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定義と矛盾

 ゆるい風が吹いてきた。お山の気温は下がり体が冷えてきた。


「寒くないか?」

「火を焚きましょう」


 あかりは立ち上がると、離れた焚き火跡へ小夜をいざなった。燃やし残した木々と大きめの石を持ってきて簡易な囲炉裏いろりを作ると、風を防ぎながら火を起こしはじめた。


火打石と火打金がふところからサッと出てきたのを見て、小夜はあかりの周到さに感心した。火おこしはしのびの初級編だった。  *火打金ひうちかね……火花を出すために打ち付ける金具。


「あかりはしのびの生活はつらくなかったのか」


「そうですね…… あんまり考えたことありませんでしたから、それなりに幸せだったのでしょう。母は十二の年に亡くなりましたが 、村の人たちや親方もよくしてくれました。……大奥へ入れ、と密命を受けてから少し大変でしたけど」


 火の燃え具合から目を離さずに答える。風で消えないか、が気になっていた。


「小夜さま……人を殺すこと、と、何か分からないものと戦うこと、どちらが苦しいのでしょうか。以前、小夜さまはわたくしに〝人を殺めたことはあるか〟と問われましたが……しのびのわたくしには言わずもがな、です」


 ぱぁっと火が広がったのを見て、あかりは囲っていた両手を離した。そして小夜の方をみて微笑んだ。



「しのびだから殺した、というのは違うかもしれません。わたくしは私怨にて人を殺したのです。体を奪われた怒り、そしてまた犯されるかもしれぬという恐怖のため人殺しをした」


 あかりはぐっと唇をかみ締めた。言うに言われぬ過去を持っていたことを知って小夜は深い絆を感じた。ふたりが共鳴したのは、この複雑な感情ゆえだったのかもしれない。


「わたくしとて私怨で父を殺した。この間は風魔とて手にかけた」


「いいえ、小夜さまの場合は、ご自分や周りの者を守るためにそうなったのです。私怨とはまた違います。……正当な防衛? ともいえましょう。けれど」

 不意に何かを疑問がわいた。


「正当な防衛……とは何でしょう。自分の命が損なわれるような危機にのみ相手の命を奪ってもよい、ということ? でしょうか」


「無理があるの、その理屈は。第一、攻撃を受けている者は、それが命を損なうかどうか、の判断など出来はせぬ。怖くてたまらぬのだ。


襲ってきた相手に対して〝あ、これは命を損なう危険のある攻撃だな〟とか〝これなら致命傷にならないな〟など分かるわけあるまい。


……攻撃というのは、わたくしの場合のように長期に行われる恐怖支配という名の攻撃もある」


「そうなのです。今の世は無意識への攻撃は勘定に入れられません」


 うなずきながら新しい解答を得たことに少し満足した。ちらりと空を見上げた。月が曇ったおかげで、見えなかった星々が今は満天に降るように煌いていた。


 先ほどとはまた違った異次元だ。

 あかりと小夜はじっと宇宙に浸った。


「よく分かりません。この、妙にあっさりしている気分。人殺しは悪いことなのでしょうが、自分がやった行為に対して、なぜか苦しめられていないのです」


 小夜はあかりが自分の気持ちを代弁したようでうなずいた。


「わたくしも、じゃ。あかりがわたくしを責めぬように、わたくしも自身を責めぬ」

 そして、不意におかしくなった。


「そなた、わたくしのように小難しく考えすぎじゃ」

 笑いながら無意識の言葉が口をついた。


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