信念
奉行所の急な手入れに、龍才たち三人は逃げるだけで精一杯だった。
煙幕を使ってちりじりになった、龍才、勘介、サエの三人はかねてから決めていた集合場所に再び集まった。
それは竹やぶの中の小さな小屋であった。
「何があったのだ? なんで突然、役人が俺たちを捕らえにくる?」
勘介は青い顔をしながら小屋の戸口に張り付いている。外をうかがっているのだ。
「〝結託して不穏な動きをしている〝と役人は言っておったな。……風魔の雇い主が表から指示したのだろうか」
奥にいた龍才は傷口を確かめながら答えた。
しばらくの沈黙。隅にいたサエもじっと考えていた。
「何か……あったのは確かですね。風魔なら、こんな邪魔臭いことする必要ないし……表、表の世界……将軍家?」
「うーん……風魔の雇い主か、それとも、もっと別の政治的な関係か……」
龍才は頭をかかえた。そしてハッとした。
「あかりが、あぶない」
表の世界で、自分たちを捕らえる動きがあった、ということは、〝結託している〟あかりも何がしかの影響を被るはずだ。その考えをサエと勘介に話す。
龍才は当然、あかりの様子を探りにいく、としたが、それに意を反したのはサエだった。
「危険すぎます。我々は追われる身なのですよ。それなのに、大奥にいるあかりの様子など、探れるはずないじゃありませんか。無謀です。ここは、引くべきです。一旦、引いて、親方の指示を待ちましょう」
「うんうん、そうしましょう。龍才さま」
これには勘介も同意した。冷静に考えれば、こういった緊急事態に動き回るのは危険なのだ。しのびの教えにも反していた。
だが龍才は焦っていた。家倖の件で手入れが入ったとしたら、自分たちは〝大逆賊〟である。そして、もしあかりが、その一味であると分かってしまったなら、当然、死罪である。
いや、あかりを陥れるほうが真意であったなら余計、危険だ。その最悪のシナリオがどうしても頭から離れなかった。一旦、裳羽服津に帰って、何かする時間はないのだ。
龍才は目を閉じた。
「おまえたちは、裳羽服津に帰れ」
「龍才さま!」
サエと勘介は声をあげた。
「その通りだ。今は引くのが一番よい道だ。……親方に伝えてくれ。後を継げなくてすまない、と。でも、俺は、俺の生き方のほうを選んだので、悔いはない、とな」
――死ぬつもりだ――
サエと勘介には、分かった。
そして、止めることは出来ない、と。龍才はあかりと共に死ぬつもりだ。
しのびは情に流されて、冷静な判断を過ってはならない、と徹底的に教わってきた。そんなこと、優秀な龍才には分かっている。ひとりの判断ミスが、一族全体にまで影響を及ぼすからだ。
だから、失敗したら自ら死ぬべきであるし、それを〝切って〟いく関係が何よりも大事なのだ。
だが、あえて龍才はあかりを選んだ。
自分の生き方を選んだ、と言った。それは『決して仲間を見捨てない』ということなのだろうか。それとも、あかりだけが特別で、心中してもいい、と考えているのか。恐らくどちらもだろう。
今回は信念と感情が合致したが、恐らく信念だけでも、動く男だ。龍才は。だから、もし窮地に陥ったのが、あかりでなくても、龍才は助ける道を選んだろう。
サエはふっと笑った。
「龍才さまには負けたねえ」
腕を組むと、笑いながら目を伏せた。バカなことをしている、と思いつつ、龍才に協力しようとしている自分がおかしかった。
小屋の外はざわざわと竹が鳴っていた。