安らぎ
「月島さま」
その夜のこと。
あかりは隣の寝床にいる小夜に声をかけた。
「小夜、じゃ……もう、月島と呼ぶのは止めよ。わたくしもそなたをあかり、と呼ぶ。よいな」
「はい」
あかりは嬉しそうな顔をして返事をした。
「小夜さま、そちらにいってもよいですか」
「暑いのに、仕方ないのぉ」
そう言いながらも敷布団のはしに寄る。あかりは嬉々として隣にすべりこんだ。そのまま小夜にピタリと抱きつく。
「まだ、だめじゃぞ。そなたは本調子でないのだからの。大体、今日は動きすぎ……」
と言っているうちに口をふさがれた。最初はとまどっていた小夜だったが、すぐにあかりとの口づけに酔い応えはじめた。あかりはそのまま唇をすべらせ、小夜の瞼をなぞった。眼球の繊細な弾力、睫のくすぐったささえ、心地よかった。
「小夜さま、ほんに愛しい」
小夜の頭の裏がむずむずした。あかりの浴衣の前からするりと手をいれると半身を脱がせた。素肌の背中をなでながら乳房の弾力を楽しむ。
「あかり」
気持ちよさに酔っていたあかりは、小夜に初めて名前を呼ばれて更にぼぅとなった。
「今日は、わたくしが抱いてよいのか」
「ううん……」
あかりは上気した顔で首をふった。
「今日はわたくしに抱かせてくださいませ」
どこかでずっと思っていた。
小夜は甘えなければならないのだ。
実家で、大奥で、ずっと長として生きていた小夜。もう、ここらで心を誰かに明け渡してもよいのだ。そうしなければ、小夜はずっと気を張って生きていかねばならない。
胸を合わせてみた。
そうすれば心のガードが溶けるような気がしたからだ。小夜を上から抱いたままじっと感じてみた。
背中にぞくぞくとしたものが突き抜けると、そのまま頭のてっぺんに上り、くすぐったいものが渦巻いた。
「あ……」
同じように感じているのか小夜が少し苦しげに声をあげた。あかりにしがみつくように抱く手に力を入れた。
もっともっと気持ちよくなって欲しくて、あかりは小夜の全身を愛撫し舌で味わった。
「お胡夷さんに聴こえる」
耐えるように絶頂を向かえた小夜はささやき声であかりに吐息を吐いた。その声にあかりはしびれそうになった。
「失敗でしたわ……小夜さまが自由になるにはふたりきりになれる場所じゃないといけませんでした」
くすくすくす。
その言葉を聞いて小夜は笑い出した。
「お胡夷さんより、外にいる旭が縁の下に潜んでおるやもしれぬぞ」
「旭はよろしいのです。どうせ、聞きたいのですから」
そういうとふたりは首を曲げて笑いあった。
旭は家の外で野宿をするといって出ていった。ふたりを見張るためか、追っ手に気づくようにするためかは知らないが、そういうことらしい。
小夜の頭を胸に抱いたあかりは、母親のように頭をなで続けた。
「旭が来たからには、もう村へは帰れません。月島、いえ、小夜さま、長崎へ参りませんか」
「ながさき?」
「はい。人から聞いたところによりますと長崎は異国人も多く異国文化も盛ん。なんでも女のお医者もいるそうですよ。ちょっと興味ありませんか」
「おもしろそうじゃ」
ワクワクするような話だ。そうだ、わたしの知りたいこと楽しめることは、長崎にあるような気がする。あかりも女医者になれるほど才能はあるのだから気になるのは当然だろう。
小夜はあかりの心臓の音を聴きながら催眠術にかかったように意識が遠のいていった。
あかりはラクでおもしろい。ちゃんと考えてくれる。
いつもいつも何かを考え、心配し、ひとりで先々の計画をたてねばならなかった小夜にとって、こんな安らぎは初めてだった。
――大丈夫だ、あかりとなら――
深い眠りに落ちていった。