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〇〇三 戦力外通知

▼▽ 〇〇三 戦力外通知 ▽▼


 この部屋全体が揺れていると感じた。多分ここの建物自体が揺れているんだと予想が出来て、僕までもがシェイクされるような感覚だ。

 目の前でキキがバランスを崩して倒れそうになっていたので、キキをとっさに抱いて支えた。キキを支えながら、天井からほこりや、何かのかけらがパラパラと落ちてくるのを見ていた。

 普通なら立っていられないほど激しく揺れていると思う。でも、まったくバランスを崩す気がしなかった。床の揺れに反応して足首と膝が衝撃を吸収するクッションのように反応して動く。体の反応が良すぎて何かおかしいと感じた。


 しばらく時間がたつと地面の揺れが落ち着いてきた。なので、揺れに関して少し考えてみた。これだけ揺れるとなると、やはり地震だろう。なにかがなにかにぶつかったという僕の考えは間違いだろう……そう考えた。

 建物の揺れが収まると、ウーッウーッと甲高い警報のような音が鳴り響き始めた。


「施設結界に大型の物体が衝突した模様、係員の指示に従ってください。繰り返します。施設結界に……」

 あからさまな機械音声が聞こえてきた。警報に続けて危険を知らせる放送が流れ始めたみたいで、同じ事を何度も繰り返している。

 身の危険を感じたので、焦って考え無しに口を開いた。


「キキ。大丈夫? 僕の誕生を祝って、何か届いたって感じじゃないよね?」

「頭は大丈夫?」

 キキが僕の頬に手を当てて、僕を心配している感じの返事をしてくれた。

 キキの言葉に口の端が少し引きつってしまったが、腹は立っていない。顔を少し左右に振って口の引きつりを誤魔化してキキを見た。


「大丈夫。まだ大丈夫」

 キキはそう言いながら、僕の手を握ったり、水晶を弄ったり、僕の体を弄ったりしている。焦っているのか、落ち着かない様子だ。

「焦った僕が悪かった。少しでも分かるなら説明して欲しい」

 僕が焦っていたのがキキにも伝播してしまったのかと思って、焦らせないようにゆっくりと話した。


「施設の入り口は生きた無季眩樹メディウスの大木を利用して出来ています。その木に大型生物が衝突したのだと思われます。落ち着いてください」

 落ち着いてと言うキキが、手をそわそわと動かして落ち着かない。僕はキキの様子を見て、少しだけ落ち着けた気がする。他人の振り見て我が振りなんとかだ。

 キキの言葉で疑問に思った事を考えて口を開いた。


「その入り口の木は大丈夫なの?」

「入り口の木は封鎖結界を刻印して、偽装して補強してあります」

 キキが説明してくれたようだが、説明された言葉の意味がまったくわからない。説明を求めるために、再度口を開いた。


「専門用語が多くて、僕にはちょっと意味がわからないよ……」

「たまにある事ですので、気にしなくても大丈夫です」

 僕の言葉にそうキキが答えた。


「たまにある事なん……本当なの?」

 キキの言葉に納得しようとしたけど、無理を感じて聞いてしまった。

 キキをジッと見ていたけど、手をそわそわと動かすのを止める様子はなく、まったく落ち着く様子も見えなかったので、説得力を感じなくて納得も安心も出来なかったからだ。


「それでは行きましょう」

 キキは僕の質問に答える事無く僕からゆっくり離れて、部屋の扉を指差した。その後、扉へと向かってゆっくりと歩き始めた。

 急に歩き出した理由がわからなかった。


「キキ? どこにいくんだい?」

「魔法実験場です……リスタは覚えていないの?」

 キキは振り返って、目を細めてジトッと僕を見詰め始めた。

 キキの言葉に、少し前に魔法を教えてもらいたい。そう言ったような気がするので、謝る事にした。


「ごめん。今の揺れですっかり忘れちゃったよ」

「そうですか。次は忘れないでください」

 キキはすぐに振り返って歩き出した。僕もすぐにそれを追いかける。キキが急に歩き出したので怒ったのかなと思った。


「ごめんね。次は気をつけるようにするよ」

 忘れていたのは僕のせいじゃない。地面が揺れたのが、危険な警報と放送が全て悪いと思ったけど、一応謝った。

「ふふふ……」

 キキは口に手を当てて笑っているみたいだった。何故笑ったのか僕にはわからなかったけど、機嫌が悪くないようなので良しとする事にした。

 少し早歩きでキキに追いつき、扉までキキと並んで歩いて扉に手をかけようとした。


「施設結界に攻撃を加える敵対生物を感知、警備員及び戦闘員は配置についてください。研究員及び一般の方は、落ち着いて最寄の避難所に避難してください。繰り返します。施設結界に……」

 扉に手を掛けると今までとは違う放送が聞こえ始めた。

 放送が物騒な言葉使いなので身の危険を感じて、すぐにキキに聞いた。


「ここの施設って、キキ以外にも誰かいるの? 敵対生物ってなにを指すの?」

「少なくとも百人以上の人がいるはずです。人数の詳細はわかりません……」

 キキが僕の方に振り向いた。キキは両手を水晶に当ててギュッと握り締めていた。ついさっき、キキは大丈夫と言っていたけど、実際は怖がっているような感じだ。

 こんな時に不謹慎だが、なんだか可愛いかもしれないと思った。


「そっか。人が意外と多いんだね」

 そう言って、キキの言葉を少し考える。

 ここを何かの研究施設としよう。キキも僕と同じ作られた存在で、僕とキキのような存在がここにたくさんいるなら、僕達のような存在が反乱を起こすのを予防するために、施設の人数を詳しく知らせない。そう考えた。

「敵対生物に襲撃されるような事は私が作成されてからは、発生しておりません」

「危険じゃないの?」

 キキの言葉を深く考えずに質問した。


「危険です。何度か襲撃があり、壊滅してしまったという別施設の報告は見せてもらいました。施設の建設途中・建設完了後の物も含めますが……」

「なんだって!」

 キキの言葉が信じられなくて、大きい声で聞き返した。


 百人近くいる施設が壊滅って事は……落ち着いて話してる場合じゃない。僕はまだ何も悪い事をしていないから、僕のせいじゃない。

 自分も大切だけど、キキも助けてあげないといけない。でも、今はキキの事よりも、安全を確保するために優先する事があると考えた。


 とりあえず腰の鞘から剣を少し引き抜いて確認した。剣を確認しても使い方なんて知らないので意味がない。そんな事よりも体の調子を確認をしないといけない。そう考えて体が思い通りに動くか試そうと思った。


 キキから離れて、腕をぐるぐると振り回して体がよく動くかどうかチェックした。その後、前転や側転して回避行動の練習をした……

 少しだけ、ほんの少しだけ、僕は何をしているんだろうと思ったのは内緒だ。

「よしっ、体は大丈夫! キキ。大丈夫だ!」

 自分が動揺していたのを隠すために、元気良くそう言った。


「頭は大丈夫?」

 キキは首を傾げてそう言った。

 また可哀想な物を見る目で見詰められたけど、キキの言葉が酷いと感じるよりも、不安を感じる心の方が大きかった。そのまま考えもなしに口を開いた。

「ごめん。大丈夫だから、どうしよう?」


「落ち着いて」

 キキはそう言って、僕の頬に手を当てて、目をジッと見詰めてくれた。キキはそのまま下に手を降ろして、優しく柔らかく僕の胸の上に手を乗せてくれた。そこは丁度心臓辺りでドクンドクンと心臓の鼓動が聞こえるような気がした。

 キキの目を見詰め返していると自然と冷静になれた気がした。


「リスタは物置き場から、非常用のバッグを二つ取ってきて……待って、私の分も含めて非常用バッグを二つ。お願い……」

 キキの言葉が聞こえて、僕は振り返って物置き場に駆け出そうとした。すると、キキはすぐに僕を引き止めた。キキは大きい声でもう一度必要な物を言ってくれた。キキの口調が変わっているのにも、大きい声で言われてから気付いた。

 気が焦っていてとんでもないミスをしかねない。そんな僕に気を使ってくれたのかもしれない。そう思って頭を下げた。


「ありがとう。非常用バッグ以外には何か必要な物はある?」

「盾のような防具も用意しておいた方がいいと思う」

「防具もだね、わかった。すぐ持ってくるよ!」

 そう言って、物置き場に向かって走り出した。


「私はすぐそこにある操作盤から、敵対生物の情報や逃走経路を確認する」

 後ろからキキの声が聞こえて、振り返った。キキが僕の生まれたカプセルのすぐ傍にある機械を指差していた。機械はパソコンに本当に良く似たような物だ。


「じゃ、またすぐあとで!」

 監視映像とか、それらしい事が機械の中に入っているのかなと考えようとして、今は考えるより行動だ。そう思って動き出した。

「うん」

 僕はキキの返事を待たずに手をあげて、物置場に向かった。


「施設内に敵対生物の浸入を許しました。戦闘員及び警備員の方は直ちに敵対生物の排除を開始してください。研究員及び一般の方は急いで最寄のシェルターか避難所に避難してください。繰り返します、施設内に……」

 警報が鳴り響き、危険を伝える放送が聞こえる中、僕とキキは用意を始めた……



 物置き場に向かって走ると、当たり前だけどすぐに到着した。

 僕は急いで部屋の中で必要な物を探し始める。すぐに部屋の端にバッグのような物が置いてあるのが見えた。近づいてみると、とても大きい茶色のバッグで、どちらかというと旅行用のショルダーバッグに近い事がわかった。予想では普通のリュックやカバン位の大きさだと思っていた。


 目立たない茶色のバッグを開いて中を確認した。中にはとても固そうなパンのようなものと皮袋に入った緑色の粉がある。

 緑色の粉は野菜の汁のあれだろうか?


 布で覆われたビンのような金属製の容器も入っており、振ってみると、中に水が入っているのがわかった。後は毛布が入っている位だ。

 バッグを持つ部分を良く見ると〈非常用〉と謎の文字で書かれてあった。


 これは何語で書いてあるんだろうと考えた。気にしていなかったけど会話も何語だったんだろうかと疑問に思った。もしかして、あの夢の中での書き込みだったかが影響して、文字や言葉がわかるようになったのかと悩んだ。

 悩んでいると、警報の音がまだ響き続けている事にすぐ気付いた。


 僕は警報の音に急げと言われているような気がして、考える事をすぐにやめた。キキの所に戻ろうと非常用バッグを二つ持った。

 一歩踏み出すと、防具を忘れていた事に気付いた。とりあえず入り口にバッグを二つ置いて簡単に使えそうな物を探し始めた……


 適当に探して、腕にベルトを回して固定する丸い盾を選んだ。裏面を見ると握る部分が付いていて、裏の中心に保護と維持の文字が刻まれていた。文字は気になるけど、考えるのも悩むのも後だ。そう思って行動を続けた。

 腕にベルトを回して丸い盾を取り付けた後、取っ手を握って握り心地を確かめた。握ると手首から肘まで丁度隠れる位で、他の物を握るにも邪魔にならないのでいい感じだ。なんとなくいいと感じただけで、何がいいかは詳しく聞かれても多分答えられない。


 盾を装着した後、指先が出る皮製のグローブを選んだ。硬めで金属の細い糸で補強された黒い色の物だ。

 盾を選び終わった後、二つの非常用バッグを持って、キキの所へと走り出した……



 遠目からキキを見ると、キキが操作盤と言っていた機械のような物を弄っていた。すぐに駆け寄って近くに非常用バッグを置いて、たずねた。

「ただいま! 何かわかった? 何とかなりそう?」

「おかえりなさい。やっぱりゴブリンの集団がいた……」

 キキはなんだかすでに諦めているような、疲れたような表情で答えてくれた。

 聞いた事のある言葉を少し考える。

 ゴブリンは、童話や伝承に出てくる妖精のような存在だったはずで、ゲームとか物語に出てくる雑魚モンスターの事でもあるはずだ。そう考えて気楽に口を開いた。


「ゴブリンってゴブリンだよね?」

「そう。シャーマン位なら何とでもなった。でも、集団を統率するゴブリンロードがやっぱりいる。戦っても勝てない」

 そう言って、キキは悲しそうな表情で首をフルフルと振った。


「ゴブリンロードね、ちょっと待ってね……」

 キキの言葉と表情に違和感を感じて、少し考えるためにそう言った。

 ゲーム中での出来事のように考える。


 戦っても勝てない? ゴブリンロードって言っても、所詮ゴブリンじゃないのか?

 パンチ一発とか、剣で一撃とか、軽々ではないと思うけど、普通に戦えば勝てる。そう気楽に考えて、口を開いた。


「大丈夫だよ。僕が何とかするさ」

「リスタには絶対に無理!」

 キキが急に怒鳴った。顔が赤くて怒っているように見えた。

 気楽に言ったのがまずかったか、言葉に怒ったのかわからなかった。キキは襲撃されてそわそわしていたし、気が焦っていたのかもしれないと考えて、聞いてみた。


「無理って……キキは焦ってないかい? 怒鳴らないで落ち着こうよ」

「焦ってなんかいない! リスタはわかってない!」

 言葉使いが全然違うし、声に今までにない張りがある。やはり怒っていると感じた。


「何をわかっていないんだよ」

 元から状況が全然わかっていないから、少し見逃して欲しいと思う。

「リスタは生き物を殺せるの……」

 キキが目を細めて、見下すように僕を見詰めた。声も冷たく感じる。

 ゾクゾクッとして背筋に冷たい物が流れた気がして、一歩後ろに下がってしまった。すぐに返事が出来なかったけど、キキに恐怖したせいではない……と思いたかった。


「聞こえてるの」

「生き残るためなら……戦いでも何でもできるよ」

 再度キキの冷たい声が聞こえて、冷や汗が流れた。上手い言葉が思いつかなかった。


「本当? リスタは戦闘訓練を受けた? それとも魔法の訓練を受けた?」

「それは……」

 キキの問質す声に恐怖したわけでは無いと思いたかった。だけど、口を開いても言葉が出なかった。そのせいで、僕がキキに怯えていると自分で半ば確信できてしまった。


「リスタは生き物を殺した事がある? 生き延びるために他の生き物を殺せる?」

 キキが僕を冷たく見詰めながら声を出した。

「ごめん。わからない……」

 キキに適当に答えることは簡単だった。でも、実際にその場面になって出来ませんでしたじゃ済まない事なので、謝って言葉を濁す事しか出来なかった。


 自分のために他の生き物を殺す。当たり前の事だけど、そんな事をしなくても良かったために、考えた事がなかった。

 もしかしたら、敵対するゴブリンでも殺す事に悩むかもしれないと思った。そう考えると、確かに生き延びることだけでも難しいかもしれないと感じた。


「うん。わかってる」

 キキが目を閉じて頷いた。


「キキは僕と一緒に逃げてくれるんだよね? それならその目で僕が戦えるかどうか確認して欲しい」

 少し不安になって、すがるようにそう言った。


「出来ればそうしたい。でも、一緒に逃げるのはもう無理」

 キキが首を数度横に振って否定を強調していた。


「何で無理なんだよ……」

 少し強い、荒い口調で問い返した。キキは弱くて情けない僕と一緒に逃げたくない。そう考えてしまい口調がつい荒くなってしまった。


「どうしたの?」

 キキは僕の言葉に目を開いて首を傾げていた。


「僕に呆れたから無理なんだろ?」

 意味が伝わらなかったようなので、今度はやさぐれたような口調で言った。


「違う。これを見たらわかる」

 キキが悲しそうな表情で、操作盤の画面を指差した。


「あっ、ごめん。教えてくれる?」

 キキの表情を見てハッとした。僕が悪い方向に考えていただけだとわかったので、すぐに謝って聞いた。

 キキの指差す先を見ると、なんだか色々な文字が書かれているようだったけど、僕には難解でわからなかった。操作盤は本当にパソコンに似ている。


「うん。わかった……」

 僕の言葉を聞いて、キキが操作盤を弄り始めた。なんとなく暇になってしまった……


「僕は今までの丁寧な言葉使いより、今の言葉使いのほうが好きだな」

「せっかく練習していたのに……」

 どうでも良い事を言ったら、キキにジトッと睨まれた。キキは僕を睨みながらも操作盤を弄る指を止めていなかった……


 操作盤の画面にドーム型の建造物らしき物が浮かび上がった。どうやら、建物の見取り図のようだと思ったけど、まったく意味がわからない。重要な事がわからないってどうなんだろう。悩んだけど、どうしようもないのでただ見ていた……

「説明する」

「うん。お願いするね」

 キキは操作盤の画面上にある経路や、人の塊のような物を指差しながら話を始めた。


「搬入口を兼ねた入り口には、既に数百のゴブリンとゴブリンロードが陣取っています。

 建物の内部にも、複数の斥候が放たれていますが、斥候は問題ではありません。

 建物は正面の出入り口からしか、出入りできないようになっています。斥候程度の人数なら私が倒せますが、入り口の集団は私には倒しきれません。

 以上の事からリスタと私が一緒に逃げても逃げ切れません」


 キキの説明を聞きながら考える。

 数百って数は、戦争だと大した事のない様に感じるけど、一度に動員されていると考えると結構多い数だと思った。

 ゴブリンの数にはビックリだけど、相手は所詮ゴブリンだ。この建物にも百人くらい人がいるとキキが言っていたし、同程度の数の人がいれば戦いになるはずだ。


 斥候が問題にならないなら、とりあえず待ち構えて斥候だけ減らせばいいんだろうし。出入り口だけって言っても、実際は他に非常口位作ってあるはずだ。

 戦うのは怖いけど、全然無理じゃない気がする。むしろ余裕だと考えて口を開いた。


「その位だったら余裕だよ」

「リスタは数百のゴブリンと、ゴブリンロードと戦って勝てるの?」

 キキは目を見開いて僕に質問した。口調もなんだか驚いているようだった。


「それはやってみないとわかんないよ」

 僕にはキキが驚く原因がわからなかったので、そのまま考えている事を言った。


「あ……うん……違う……同じ……そう?」

 僕の言葉を聞いて、キキが僕をジッと見詰めながら小さく呟いていた。

 違うの意味がわからなかったけど、キキが考え込んでいるように見えたので、しばらくの間は僕も黙っていた……


「なぁ。ここの施設にも百人近く人がいて、その人達も戦力になるんだろ?」

 黙っていてもキキの考えが終わらなさそうだったので、考えていた事をたずねた。

「ふぅ……」

 キキが深く息を吐いた。体から力が抜けてしまってだらりとしたように見えた。悪い予感がして、心臓がドキドキしてきた。


「どうしたの?」

 僕がそう言うと、キキが僕の胸に手を伸ばしてその手の上に頭を乗せた。

「リスタはここの事も、自分の事も良くわかっていない」


「ああ……そうだね」

 キキの優しい声が胸元から聞こえてきて、いい返事が思いつかなかった。

 僕は根拠もない憶測で物を言って、キキを困らせているだけなのかもしれない。


「大丈夫。私が残って食い止めるから心配しないで。リスタは私が逃がしてあげる」

 怖がっているのを慰めるようなとても優しい声だ。強がっているつもりはなかったが、僕はそんなに不安な顔をしていたか、不安な声を出していたのか悩んだ。

「一緒に逃げれるんだよね?」


「だから、それはもう無理……」

 僕が期待を込めて言うと、キキから、わがままな子供に言い聞かせるような口調で言葉が返ってきた。


「なんで無理なの?」

 わがままを言っているつもりはない。理由が聞きたいだけだ。僕の言葉が足りないせいだと思ったが、上手く言葉が思いつかない。


「私が出られる場所は、正面の木の出入り口の一箇所だけ。そこ以外から私は出られない」

 胸元からキキの寂しそうな声が聞こえた。

 声に変化があったので、重要な事だと思って、キキの言葉を良く考えてから口を開いた。


「もしかして、キキだけはそこの木からしか出られないって事かな?」

「うん」

 キキが肯定の返事をくれたので、そのまま続けて質問する事にした。


「どうして出られないんだ?」

「言えない」

 キキは僕の胸から顔を上げた。

 キキの顔がなんだか辛そうな、泣き出しそうな表情だ。これ以上この事を聞いたらまずいような気がして、他に考えた案を聞こうとした。


「言えない事は言わなくていい。似たような質問だけど、非常口があっても、そこからは出られないって事でいいかな?」

「うん」

 僕が質問すると、キキから短い返事が聞こえた。

 キキの返事で普通に逃げるのは駄目だとわかった。他に逃げる方法は無いか、通気用のダクトや天井はどうかと上を向いて考えていると、キキが僕の頬を両手で挟んだ。


「リスタは私に構わないで逃げて」

 僕が挟まれた頬を不思議に思って下を向くと、キキが真剣な顔で言った。

 キキが僕の事を心配してそう言ってくれたのは鈍い僕にでもわかった。そんなキキを放って逃げれば、後で良心がとがめて後悔するだろう。


 まだ逃げれないと決まったわけじゃない。

 二人でここから脱出するために必要な事を考えれば、単純に入り口を正面突破するだけだ。ゴブリンが数百匹いるのは辛いかもしれないけど、諦めなければ多分何とかなる。

 僕はハッキリと気持ちを伝えるために、キキの両肩に手を乗せて、真剣な表情を作って目を見詰めて、口を開いた。


「出会ったばかりだけど、キキを置いて一人で逃げるつもりは無いよ。僕も戦うから一緒に頑張ろう」

 そう言った後も、ジッと黙ってキキの目を見詰めていた。

 キキもしばらくの間、僕の目を見詰め返してくれていた。


「ありがとう」

 そう言ってキキが目をそらした。

 僕は実のところ臭い台詞を言ったと思ってかなり恥ずかしい。キキも恥ずかしかったのか、照れ臭かったから目をそらしたのだと思った。


「どういたしまして。これからすぐに移動する?」

 照れ隠しの為に話題転換をしてみようと思って、キキの肩から手を離しながら言った。


「本当は、転移魔法メビウスゼロを使えばいつでも逃げる事は出来た。驚かしてごめんなさい」

 キキはまだ恥ずかしがっているのか、僕の方に顔を向けないで言った。


転移魔法メビウスゼロか。安全に逃げれる方法があったんだ。ビックリさせないでよ……」

 キキから転移魔法という言葉が出てきたので、ホッとした。

 転移魔法はゲームや漫画に良く出る、移動する魔法やワープと一緒的な魔法だろうと考えた。ここは建物の中だけど壁や天井や床の中はないと思いたい。


「私は転移魔法メビウスゼロの用意をする。用意が出来るまでリスタは私を手伝って欲しい」

「わかった。僕は何をすればいい?」

 キキから声が聞こえたけど、まだ恥ずかしいのか僕に顔を合わさない。僕もあまり恥ずかしい事を抉られたいとは思わないので、そのまま返事した。


「……ゴブリンがここの部屋に入ってこれないようにしたい。だから、扉の前に物を置いて、バリケードを作って欲しい」

「そっか。じゃあ早速、物置き場から扉を塞ぐ物を持ってくる!」

 キキの言葉を聞いて、少し考えて、それなら頑張れそうだと気合を入れて声を出した。気合を入れたのは、この部屋で篭城して、転移魔法メビウスゼロが用意できるまで持ちこたえれば、僕とキキは無事に全てから逃げられるって事を理解したからだ。


「お願い」

「わかった。後で!」

 バリケードを作った後に余裕が出来てからゆっくりキキと話そう。そう考えて僕は物置き場へと振り返った。


「……リスタ」

 物置き場へと走り出そうとしたら、キキに呼ばれた。

「ん? なんだい?」

 顔だけキキの方へ振り向けた返事した。


「私、一度でいいから外をみたい」

「ああ。一緒に頑張ろう!」

 キキの言葉がどんな意味かよくわからなかった。後で聞こうと思って、その言葉を覚えておく事にして相槌を返した。


「ふふふ……」

 キキは口に手を当てて笑った後、また操作盤を弄り始めた。僕はキキが笑って嬉しくなったので、早くバリケードの用意をしようと急いで物置き場に向かった。

 何か大事なことを忘れている気がしたけど、気のせいだろうと思って急いだ……


 物置き場から一度大きい物を動かして、部屋に出した。その後、扉の前にクローゼットやタンスっぽい物、他にも色々動かした……

 途中途中でキキを見ると、バリケードにする物を観察しているような感じだった。


 キキはしばらくこちらを見ていたみたいだったけど、残念や悲しいといった表情をした後、こちらを見なくなった。

 キキの視線の意味を考えてみたが、残念や悲しいといった感じの理由が良くわからなくて、そのまま作業を続けた……


「……ふぅ……はぁ……ふぅ……ぬぅおぁ……ふぅ。もうすこしだな」

 大きい物をまた一つ運び終わる所だったので、声に出してバリケードを見た。


「リスタ。こっちへ来て」

「なんで? まだバリケードは作り終わってないけど……」

 キキの声が聞こえたので、声の方向へ振り返ると、キキが下を向いたまま胸元にある水晶の前で両手を交差させていた。水晶が淡い光を発して輝いてるように見えた。


「今はそれはいいの。早く来て!」

「わかったよ」

 珍しい事にキキが大きい声を出したので、すぐに返事をして、持っている物をその場においてキキの元へと駆け寄った。何かがあったのかなと感じた。


「私はリスタと話せただけで、楽しかった。名前も付けてあげられた。怖くない」

 僕が傍に寄ると、キキは下を向いたまま喋りだした。キキはずっと下を向いたままだったので、僕にはキキの表情がわからなかった。


「キキ? 急にどうしたの?」

 その言葉が何の事を示しているのかよくわからなくて聞き返した。


「もう少しだけお話がしたかったけど、もう、時間がないの」

「ん? 時間がない? バリケードなら今作っているけど?」

 キキの言葉を不思議に思って、質問をした。


「リスタ。後ろを向いて」

 キキからは質問の返事は来なくて、命令するような言葉が帰ってきただけだった。


「何で後ろを……」

「いいから向いて!」

 キキが少し不審に思えたので、聞き返そうとした。そうしたら、キキが下を向いたまま、また大きな声を出した。


「どうしたの?」

 キキが何か変だと思ってそう聞いたら、ドンドンと胸を叩かれた。

 キキが大きな声を出した理由がわからない。会話の前後に僕が変な事・変な話をした記憶もない。キキの表情が見えないので、怒っているのかどうかもわからない。理由がよくわからないけど、こんな時だしイライラしているのかなと思った。


「リスタ。聞いてるの」

「わかったよ」

 今度はキキが低い声を出したので、大人しく後ろを向く事にした。

 決して怖かったわけじゃない。


 その場で半回転して後ろを向く。後ろを向いた後、キキが僕のお腹に腕を回して抱きしめてくれた。とても優しくて、背中がとても柔らかい感じがした。


「私のわがまま聞いてくれて、ありがとう」

「わがままって、これ位で? もっと言っても構わないよ」

 キキの声に適当に返事をした。


「もう少しだけリスタと一緒にいたかった……」

「わがままってそれだけ? 別にずっと一緒にいてもいいよ?」

 キキの言葉の意味が良く理解出来なかったけど、別に嫌なわけでもなく、妹が出来たように感じられたのでそう答えた。


「ありがとう」

 言葉と共に、体が強く抱きしめられるのがわかった。

 部屋が明るくなってきているような気がする。


「もうそろそろいい?」

 キキに抱きつかれたままでいるのが気恥ずかしくなってきたので、そう言って、手をほどこうと思って顔を下に向けた。

 下を向くと僕のつま先から濃い影が伸びていたので、背後がかなり明るくなっている事に気付いた。


「もう少し」

 キキはそう言ったけど、僕はお腹の上のキキの手に手を添えた。手がガッチリと組まれていて、簡単にはほどけそうになかった。強引にほどくと、嫌がっているように思われそうだったので、手をほどくのは後に回して光の事を質問する事にした。


「キキ、後ろがなんだか明るいみたいだけどこの光は何?」

「その光は秘密」

「秘密って……」


 光が秘密? 秘密って事は隠しておきたい事だから……なんだろう?

 多分僕の知らない事だ。何かの魔法のような予感がしないでもない。


「ほんの少しの間だったけど、今ままでの中で一番楽しかった……」

「何でお別れっぽい言葉? 一緒に行けるんだろ?」

 胸騒ぎがして、キキの手をほどいてすぐに後ろへと振り返った。キキの胸元の水晶が、とても眩しい光を放っていた。光のせいでよく見えなかったけど、キキの目が赤かったような気がした。


「一緒に行きたい。でも、私は出られない」

「出られない? 転移魔法メビウスゼロで出られるんだろ?」

「……うん」

 強い光のせいで目の前が真っ白になって、何も見えなくなった。目が見えない事に不安を感じて、手探りでキキの居場所だけでも確かめておこうとした。


「ん? あっ、これは……ごめん」

 キキの方へと両手を伸ばすと両手がすぐに何かに触れた。キキに触れたと思ったので、安心して触れた場所をそのままつかんでしまった。

 つかんだ場所は、柔らかく変形したので何かまずい物を両手でつかんでしまった気がした。僕は何をやっているんだと思っていたら、何故かその手をキキに抱きしめられた。


「んっ……気にしなくていい。今ままでの中で一番楽しかったから、もういいの……」

「楽しかった? もういいってなにがもういいの?」

 水晶の放つ光りがまぶたの裏まで貫通して、とても眩しく感じたので強く目を閉じた。強く目を閉じたせいか、手にも力が入ってしまい、しまったと思った。


「つかまえようとしてくれてありがとう」

「なんでありがとう?」

 キキの手がいつのまにか僕の手を離れて、僕の胸に触れている事に気付いた。胸がなんだか苦しい。


「また生まれたら会いたい。さようなら。リスタ……」

「あれ? 何で……」

(もうさよなら?)と僕が口にする前に、キキの手が僕の胸を突き抜けたような感覚があった。僕の手は何も握っていない。周囲の雰囲気が急激に変わったような……


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