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要注意人物

「で、わたくしに靜山を引き取りに来い、と」


一連の出来事を墨越から聞いた月島は、別に何かを考えているようだった。


「はい」

墨越は青い顔をしてうなずいた。


「詰めが甘いな。お初の方は」

「はあ?」

頬をついて少しなじるような口調の月島。


墨越には、なんとも幼く見えた。


「わたくしなら、もうちょっとマシなやり方を考える」

「マシとは、どういった?」


「色じかけとか……」

「……月島さま御自身で?可能だとは思いますが」

「冗談だ」

墨越に一本とられたようで、少し悔しかった。


そのまま奥の部屋に帰っていく月島を、あわてて墨越は追いかけた。


「あの、引き取りにいかなくていいのですか?」

「よい」


「え、ですが……あのっ」

「靜山は自分で何とかするであろう」


奥に行ってしまった距離からの声は少し遠かった。


「何とかって……」

墨越は眉をよせた。


「失神してるのに?」

口をとんがらせてつぶやいた。



 まだ少しぼぉっとする頭を振って、靜山は御殿向きの暗い廊下を歩いていた。


墨越たちが部屋に帰されてから半刻はんときほど。

靜山は倒れたふりをして、部屋の様子を伺っていた。


お初の方が月島を呼びつけることしか頭にないのを確認して、こっそりと靜山は部屋から退散した。


「あかりさま」

「山吹!」


下働きらしい大柄の少女が部屋の戸口から靜山に近づいた。


「解毒剤は、効きませぬか」

「飲んでおらぬ。そんなに強い薬ではなかったし……わたしには効きはせぬ」


「で、ありましょうな。マンネンロウで、眠気は覚めまするが……」

「よい。マンネンロウは覚醒しすぎるので嫌いなのだ」


その答えに共感した山吹は、靜山の肩を遠慮がちに支えた。


「想定内のことだ。わたしが疑われるのは百も承知」

「はい」


「お初の方に他意はない……それより、他の年寄・側室たちのほうが、目を光らせておる」

「それは、月島さまも含めて……で、ございますね」


一瞬沈黙がおりた。


「そうだ」

「あの方が一番の要注意人物だ」


――なのに。どうしてこんなに心が乱れるのだろう――


「わたしはあのお方が一番こわい」

その言葉を耳にした山吹はぎょっとした。


「いけませぬ。親方を裏切っては」

「もちろん裏切りはせぬ」

「では、なぜそのような“怖い”などと……わたしたちが唯一恐れるのは、親方だけ。一族の掟だけです」


違うのだ。


一族が結束するチカラとはまた違った力で、月島は、靜山を惹きつけるのだ。


「誰か来る!そなた、もう行け」

山吹は闇に同化した。




「おばばの易、当ってたでしょ?」

「あの気味悪い風体さえなきゃね」


仲居か、お末の娘たちが、出てきたのは書庫からであった。


夜もふけ、亥の刻(午後十時頃)。

御火番が、回りだす頃であった。


一段低まった板の間に、番台があり、その奥には背丈ほどもある書棚が、何十と並んでいた。

灯りは、その番台から洩れているらしい。


「そなた、新入りじゃな」


見えぬ存在に、靜山は声をかけられた。

書庫の影になっている白い頭にすぐに目線をうつした。


「ほほう、よう見つけた」


ボサボサに伸びた白髪頭に、すりきれた間着あいぎ、つまり打ち掛けを着ないままの小袖、背は非常に小さく、靜山の胸くらいしかなかった。


「二つの星が見える。禍々(まがまが)しい赤い星……そして、神々しい白い星じゃ。

恐ろしく大きな力を持っておる… その二つの星どちらが本物なのか」


目はぎらぎらと輝き、黄色い歯をむいて近づいてくる老婆の表情におののいて靜山は後ずさった。


「そなた、何を考えておる」

「わ、わたくしは……」


ぐっと息を飲み込んだ。


「月島さま部屋、中臈・靜山です。あ、あなたこそここで何を」

「なに、月島の?」


質問には答えず、老婆は下からなめ回すように視線を浴びせた。


「ふん。あの者の周りはおかしなヤツばかりじゃ……さて、今夜あたり来そうじゃの」

「つ、月島さまが?!」

靜山はあわてた。


何やら足音も聞こえてきた気がする。

急に胸がドキドキとしだした。


「会うとマズいのか?」

靜山はぶんぶんと首を縦に振った。


「では、そこの奥の部屋に隠れておれ」


番台の奥に小さな戸口があって、戸を開けると、老婆の寝所らしい小さな部屋があった。

靜山は急いで、奥に入った。


老婆は 燭台の上にぱらぱらと香を垂らした。

靜山の香りを消すためである。


そのすぐ後


「おばば」

銀の鈴のような声が響いた。


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