺された。
助けに行かなくちゃいけない。と、思った時には、もう一人の人も五匹のゴブリンの総攻撃を受けて後ろに下がり始めていた。
胸が痛い。口の中に言い表せない苦さを感じた。もっと早く決断していれば助けられたかもしれない。臆病な自分でも助ける事は出来たはずだ。いや、これから助けるんだ。そう思い直して駆け出した。
「いま助ける!」
注意をひきつけるため叫んだ。中央のゴブリンの一匹が、顔だけ振り向けて僕を見た。その後、その一匹が左右に首を振ると、端の左右の二匹が僕の方へと振り向いた。
左側の一匹は右手に剣、左手に盾を持っており、盾を前に構えていた。右側の一匹は右手に剣だけだった。僕は右側の一匹を目標にした。
剣を抜かずに胸元に盾を構えて、そのまま右側の一匹に向かった。休憩所の手前でさらに速度をあげると、右側の一匹が僕に向けて剣を突き出してきた。
僕はその突きに合わせて、右側に一歩踏み出した。突き出された剣がフォンと風きり音を立てて僕の左側を通過した。
左側の一匹が援護しようと動き始めたようだったけど、僕が右側の一匹と一直線上になったため、動けないでいたようだ。
僕の左側になった一匹が、苦し紛れに開いた体のまま剣を突き出してきた。僕は前に踏み込んでその剣を避ける。剣を突き出して無防備になった一匹の体に盾の正面を向けて、右腕を盾に添えて床を踏みしめて体ごと突っ込んだ。
「ァァァアッ!」
盾によるぶちかましが無防備になった一匹の鎧に衝突してゴギィと、鈍い音を立てた。無防備な一匹は一瞬で中に浮かび上がった。
「飛んでいけぇえっ!」
僕は更に前に一歩踏み出して、足に力を加えて、突き飛ばすように腕を伸ばした。中に浮かび上がった一匹は、ブォォォオと不気味な音を出して後方に吹き飛んだ。そのまま一直線上の後ろにいた一匹に衝突した。
ゴギンと激しい音が響いた。中に浮かんだ一匹は方向を右に変えてきりもみ状に飛んでいく。もう一匹は腹部から上半身が後方に折れ曲がっている。
きりもみ状に飛んでいく一匹を目で追うと、僕はまた想定外だと思った。きりもみ状に飛んで行った一匹の方向には、懸命に戦っている青い制服の人とゴブリン達がいた。
「避けて――っ!」
焦って悲鳴みたいな甲高い声が出てしまった。こんな事になるなんて思わなかったから、事前に注意なんて出来るはずも無い。
三匹のゴブリン達は、人が間に一人入れる位の扇形に、青い制服の人を囲んでいた。その更に後ろに、金色の長い髪が動いて見え隠れしていた。
きりもみ状に飛んで行く一匹は、最初に中心の一匹に当たり、右側にそれた。そして、右側の一匹を巻き込んでゴロゴロと転がってゆき、二匹同時に壁にぶつかった。
中心の一匹は左側の一匹に寄りかかった。だけど、意識を失ったのかそのまま床に崩れた。全てを見終わって僕はボーリングを思い出した。
左側の一匹は倒れたゴブリン達を見回した後、こちらに顔を振り向けた。青い制服を着た人はその場に立ち尽くしているだけだった。
僕はあまりの事になんかどうでもよくなった気がしたけど、剣を抜いてゆっくりと、左側の一匹に向かって歩き始めた。
「降伏しろ!」
大きな声を出して、床を踏みしめて、唯一立っているゴブリンに向かって走り出した。その一匹が振り返って剣を振り上げたので、僕は剣を下に構えて走った。
ゴブリンは僕が剣の射程にはいったと思ったのか、剣を振り下ろしてくる。僕は振り下ろされてくる剣に合わせて剣を振り上げた。剣と剣が衝突して、ギィィィシュンと耳障りな音を立てた。
剣と剣が衝突したら止まるはずだ。だけど、何故かわからないけど僕は肩の上まで剣を振り上げてしまっていた。ゴブリンも下まで剣を振り下ろしている……
なにかおかしい。
カキンと頭上から音がして、僕は上を見上げた。僕の剣には何も変わりは無かったけど、天井に光る刃が刺さっていた。次に顔を下げてゴブリンの剣に視線を合わると、刃が途中から切られたように無くなっていた。
僕は剣の達人でもなんでもないんだ。剣が剣で断ち切れたのが信じられない。
僕は自分の動揺を抑えて、ゴブリンの眼前に剣先を突きつけた。
「降伏するなら命までは取らない」
ゴブリンはわかってくれたのか真っ二つになった剣を捨ててくれた。必要以上に殺すなんてしたくない。この時は良い方向に進んでいるなと思っていた……
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