体面の犠牲
「アスカにはつがいになっているヤマトというハヤブサがおるのだ」
そう言うと炎才はピュイっと口笛を吹いた。連れ舞いをしていたヤマトとアスカが下降してくる。
「勘介、苦労をかけたの。礼をいうぞ」
「いえ……」
降りてきたアスカを腕にのせながら勘介は頭を軽く下げた。炎才あてに勘介は、今までの経緯を文にして出していたのだ。
意味が分からず、つっ立っていた龍才はいきなり炎才に殴られた。
そのまま吹っ飛ぶと下草の中をズサササッと転がった。
「おまえは、なんと無謀なことをしとるのか!」
驚きながらも龍才は顔を上げた。口元が切れて血がにじんでいる。
「自分たちだけで勝手な振る舞いをしようなど、思いあがるのも大概にせい。おまえのその勝手な行動で、どれだけの人間が危険にさらされたと思う。雲才、山吹……そしてこのサエや勘介までも死ぬところだったのだぞ。我ら一族全体まで危機に陥れよって。一族の危機は殿様の危機だと分からなんだか!」
あかりが炎才の前に転がり出て手をついた。
「申し訳ございません! わたくしの落ち度にございます」
目許に涙をためながらも、炎才に必死に訴えた。
「元はといえば、このようなことになったわたくしのせいでございます。……どうか、どうか、わたくしを殴ってくださいませ。龍才さまは悪くありません…………」
グッと目を閉じて耐えているようだったあかりは最後のセリフを言ったあとグラグラと揺れた。
「靜山」
かけよった小夜はあかりを抱きとめた。
「あかりは……どこか悪いのか」
炎才は部外者である小夜に向かってたずねた。
「毒を飲まされておる……将軍家が側室だった女を罪人にしたくない、という、ただそれだけのために、体面のため毒殺しようとしたのだ。将軍家とはそういうところじゃ。
いや……家や制度とはみなそうだ。訳の分からぬ体面とやらを守るために人を殺す。そなたは、その犠牲になった者を助けようとするのを許せんというのか?」
「おぬしは何者だ」
炎才はじっと小夜を見つめた。
「わたくしはただの女じゃ」
「小夜どのは……おれを助けてくれた命の恩人じゃ」
口元をぬぐいながら龍才が立ち上がった。
「大奥の第一実力者にして上様の寵愛が最も深きお人。御年寄り・月島さまでございます」
あかりは息を吐きながら炎才に告げた。そこにいた全員が一斉に小夜に視線を注ぐ。あまりにも意外な事実だった。
「そしてわたくしが最もお慕いするお方です」
じっと。
じっとあかりは炎才を見つめた。
周りの者は誰ひとり話せなかった。
「靜山、もうよい。それ以上話すでない」
小夜の腕の中であかりは薄く笑うと目を閉じた。
「わたくしと一緒に行こうな。そなたは何も気に病むことはないぞ」
黙って聞いていた炎才は斜め後ろにいた中年の男に声をかけた。
「解毒剤をあかりに飲ませよ」
「はい」