信じることを経験にかえる
あかりを抱えた一行は山を下り、麓の胡夷という老婆の家に立ち寄った。
この胡夷婆さん、すっかり村になじんでいたが、じつは裳羽服津の者で、各地に点在するしのび中継所の役割を果たしていた。
「あかりはずいぶんとラクそうになりました」
布団を敷いた奥の部屋から戻ってきた胡夷は、囲炉裏端にいる炎才に報告した。
残っていたのは炎才、龍才、そして小夜。
胡夷は、空になった徳利を集めると代わりを取りにいった。
「これからどうするのじゃ」
炎才は小夜に尋ねた。
「わたしの知り合いがこの山の向こうにおる。そこで休んでから上方に行こうと思っておったが……」
小夜は息を吐いた。そう、あかりがあの調子ではどうしてよいか分からなかった。
「裳羽服津村に来てはどうじゃ」
炎才はぼそりと言った。驚いた龍才の杯が止まる。
「水戸の小さな村じゃが、みなつましく暮らしておる。大奥におったそなたにとっては不自由なトコではあるだろうが我慢してもらうしかない。将軍家のお尋ね者となれば、生きていくのは容易ではない。……が、そういった点では、うちの村ほど適当な場所もそうそうない」
炎才は杯を口に持っていき、くい、と飲んだ。
そして訪れる静寂。
どう返事をしてよいのか。あかりを動かせないことは事実だ。逃避行にはどうしても体力や気力がいる。そう思うと裳羽服津へ行くのが一番よいことのように思えた。
「よく、分からぬ……もう少しだけ……時間をいただけぬか」
さもあらん、と苦笑した炎才はうなずいた。
「今日はもう休んだほうがよい。しばらくはここでゆっくりすることじゃ」
長い一日だった。すでに空には織姫星と彦星が天の川を挟んで、きらきらと輝いている。
小夜の体力から考えたらもう気絶してもおかしくない程に疲れていたハズなのに。なぜか大丈夫だった。自分で運命を動かせたからか。
いくら自分で運命を動かせる、と頭で分かっていても、実際に行動して結果を出すまでは不安ばかりだった。だが、信じることを経験にかえるとそれは確信となるのだ。自分が運命を動かせたのだ、と。
それは英知とも呼ばれるものなのかもしれない。その英知へ転換する過程こそが、自分の力を取り戻せるのだと小夜は身をもって知ったのだ。