自由の不安
第十二章
炎才と龍才が裳羽服津に帰って数日が立った。
あかりはずいぶんと回復し顔色もよくなっていた。裳羽服津から持ってきた薬も効いたようだ。だが、まだ本調子からは遠かった。
「すみませぬ。月島さまには今後のご計画があったのではありませぬか?」
布団の中から縁側で薬研をゴリゴリしている小夜に向かって言った。
*薬研…時代劇などで見る、薬をすりつぶす円盤状のもの
小夜は、あかりのほうを向くと困ったように笑った。
「最初は、日野から逃げて知り合いの家に泊まるところまでを計画しておったのだが……その後はそなたと相談してから上方なり行くのだろうなと、安易に考えておったのじゃ」
笑顔のまま小さなため息をつくと、下を向き、再度、手を動かし始めた。
「だがの、予想は変わって当然なのじゃ。その都度、変更していかねばの。……まあ、そうなると全部自分で決めねばならぬ。……わたくしは自分ですべて物事を決めるということに慣れておらぬ。
今までは決められた籠の中で、決められた規則に従ってしか動いたことがなかったのでな。あの頃は窮屈で窮屈でたまらなかったのだが、一旦、こうふわふわとした身の上になってしまうと、それはそれで大変だということが分かった」
ゴリゴリゴリ。
薬研にさらに力を込めた。
小夜の悩みは、現代風に言えばサラリーマンしかしたことなかった者が急にフリーになったようなものだった。この時代の女性は、身分にしばられ、家・家族にしばられ、世間にしばられ、自身も信念にしばられていたので、〝自由に生きる〟など恐ろしいことであった。
人間は、真の自由など、本当は欲しくないのかもしれない。
「月島さまはふわふわの身の上でなくて〝お尋ね者〟です」
あかりは笑った。
「じゃな。でも、それはそなたもじゃ」
「はい」
微笑ながら目を閉じた。
幸せだった。
このまま死んでも小夜と一緒なら満足だ。
やはりあかりは小夜が好き、だと思った。
『わたしは今とても幸せだけど、月島さまは心穏やかではない。それがわたしには苦しい。追っ手ははこないか、幕府の探査はどうか、近所の人たちの噂にならないか、そしてこの先はどうするか……考えて考えて考えておられるに違いない』
そう思うとあかりもこの先を考えずにはおられず、さりとてまだ体力には自信がない、という堂々巡りに入っていくのだった。
ふっ……
庭先に気配を感じた。
あかりはバッと飛び上がると枕元にあった懐剣をにぎり、小夜の横を抜け、庭へ飛び降りた。
「誰だ!」
音もなくヤマモミジの影から現れたのは柔和な顔をした大柄の男だった。
「旭」
小夜は何ともいえない青い顔でつぶやいた。