ツンデレ美少女に私はなりたい
一人称に挑戦してみたものの、上手くまとめることが出来なかった。
「私、ツンデレ美少女になりたいんです!」
そんな頓狂な事を言われたのは、私が昼食を取っていた時の事だ。
流石に予想もつかなかったから一瞬面食らってしまったが、声を掛けてきた少女が余りにも真剣な眼差しをしていたせいで無碍にあしらうのも憚られた。
ツンデレ美少女になりたいと言うこの少女は、自ら"美"を主張するだけあって可愛らしい容姿をしていた。そして、ツンデレの代名詞として浸透しているサイドアップのツインテールに髪をまとめていた。スカートは太腿が見えるくらいまで上げて、その太腿をニーハイソックスで隠していた。
言ってしまえばその姿は所謂テンプレートなツンデレ美少女像であった。
「それで、何故ここに?」
「みつる先輩が、ツンデレについて知りたければ相沢先輩に聞けばいいって言っていたんです。だから私にツンデレを教えてください。」
みつるの奴には後でラーメンでも奢らせておく事にして、今はこの少女をどうするかが先決だ。
正直言って面倒臭い。しかし、それ以上にこの少女に御引取り願う事の方が面倒臭い気がする。
ここは一度断って、その反応を見てから判断する事にしよう。
「お断りだな。」
「そこを何とか。」
「何で名前も知らない奴の頼みを聞かないといけないのだ。」
「私どうしてもツンデレ美少女になりたいんです! お願いします!」
やはりこの少女を説き伏せる事の方が面倒そうだ。仕方が無いので教授してやる事にしよう。
「分かった分かった。教えよう。」
「ホントですか!? ありがとうございます。
あ、申し遅れましたが私は津田恋と申します。よろしくお願いします。」
そう言って俺の手を取ってはしゃぐ姿はツンデレ美少女にあるまじきだ。恐らく形から入るタイプの人間なんだろう。
まず、ツンデレを教えるに当たってどの程度ツンデレに対する理解があるのかを知らねばなるまい。ある程度の予想は付いているけれども。
「お前はツンデレがどういうものかを何処まで知っている?」
「べ、別にあんたの為にしてあげたわけじゃないんだからね!」
その津田の行動は巷で浸透し切ってしまっているステレオタイプのツンデレだ。予想通りとはいえ腹が立つ。
面倒でやる気も無かったが、こうなったら徹底的に教え込んでやろう。
「論外だ。お前のソレは不本意な事に大衆へ浸透してしまったが、ツンデレのツンデレたる所以が欠如した紛い物だ。その事を理解できるか?」
「え?」
「ツンデレの基本は負のイメージを正のイメージで覆す事で正のイメージを印象づける事にある。例えるのなら、劇場版のジャイアンだとか雨の日に子猫を拾う不良とかだ。これらはツンデレではないがツンデレの原理に則った行動だ。
落として上げる。これがツンデレの基礎であり、無視する事の出来ない絶対の法則だ。
それに反して今現在ツンデレとして浸透している美少女像は、正のイメージを植えつけてからそれを否定する事で負のイメージを増強してしまっているに過ぎん。例えば自分で弁当を作ってきてそれを渡したとしよう。それは間違いなく好意の発露であり、正のイメージを持っているものだ。しかし、今浸透しているテンプレートなツンデレはその正のイメージを、さっきお前が言ったように否定する。これは必ずしも負のイメージを与えるものではないが、言ってしまえばただの照れ隠しに過ぎず、ツンデレなどでは断じてない!」
少しばかり語気が荒くなってしまったせいで渇きを覚えた喉をペットボトルのお茶で潤した。どうせ目を丸くしているだけだろうと津田を横目で流し見たら、真剣な表情でメモを取っていた。顔に似合わない実用的な黒地のメモ帳は使い込んだ形跡がありありと見て取れる。
その事に内心ほくそえみながら話を続ける。
「理解できたか?」
「は、はい。」
「続けていくぞ。始めに言ったように負のイメージを正のイメージで覆す事で正のイメージを増大させるという事は心理学でも有名な話だ。それと逆に正のイメージを負のイメージで掻き消すと負のイメージを強調する。そういう意味ではテンプレのツンデレは後者の印象が強く、言ってしまえば悪手だという訳だ。
ここまでで何か質問は?」
メモを終えた津田は少しだけメモ帳と睨めっこをした後勢い良く手を挙げた。
「相沢先輩、ちょっといいですか?」
「なんだね、津田くん。」
始めは面倒だと思っていたが、中々どうして面白い生徒だ。ついつい調子に乗ってしまっている。
「本当のツンデレを見せて欲しいです。」
津田という少女は好奇心と向上心が強い人間のようだ。少しからかってやる事にしよう。
「ふむ。さっきから熱心にメモを取っているようだが、この程度の事も覚えられない様な脳味噌しか持っていないのか。」
「なっ! これは先輩の言葉をしっかり受け止めようという心構えであって、私が鳥頭だって訳じゃありません!」
「殊勝な心掛けだな。今時分に人の話にお前ほど真剣に向き合える者はそういないだろう。それは間違いなくお前の美点だ。ゆめ無くすなよ。」
私の右手が津田の艶やかな髪を滑る。それと共に津田の顔がリンゴの様に真っ赤に染まった。それを見て自分の企みが成功した事に悦を覚えた。
この初心な少女は面白い。今ので愛想をつかれていないのなら、これからの講義も有意義なものとなるだろう。
「どうした津田、何かあったのか?」
「あの、その、優しく撫でるのは反則です!」
「優しさとは別に言葉だけで表すものではないぞ。
まあ、私としては些か不本意な脚本ではあったがな。」
典型を示す為に今回は津田を貶めるような言動になってしまったのには、少しばかり罪悪感を覚えた。しかし、その罪の意識より目の前で赤面する可愛い後輩の姿が見れたことに喜びを感じているあたり、私という人間は実に度し難い。
「すまなかったな。芝居とはいえお前を馬鹿にするような態度を取った。それについては謝罪しよう。」
「い、いえ、いいんですよ。元はと言えば私が見せて欲しいって言ったんですし。」
「そうか、ありがとう。」
津田は根が優しいのだろう。だから、彼女が何故ツンデレ美少女に憧れているのかが非常に興味があった。
「まあ、いい感じに盛り上がっている所悪いんだが、この続きは放課後まで持ち越しで構わないか? もう昼休みも終わりそうだ。」
「いけない。もうそんな時間だったんですね。じゃあ放課後に向かいにいきます。」
そう言うと駆け足に津田は帰っていった。その場には私と食べ残した昼食と空になったペットボトルだけが残された。
「天真爛漫ってああいう感じなのかね。」
中空に放られた呟きは誰にも拾われる事無く空へ溶けていった。
そして、このとき私は津田の残した言葉を完全に忘れていた。
「おーい、相ちゃん。お客さんだよ。」
放課後になって、荷物を整えている所に声が掛けられる。不本意ながら相ちゃんというのは私の渾名だ。
「何だよみつる、また面倒事持ってきたんじゃないだろうな。」
この昼にあった事で私の中に於ける彼女の信頼はストップ安だ。
「………それは天狗堂のラーメンで手打ちって事になったじゃない。いいからさっさと行きなさいって、可愛い後輩が待ってるよ。」
「可愛い後輩?」
「うん、恋ちゃん。
あんな可愛い子を自分の教室に連れ込むなんて。この鬼畜!」
何だか良く分からないノリで罵倒された。それと教室を一体なんだと思っているんだこの女は。教室が愛の巣になるのはフィクションだけだし、それを現実に持ち込むのはいい迷惑だ。それをこいつは分かっているのか。
いや、それよりも気に掛けるべきことがあったはずだ。そう、なんで津田の奴がここに来ているんだ。
とりあえず、これ以上騒ぎにならない内に津田の所へいくとしよう。と言ってもみつるが有ること無いこと騒ぎまくっているせいで、これ以上無いくらいの喧騒に教室は包めれているのであるが。
「あ、先輩。昼休みの続きしましょう。」
「まあいいが、何でここにいる?」
「放課後に向かいにいきますって言ったじゃないですか。」
「言っていたか?」
「はい!」
そう言えば、去り際にそんな事を言っていたような気がする。覚えていればこの騒ぎは未然に防ぐことが出来たかもしれないのに。何と言う不覚。
しかし、気にした所で仕方が無い。
「まあいいや。じゃあ、さっさと行く事にしよう。
次があるかは分からないが、今度からはこの教室に来るようなことは止してくれ。」
「ははは、そうですね。」
私がため息混じりに告げると、津田は苦笑いを返して頷いた。
「手始めにここからいこうか。」
私が今立っているのは生徒会室の前だ。中では副会長と書記が仕事をしているのを確認した。これなら貴重なサンプルが観察できるかもしれないと心が躍った。
「ええっと、ここって生徒会室ですよね。ここに何があるんですか?」
「ここにはツンデレの化身がいるぞ。」
おどおどと部屋の前を行ったりきたりする津田にここに来た理由を教えてやることにする。
「ツンデレの何たるかを知るにはそれに触れることが一番手っ取り早い。ここから中を覗き込んで見るといい。」
扉の隙間から中を見るように勧め、聞き耳を立てる。
中では副会長が黙々と書類を整理し、書記がおずおずと書類を片付けていた。
暫くは無言で手を動かしていたが、副会長の方が粗方終わらせると書記の少女に声を掛けた。
「終わらないのか?」
その声はやや高圧的な響きを含んでおり、言外にその程度の事も出来ないのかと言うような意図が隠れていると勘ぐる事が出来た。
「す、すいません。」
少女の方は俯いて、少しでも早く終わらせようと焦って紙をばら撒いてしまった。
副会長の少年は落ちた紙をまとめると書記には返さず自分の机の上に持っていった。
「手伝うぞ。」
「あ、ありがとうございます。」
副会長に礼をしてから書記は再び書類の整理に戻った。
そこからまた、髪の擦れる音だけが響く。二人の間には沈黙が充満し、何となく息苦しい空気が漂っている。
それを払拭しようとしてなのか書記が副会長に話しかけた。
「私、全然駄目ですね。もう生徒会に入って一月経つのに、まだ碌に仕事もこなせなくて。」
「そうだな。」
「そう、ですよね。」
副会長の肯定に書記はまた俯いてしまう。すると、副会長は一度手を止めて書記に向き合う。
「だが、生徒会に入ったばかりの頃と比べれば格段に出来るようにはなっているぞ。これからも己の未熟を恥じて研鑽を怠らなければ問題は無い。」
その言葉を聞いて少女の顔が明るくなる。陰ながら努力をしてきたのであろう彼女はその努力を認めてもらえた事が嬉しいのだろう。
彼女のその表情を見て私はふっと身を引いた。
「次いくぞ。」
「え、もうちょっと。」
「だめだ。」
ごねる津田を引き摺って生徒会室を後にした。
それから部活の鬼コーチやツンデレ教務主任、面倒見のいい番長など様々なツンデレを観察し続けた。
いつの間にか校舎には斜陽が差し込んでおり、その光を私と津田は前庭のベンチに座って見ていた。
「今日はありがとうございました。お蔭で何となくツンデレ美少女に近付いた気がします。」
「そいつは重畳。こっちも教え甲斐があったというものだ。」
時間にしてみればホンの数時間の付き合いしかない私達ではあるが、そこにはなんとも言えない連帯感があった。
津田には聞きたい事があった。彼女に教授しようと思い至った時から燻っていた疑問。
最初から聞きたいと思っていた質問をこのまま胸の中に仕舞って置くべきかと思案したが、そんな事で悩むのも馬鹿らしいと一蹴した。
「なあ津田、お前どうしてツンデレ美少女になろう何て思ったんだ?」
「私ですか? そうですね………、秘密です。」
悪戯っぽく微笑む彼女に気を取られていたのを気取られぬように顔を夕日に向けた。これなら顔が赤くなっていても夕日の赤だと言い張れる。
二人の間を静寂が包み込み、辺りにはカラスの鳴き声だけが響く。
隣では津田が身体を落ち着き無く動かしている。一体何なんだと訝しんだが、それも彼女が口を開いたことで遮られる。
「みつる先輩に言われて相沢先輩に会いに行ったときは酷い人だと思いましたよ。私の事親の仇でも見るような目で睨んでくるし、全然話聞いてくれなかったし。」
「そいつは悪かったな。」
お蔭で飯食い残したしな。
「でも、本当は優しい人なんだってすぐ気付きました。得体の知れない私の事に親身になって教えてくれて。
ホント、先輩に会えた私は幸せ者です。」
右肩に重力が掛かる。その重さが津田の頭の重さであるという事は想像に難くない。何故その行動に至ったのかは理解し得ぬ事ではあるが、津田が私の身体に身を預けているというのは紛れも無い事実であった。
女性特有の香りが鼻腔をつく。彼女の行動に恋する乙女のように動揺する自分がいる。
何かせねばならない。そんな義務感に突き動かされた私の口は自分の声でないように感じられた。
「べ、別にお前の為にした訳じゃないからな!」
「先輩、流石にそのオチは無いですよ。」
津田は微笑んで私の身体に抱きついた。
ツンデレの基本は落として上げる。これだけは譲れない。