〇〇二 名前をくれた彼女
会話でグダグダです。
▼▽ 〇〇二 名前をくれた彼女 ▽▼
動かそうとしても反応が戻ってこなかった体に反応を感じる。
夢の中で行動していたような、おぼろげな感覚の中での出来事が終わったみたいだ。意識がハッキリとして、体の感覚が鋭くなっていくのを感じる。
体が幼児のように丸まって体育座りの様にどこかに座っている状態だと気付いた。体に少々だるさを感じるが、そのだるさが体のある事の証明に思えた。
少し動いてみようと思い、体を動かそうとすると水のようなサラサラしたものが体にまとわりつくのに気付いた。
しっかりと手足は動く。だったら目も開くはずだ……
「書き込み及び肉体再生成が完了しました。活性状態への移行を確認、羊水の破棄及び素体番号十三の開放を行います」
目を開こうとすると機械的な音声が聞こえてきた。その声に合わせて体の周りの水が緩やかに流れ出したのに気付いた。
どこかに下水溝のような場所があるのか、水が流れ込む音がする。座っている場所が揺れ、金属が擦れるような音と振動も伝わってくる。
目を閉じたまま、揺れや音が収まるのをジッと待った。
体が水の中から解放されたと感じると、急に上からなにかが降ってきた。降ってきたなにかが水だと、いや、暖かいお湯だとすぐに気付いた。
お湯はシャワーのように体全身に降りそそぎ、体にまとわりついた羊水を綺麗に洗い流してくれている。揺れは止まらない。
目を閉じた状態のまま顔を上に向けると、シャワーが気持ちいいと感じた。顔を上に向けたまま、顔につく羊水も髪につく羊水もシャワーに綺麗に洗い流してもらっている。
しばらくシャワーを浴び続けていたら、体にまとわりついていた羊水も徐々に感じなくなっていった。そろそろまぶたを開いても大丈夫だろうと思い、まぶたを開けた。
まぶたを開くと、目に映る物の輪郭がぼやけていた。時間が立つと徐々に目に映る物の輪郭がはっきりとしてくるのがわかった。
目が完全に見えるようになってから、地面の揺れで転ばないようにゆっくり立ち上がった。正面に意識を集中すると、正面はガラスに塞がれているのがわかる。
首を動かして周囲を見回すと、周りもガラスに囲まれている事がわかった。周囲は丸い円柱状のカプセルのようになっていて、ガラスが光を弱く反射している。
閉じ込められていたのか? やはり夢の中の出来事ではなかったのか?
疑問を感じながら正面のガラスに近づいて、良くガラスを確認してみる。ガラスには文字のような物が大量に掘り込まれていた。
文字はそれぞれ淡く点滅しているが、文字の意味がなんなのか良くわからない。英語に近いけどゲームで見た事のあるルーン文字に近いと思った。
ガラスには何かが写っていて、人の顔に見えた。もしかしなくても僕の顔だろう。だけど、まったく見覚えのない顔だ。
首までの短めの黒い髪に、黒い目で綺麗に整った形をしている。
下を向いて体を見回す。無駄な贅肉は無かったけど、筋肉もあまり無かった。凹凸があまり見当たらない体で、貧弱そうだと感じた。
下半身を注視すると足の間になにか見えて、なにも履いていない。つまり……裸だ。
振動が収まり、周囲から聞こえていた金属が擦れるような音が止まった。
「おはようございます」
後ろから、声が聞こえてきて驚いた。風鈴を叩いたような高くて綺麗な声だと思った。
「誰だ?」
そう言いながら後ろへ振り向くと、人がいた。正確には少女がいた。
少女を上から下まで眺めると、全てがバランスよく設計された人形のような少女だと思った。感情が乏しそうな顔だけど青い目が綺麗で、腰まである長い銀色の直髪が、少女の動きに合わせて水が流れるようにサラサラと動く。
胸は程よくあって、ボディラインもとてもメリハリがあって美しい。だけど、整いすぎなのが逆に不自然で、僕に人形を連想させた。
体に白い研究服のような物を羽織っていて、前が大きく開いている。白い研究服の長さは、足は脛程度まで腕は手首まである。
研究服の下に見える体は、体のラインを強調する薄い青いボディースーツで覆われている。首から下全てをボディースーツが覆っているように見えた。
胸元には、丸くとても大きい水晶を中心につけた銀色の金属で作られた装飾品がある。その水晶は直径十センチ程で、水晶がとても綺麗に光を反射している。
首に、首飾りにしては変な、薄い首輪のような装飾品が見えた。
靴は頑丈そうな濃い青のブーツでヒールが無い。身長は百五十センチ位だと思った。
「身体の調子は良好でしょうか?」
少女があまり表情を動かさずに話し掛けて来た。
この声は暗闇の中でのキキの声と同じだと思った。名前に確信は持てなかったので、適当に返事をして反応を引き出そうと考えて、口を開いた。
「調子は普通だけど……」
「おはようございます。素体番号十三」
挨拶が聞こえたので僕に悪感情は持ってはいないと考えた。失礼かもしれないと思ったけど、名前をたずねるために口を開く。
「おはよう。きみは誰? 名前は?」
「ありがとうございます。私の名前はキキです。どうぞキキとお呼び下さい」
少女から返事が聞こえた。
暗闇の中のキキと同じ存在だと確信して、暗闇の中でキキに言われた事を思い出した。
あまりよい感情が持てなかったけど、普通に話そうとした。
「キキさん。か、ここでは始めまして」
「え? キキで良いです。これが始めまして、ですよね?」
キキは意味がわからなかったように首を傾げている。
わからない振りをしても、僕はキキがした事を忘れていない。暗闇の中は夢のような感じがしたけど、ハッキリと覚えている事から多分全部が夢ではない。
例え夢の中での事だとしても許せなかった。
「ここではね。あの暗い夢の中では、意味の無い説明をどうも有り難うございました」
いやみったらしく、その言葉を告げてあげると、キキが目を見開いた。
「説明、ですか? ……まさか、あの中で?」
キキは言葉につまって、一度口に手を当てた。その後、反対側に首を傾げた。
「そうだよ」
言葉を放って、ガンをつけるように睨んだ。
キキは首を傾げたまま「まさか、そんなはず無い」と声を出さずに口を動かした。
キキの困っているような様子を見て、少し気分が良くなった。
だけど、今は意趣返しをする事よりも、現状を聞くために友好的に接したほうが良かったのではないかとすぐに気付いた。
「ごめん」
悪印象を与えてはまずいと思って、すぐに謝った。
キキがフルフルと首を振って口を開いた。
「現在の状況確認と、知識や情報についての質問はありますか?」
僕の謝罪を受け取ってくれたようで、キキに怒っているような素振りは見えなかった。
色々質問したい事があった。でも、考えると余計な事までぐるぐると頭の中を駆け巡ったので、結局当たり障りのなさそうな所をたずねる事にした。
「……えーと、ここはどこ? 素体番号十三って何かな?」
「ここは魔物が住まう地、降魔。その一部にあたる不帰の森です。森の端に位置する大木をくり抜き、木の地下に作られた研究施設がここです。また人と亜人の国・理想共和国、人の国・アイリア教国、人の国・バレッタ王国。その三国の緩衝地帯にもあたります」
感情の感じられない説明的な口調で、キキが一気に喋った。
「はっ? 何だって? それ、なんの冗談?」
わけのわからない単語に驚いて、変な声で返事をしてしまった。
そんな地名や国名は記憶に無い。地球にそんな名称の場所があったかどうか……
降魔や色々な名前について悩み始めた瞬間、録画したものを再生するように、頭の中で思い出を思い出すかのように知らない記憶が流れ始めた――
――降魔とは魔物が非常に多く、魔物の生息地域が広範囲に渡るため、基本的には人が手出しのできない土地である。
理想共和国とは、人が決めた亜人といわれる人以外の種族の協力によりできた都市集合国家である。
アイリア教国とは、アイリア以外の神を認めず、僧職に就くものが非常に強い権勢を誇る国である。
バレッタ王国とは王権貴族連合国家であり、近年は貴族が非常に強い力を持つようになった国である。
他にも様々な地名や国名や周辺情報等、意味不明な事が頭に浮かんでは消えて行った。
地球はどうした? 僕はおかしくなったのか? こんなの僕は知らない。頭の中ががぐちゃぐちゃになって、まともにも考えられない――
「――地図やその他の周辺情報に関しては、書き込み済みのはずですが……」
キキが僕を見て表情を歪ませている。不安のようで心配しているといった顔だ。困惑しているのが表情に出てしまったのかもしれないと思った。
キキも不安なのかも知れないけど、僕も自分の頭が心配でたまらなくて口を開いた。
「書き込みって、僕になにをしたんだ?」
「脳に直接情報を転写・書き込みが実行されたはずです。何か問題が起こりましたか?」
キキからまた説明するような口調の声が聞こえた。
キキの言葉の意味を考えた……考えたくは無いけど、僕の脳を弄ったという結論にすぐ達した。怖くて聞きたくない気もする。だけど、聞かないと前へ進めないはず。逆に進めなくなったりするかもしれない。迷いながらキキに聞いた。
「それって……僕の脳を弄繰り回したって事だよね?」
「何をしたのか詳しい事は私にもわかりません。ですが、私も書き込みを行われていますので、大丈夫だと思います」
キキは平然とした同じ口調で僕に言った。
「キキも書き込みされたから大丈夫って……」
キキの言葉を聞いて返事に詰まった。キキの言葉を考えても大丈夫だとは思えなかったからだ。
でも、キキも書き込まれた側の存在だって事は、キキも僕と同じ弄繰り回された側って事だ。同じ被害者なら、これ以上聞いても何をしたかはわからないんだろう。わかっても僕には無駄なのかもしれないけど。
ここが情報を秘匿されている知らない場所と考えた。脱出する事や、現状を打破する事が厳しい予感がする。
「地図やその他の周辺情報を、思い出す又は確認できますか?」
「ああ、ちょっと待って……」
キキの声が聞こえて、キキの言葉を考えながら言った。
深く考えずに、先程キキに言われた降魔という言葉について考えてみた。すると、不思議と色々な事が思い浮かんできた――
――降魔とは、北に氷竜が南に火竜が住まう竜玉山脈を中心にし、不死者達の領域である首無しの湿地、広大で様々な魔物が住まう不帰の森、悪魔や魔族がいるとされる静謐の盆地、他にも様々な観光スポットがあります。
観光スポットって何だよ。観光できるような所なの? 翻訳間違ってるんじゃないの?
自分の記憶に、自分で突っ込める事を少し怖いと思った。
キキの話から総合して良く考えると、これは僕の記憶じゃなくて誰かが作った記憶なはずだ。間違いがあるのは人間だからしょうがないのかもしれない。
また記憶が流れる。
魔物とは、同種族以外に非常に敵対的な行動をとり、基本的には魔物同士でも争いあう種族です。人に対して敵対行動をとる亜人等に対して魔物と呼称する場合もあります。
人や亜人が魔物に変化すると人外と呼ばれます。知性を保ったまま人外化すると非常に強力な存在に生まれ変わり、魔公となる可能性もあります。
関連した情報が次々と脳裏に流れて、僕の頭にも電波が来てしまったなと思った。
書き込みがあれば、勉強しなくても良くなる。それ以外にも役に立ちそうだし、案外良い事なのかも知れない。でも、勝手に頭を弄られた事に納得は出来なかった。
書き込みに関しては、後でじっくり考えたほうがいいか。
そう思って他の疑問を考え始めた。
とりとめもなく大量の情報が頭に、脳に流れてくる。
「……頭は……ですか……」
情報が頭の中を錯綜する中、キキの声が聞こえた――
「――頭は大丈夫ですか?」
もう一度キキの声が聞こえて、考えが中断された。
キキの言葉に、僕は頭がおかしい人だと言われたような気がした。目の前で考え事をしていたのが悪かったのか、放置していたのが悪かったのか。僕はそんな事を言われる程気に触る事をしたとは思えない。
「大丈夫に見えるかな? 考え事をしているので少し静かにしてくれるか?」
少し腹が立ったので、イライラを隠さずにそう言った。機嫌を悪くするような言葉を吐く必要は無かったと、言ってから後悔した。
「大丈夫のようですね。考え事が済み次第、素体番号十三についての説明を致します」
「ありがとう。考え事が終わったら頼むね……」
キキは僕の言葉を気にする様子をなく返事してくれたので、ホッとしてそう言った。
考え事を再開しようと思い直した時、ふと気付いてしまった。
考え事を再開するっていっても何を考えるんだ?
適当にどうでもいい事を考えていただけだ。考えようと思えば、考えようと思うほど何も浮かばない。頭の中が次第に真っ白になっていくのがわかる。
何を考えたらいいのか、何をまとめたらいいのか……ふと、考える事を考えている事に気付いてしまった。
馬鹿な事を考えたと思って、少し恥ずかしい。
照れながらキキに目線を合わせる。キキが僕を可哀相な物でも見るかのように見詰めていた。ゾクゾクとはしなかったので、僕は大丈夫だ。
「……頭は大丈夫ですか?」
キキの言葉に、なんだか良くわからないけど僕はとても暴れたい気持ちになった。
少し落ち着こう!
そう考えて目を閉じた。冷静に、冷静に返事をしようと心がけた。
「もう少し考えさせて! あと、頼むから話しかけないでくれる!」
「了解しました。素体番号十三には、話しかけないように致します」
僕の思わず強くなってしまった言葉に、少し落ち込んだような小さい返事が聞こえた。
「ごめん。少しだけ待ってね……」
キキが少しだけ可哀想だと感じて、ゆっくりと言った。続けて話をしていたら酷い言葉を掛けていたかもしれない。
少し心を落ち着かせてからゆっくり話をしよう。そう考えたのは僕の間違いだった。キキを受動的な人間だと思って侮っていた。
キキは機械のような説明口調で一気に喋り始めた。
「これは独り言です。素体番号十三について。素体番号十三の作成目的及び作成目標は、完全な人を作り出す事です。
完全な人とは何なのか? 完成された人とは何なのか? その考察の元、完全な人は一人で完結している必要がある。普通の人とは男と女である。つまり女性でありながら男性であり、男性でありながら女性である必要がある。
その解釈の元、性別の壁を乗り越えるためには、完全な両性具有である必要があり、両性具有を実現するためには、男女の生体が最低人二人分以上必要である。という結論にたどり着きました……かくかくしかじかで……」
僕は、キキのあまりの早口に口を挟む事すら出来なかった。キキの話はまだまだ続き、長かったのでまとめる事にする。
僕は両性具有であり、研究が失敗続きで、研究が凍結されてしまった存在で、発生する予定のない人だったそうだ。
確認しても両性ではなかったし、予定のない人と言われると腹が立った。
生体機能〈ヒト〉を二人分以上込めたので、普通の人より、はるかに優れた力を持つ可能性があって、思考速度も普通の人よりはるかに優れる可能性があると言われた。
可能性って当てにならないし、思考速度が上がっても元が良く無かったら駄目だよね。つまり、僕が成長しなけれ無駄って事だ。この研究は役に立つか疑問だった。
記憶容量に関しても非常に優れる可能性があるので、脳の空いている部分に書き込みを行なわれたそうだ。
人の体を勝手に弄るなよ、と言いたい。だけど、生まれたからには弄った人に感謝した方がいいのだろうか?
キキも、僕と似たような目的で作られた『素体番号〇』と言われる探知支援特化型という存在らしい。
こんな少女に戦闘させようなんて、どんな考え方で少女に戦闘させる考えに至ったんだろう。ムキムキおっさんに戦闘させた方が絶対戦力になる。
キキが同じような目的で作られたと聞いてから、悪いかなと思ったけど、キキに少しだけ親近感を覚えた。今まで僕にした事を、少し多めにみてあげようと思った。
「……今後も私がお手伝い致します」
「ありがとう」
長い説明が終わりキキが頭を下げたので、僕もキキに合わせて頭を下げた。
「もう少し聞きたい事があるからお願いするよ」
「うん。まだ何かある?」
キキが首を傾げて、子供っぽい口調で言った。キキの口調が違うので少し違和感があったが、今の口調の方が自然のような感じがした。
「あるんだけど色々ありすぎてね……」
これからどうしようかと思いながら言った。
地球かどうなのかすでに怪しいけど、世界の事を聞いてみようか? それとも魔法って本当にあるか聞いてみようかな?
よし。魔法の事を質問しようと――
――記憶が流れる。魔法とは魔力による世界の書き換えであり、用途により様々な効果をもたらす。
おい、お前に聞いて無いぞ!
火を生むには魔力に変化を与え熱にすればよい、温度をさらに上昇させるには収束しなくてはならない、熱の逆も然り。
水を……風を……大地を……光を……闇を……時空間を……
もっと一般人向けに説明して欲しい。まったく意味がわからなかった。
又通常魔法とは別に分類されるが、刻印魔法による結界魔法と魔法道具生成、補助魔法による強化魔法と弱化魔法や精神魔法と治癒促進魔法、神聖魔法の奇跡による治療魔法と代替魔法・代償魔法、他に特殊魔法と呼ばれる魔法、さらに一子相伝の魔法もある。
一子相伝か。北の暗殺拳のような物がある世界なのかな。
他にも色々魔法の知識らしい物が流れた――
――簡単な魔法の使い方を教えてもらおうと思ったんだけど、これじゃ全然意味がわからない。この記憶、あんまり役に立たない可能性がある……
「……頭は大丈夫ですか?」
僕を憐れむようなキキの言葉が聞こえた。
僕が考え事をしているとその言葉を言いたくなるのか、それとも、それは口癖なのか?
腹が立つけど、僕は大人なので気にしない。気にしたら負けだ。今はそんな事よりも魔法だ。そう思って口を開いた。
「キキ、簡単に魔法の事教えてくれない?」
僕が尋ねると、簡単でもなんでもない、キキによる魔法の説明が始まった……
「はい。魔法を扱うには、まず魔力を感じる必要があります。魔力を感じる事ができない場合、魔法を扱える人に魔法を当ててもらう事によって、魔力を感じる事が出来ます。
魔法を行使するためには、魔力によって世界の書き換えを行う必要があります。詠唱や魔方陣や魔法媒体など魔力回路を通して、魔力を使用する事によって、超自然現象・魔法を発現させます。
生身による魔法の使用も可能ですが、体内に魔力回路を作成する必要があります。世界の書き換えという現象を、体内の魔力回路で行う事になるので激痛や魔力酔い、魔力暴走や意識の混濁などが伴われるためお勧めはいたしません。
しかし、体内に魔力回路を作成した場合、魔力を余す事なく使えるので、効率的かつ正確に扱う事ができるようになり、非常に強力な魔法を使用できる可能性もあります。
ですが、体内の魔力回路を使用した場合、身体に異常を引きこす可能性高いです。作成した魔力回路が身体に馴染まないまま使い続ければ、良くて廃人、悪くて死亡します」
想像や幻想を現実のものにする。みたいな、簡単なものを予想していた。考えが甘かったみたいだ。全然良くわからなかったし、多分もう一度聞いてもわからないと思う。
最初の魔力って所だけはわかったから、魔力を感じればわかるようになるのかもしれない。先に魔力を当ててもらおうと思った。
「魔法について良くわかったよ。ありがとう」
「うん。どう致しまして」
お礼をすると、キキが柔らかい返事をしてくれた。説明口調よりも自然な感じのこちらの口調の方が好きだなと思った。
「魔力を感じてみたいし、魔法も使ってみたいんだけど、お願いできる?」
「魔法の行使ですか? 魔法実験場であれば自由に魔法を使えます。それ以外の施設での魔法の行使は、非常事態以外禁止になっています」
お願いしたけど、返ってきたのは普通の説明口調だった。言葉の意味が通じていないような気がして、もう一度口を開いた。
「いや、場所とかじゃなくて、キキに直接教えてもらいたいんだよ。駄目かな?」
図々しいと思ったけどそう言った。教えてもらえるなら少しでも知っている人の方が気兼ねなく質問できる。それにキキは可愛い事は可愛いし。
「私に……」
キキが下を向いて顎に手を当てた。自分で決めて良いかどうか決めあぐねているように感じて、そのまま言葉を待つ事にした。
「……うん。承諾しました。素体番号十三、すぐに行く?」
機械的な説明口調と子供っぽい口調が混じって違和感があった。そんな事よりも、呼ばれ方が素体番号十三のままだいう事に気付いた。
そのままの呼び名はちょっと、いや、かなり嫌だと思った。名前が思い出せないから、何か適当に付けようか、それともキキに付けてもらおうか考えた。
「ずっと素体番号十三じゃ呼び辛いと思うんだけど……」
「うん」
僕がキキにたずねると、キキはすぐに頷いた。
「だからキキ、僕の名前を考えてくれないかな?」
キキも肯定してくれたし、自分で考えても味気ないと思ったから、そう言った。
「名前を……私に?」
キキが不思議そうに自分を指差して言った。
「誰かに付けてもらった方が名前に愛着がわくし、キキと仲良くなりたいからね」
「仲良く……? あ、あっ。少し考えたい。時間をもらっていい?」
僕の言葉にキキは首を傾げた。キキの口調から硬い感じが抜けた。キキは言い終わった後、胸元の水晶に両手をあてて、ゆっくりと目を閉じた。表情にも硬さを感じられなくなって、なんだか嬉しそうな感じがする。
「うん、時間は気にしなくていいよ……」
そう言って、さてと、どうしようかと下を向いた。すっかり忘れていたけど、下を見て気付いた事がある。今、僕は生まれたままの姿だ。これをキキに見られるわけにはいかない。服を探しに行かないといけないけど、どこにあるかわからない。
「ゆっくり僕の名前考えてくれると嬉しいな!」
落ち着かなくても、服がどこにあるかわからなくても、迷ってる暇は無い。歩き出すなら、キキが目を閉じている今この時しかない!
一歩踏み出すとパチャンと足元から水の跳ねた音がした。その音に体がこわばって足が止まってしまった。水の音に気付いたのか、キキは目を開いて僕を見詰めた。上から下まジッと眺められて、とある一点で止まった後、キキは口元に手をあてた。
良くわからないけど、恥ずかしがって隠したら負けだと思った。
「魔法媒体は、魔法実験場に到着しだい私が数種類用意致しますが、服……」
キキが一度言葉を切って、僕から視線をそらした。キキの口調がまた硬くなっていた。
「……や戦闘用の装備はそのままでよろしいですか?」
キキが視線をとある一点に戻して言葉を続けた。
「あんまりよろしくない……」
ちょっと、やっぱり恥ずかしいので、とある一点を隠したい。だけど、キキがジッと見詰めているので、動くに動けない。僕は冷静にどうすればいいかを考え始めた――
――手で隠せ、足を振り上げて隠せ、しゃがんで隠せ……
いったん振り返れ、腰だけ半回転だ……
いっそそのままダンスを踊れ……
足と足の間に挟め――
――何故かわからないけど、大量の考えが思い浮かんできた。僕は迷わずに、その中の一つを選んで実行した。
体を動かさずに、腰に力をいれずに、焦点を合わせない目でキキを見詰めて口を開く。
「ちょっと、そこはジロジロ見ないで欲しいかな」
「あ……うん」
キキはそう答えて、両手で顔を隠し始めた。指を並べて目を隠したつもりのようだけど、指の隙間から目が見えている……
「普通の服だけでいいよ」
キキの事に関しては恥ずかしいけど諦めて質問した。
「服は右手の奥にある物置き場に置いてあります。そこにある物は全てあなたの物なので、戦闘用の物も自由に使って構いません」
キキは振り返って扉のある場所を指し示してくれた。その後は、僕を見るのに飽きたのかまた水晶に両手を当てて、目を閉じていた。
キキは名前を真面目に考えてくれているみたいだ。
「じゃあ、服着てくるから待ってて」
そう言って、キキが教えてくれた場所に向かって歩き始めた。
図々しいし、邪魔するのも悪いから言わなかったけど、どうせなら服を持ってきておいて欲しかった。タオルだけでも置いておいて欲しかった。
「はい」
キキは額に眉を寄せたり目を、開けたり閉じたり、水晶をギュッと握ったり、足の位置を変えたり微妙に体を動かしているのが見えた。
僕は歩きながら部屋を見回して、どんな所なのか確認した。
部屋の広さは十メートル四方程度で高さは三メートルほどだ。壁は無地でくすんだ灰色をしていて、天井を見上げると蛍光灯のような明るい光が見えた。絨毯のような物は床に敷かれていなくて、壁と床は同じ材質だと思う。
部屋の隅々には所々ほこりが積もっているみたいだ。掃除してないなと思った。
部屋にある物は、中心にある僕の生まれた機械性のカプセルのような物。カプセルの隣でキキのすぐ傍にある機械・パソコンのような物だけだ。他には何も見当たらない……
物置き場に着いて中を眺めた。中は意外と広い。ほこりは積もっているようだけど、整理されている。様々な備品と思える物と、良くわからない物がたくさん置いてある。薄暗くて何かが出てきそうな、気はしない。
物置き場の中を歩き始める……
クローゼットのような物とタンスのような物が見つかったので、クローゼットを開いて中を確かめた。中には服がたくさん掛かっていたので、服はどんな感じなのか、触り心地はどうかと確かめていた。どの服を触ってみても硬い感じがする。
明らかに普通の服じゃないなと思った。よく探ってみると糸みたいな金属を編みこんでいる部分が過多にある。金属で直接補強している服もあった。
僕はこんな服いらないんだけどな、という訳にもいかないし悩んだ。でも、クローゼットの服は悩ましいので、すぐ傍にあったタンスの引き出しを開けた。中には下着が入っていた。なんだか勝った気分になった。
トランクスっぽいパンツや、女性物のヒラヒラしたパンツが色々ある。下着は普通の物ばかりだけど……気になった物があったので、思わず女性用の下着に手が伸びた。
「ここ、僕用ってキキは言ってたよね。なんでこんな物が……」
思わず声に出てしまった。
なんでブラジャーや女性用の物があるんだろう? まぁいいか、とボクサータイプのピッタリした黒いパンツを手にとって、着用した。下着を着用して少し下半身が安心した。服もしょうがないけど、選ぶ事にしよう……
最初に、ボディースーツのような物を選んだ。ボディースーツははとても明るい灰色で、首から手首と足首まである物だ。薄くて体にピッタリと吸い付いて、かなり丈夫だ。
上着に、濃い灰色の肘までの短いジャケットを選んで、下は膝下までの、黒い丈夫そうなパンツをもらう事にした。靴はいくつか履いてみて灰色の、安定感のよさそうな物を選んだ。最後に金属と皮が入り混じったような黒と銀色のベルトを締めて完了だ!
服を着た後も、色々と中を探し回ってみた。すると、中世時代に出てきたような、剣や槍や弓などの危険物が見つかった。だけど、銃はどこにも無かった。他にも色々な物があるけど、目立つのはそんな所だ。
剣や槍の金属部分を触り、何となく叩いてみるとキーンと高い音が響いた。どれもこれも鉄じゃない気がしたけど、金属の確かめ方がわからない僕にわかるわけがない。
かっこいいなと思って、鞘に入っている八十センチ位の剣を持ってみた。片手で軽く持てる位の重さだ。
鞘から剣を抜くと、両側が刃になっていて、薄暗い少ない光りでも刀身がギラギラと輝いた。刀身に、維持とか保護とか何かが彫られてある。文字は悩む必要もないと思って無視した。剣を持っていって駄目だと言われたら残念だけど元に戻そう。
体中を見回して、触っておかしい所は無いか確認した。おかしい所はなかったし、忘れ物もない事を確認できた。
よしっ。剣も持ったし準備は完了した!
キキの所に戻ろうと思って、歩き始めた……
服を探し終えて、物置き場から顔を出した。キキは考えるのに疲れたのか、機械によしかかっているのが見えた。どんな名前に決まったかは期待半分位にしておこう。
「ただいま」
キキに歩み寄りながら声を掛けた。
「あ、おかえりなさい」
キキから返事はすぐに聞こえたが、眉を額に寄せていて少し困っている様子だった。名前が思いつかない位で悩まなくていいのにと思う。
キキの表情から良い名前は期待出来ない様子だったので、期待しないで声をかけた。
「名前決まったかな?」
「その……名前……ですけど……その……」
キキは僕を上目で見詰めて、何度か口ごもっていた。僕はキキが恥ずかしがっているように見えて、落ち着かない様子にも見えたので、表情を緩めて黙って聞く事にした。
「……リスタ、はどうでしょうか?」
僕が黙っていると、ようやく決心したのか僕の名前を言ってくれた。名前を付けてくれただけなのに、不思議となんだか嬉しいなと感じた。
「ありがとう。リスタだね。名前大事にするね!」
僕はそう言って、嬉しい事を伝える為に行動でも表現しようと、両手をキキの脇の下に入れて持ち上げた。
「高い……」
キキはそう呟いて、キョロキョロと目を動かし、首を動かして周囲を見回していた。少し恥ずかしそうだけど、嬉しそうにしているような感じもした。
「怖くないかい?」
「うん。ありがとう」
僕が聞くと、キキが嬉しそうに答えてくれた。キキが喜んでくれている様子なので、もう少しおまけをしてあげようと思って考えた。
「ははは。僕には今出来るお礼って、これ位しか思いつかなかったから」
「ううん。いい」
「怖かったらいってね……」
僕はキキにもっと喜んでもらいたかったのでそう言って、キキを持ち上げた状態のままでその場でクルクルと回った。
しばらく回転していると、キキが嬉しさの余りか、少し涙目になっている事に気付いた。
「……リ~ス~タ~~少~~し~怖~~い、です」
キキのその言葉が聞こえて、僕の勘違いだとすぐに気付いた。僕が嬉しいと思っていた涙目は怖い事による物で、これ以上ははまずいと考えてすぐに回転するのを止めた。
「嬉しくて、ごめん……」
僕は回転を止めた後、キキを優しく床に降ろした。
キキは下を向いて、足元を足裏でトントンと叩いて確認した後、くるっと右に一回転して口に手を当てて笑い始めた……
「ふふふ……」
キキの笑っている姿がちょっと衝撃的で、言葉に表せなかった……
「あっ、そうだ。この剣も借りてよかった?」
キキに見惚れていたのを誤魔化すために、剣を指差して聞いた。
「物置き場にある物は全てリスタの物」
「そうなんだ? じゃあお言葉に甘えて、これもらっちゃおうかな」
硬さの取れたキキの言葉が聞こえて、僕はそう答えた。
答えてすぐに剣を鞘ごと振り回す。剣を振る予定だったはずの線がずれて、鞘から少し情けない風の音が聞こえた。
「うん。どうぞ」
キキの了承の声が聞こえたので、剣をもらっておく事にした。鞘についている固定具で左腰のベルト部分に固定して、少し動かして鞘がずれないのを確認した。
「これでよしっと。改めてよろしくね! キキ」
「うん。こちらこそよろしくお願い致します。リスタ」
右手を開いてキキの前に差し出した。キキはまた硬い口調に戻ったけど、自分の手の平を見つめた後、恐る恐るといった感じで手を伸ばして僕の手を握ってくれた。
「それじゃ行こうか?」
「いきま……」
僕はキキにたずねてから手を離そうとした。キキから返事が聞こえて、手が離れる直前にズシンと重く響く音が聞こえた。キキの声が途切れて、その直後、激しく床が揺れるのを感じた。地震にしてはおかしいような、何かがどこかにぶつかったような。
床の揺れが激しくなってきて、キキが左右にフラフラとよろけて倒れそうだった……
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