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将軍をおとせ

 徳川 家賢いえよしをむかえての観菊の日になった。


靜山は、おかしな気持ちだった。

雲の上の存在であった将軍が目の前におり自分をじっと見つめている。


『一見したところ凡庸そうなこの男が、公方さま?』


確かに品はよさそうで横柄なところはないが…将軍とはこんなものだろうか?


 四十五歳で新将軍となった家賢は、父である家成いえなりが長い間、大御所おおごしょとして君臨しており、政務を手放さずにいたためずいぶんと我慢を強いられてきた。


就任二年後に家成が他界して、ようやく人心地ついたが、家成時代から続く老中や幕閣たちの政権争いは、依然悩みの種であった。



「靜山は黒川藩・横井 定利さだとしの娘か」


初めて見る顔の娘に家賢は声をかけた。


「はい」


家賢の視線には靜山に対する興味の色が、明らかに認められた。


『そうでなくてはならぬ。そのために私はここへ来たのだから』



「深窓の娘に大奥は辛かろう…」

「いえ。大奥務めは徳川臣下の誉れでありますゆえ」


家賢はそこで不思議そうな顔をした。


「天女とおぼしき女人が、普通にしゃべっておるのを見ると……何かおかしな感じがする」

その言葉に月島は深く納得した。


「上様がそう思われるのも無理はございません。

わたくしどもも、未だに靜山が天に帰ってしまうのではないか、と心配しておりますゆえ」


「月島、そなたが言うのは変だぞ」

家賢は笑った。




「そうです。月島と靜山。どちらも、この大奥に咲いた大輪の花。この世のものとは思えぬ美しさだと、みな口々に言っておりますよ」


口を開いたのは、家賢の隣にいたお美津の方。


唯一のあととり家倖いえさちの生母は、ふたりをぼおっと見比べながら言った。



「月島が昼なら、靜山は夜。月島が蘭ならば、靜山は睡蓮ではないか?」

「上様は、なんと上手く例えられるのでしょう」


「愛でてこその花じゃ……」

家賢は少し寂しげに、つぶやいた。


靜山は恋文にかかれてあった家賢の悲しい気持ちを思い出していた。





 秋の日は暮れるのが早い。

日も落ちてほどなくした頃、靜山は万里小路の部屋に呼び出された。


「首尾はなかなかのようやな」


万里小路は満足そうに、靜山を見下ろした。


「上さんがエライ喜んではったて、聞きましたで。このぶんならおしとねのお声もすぐに」

「そうでしょうか」

靜山が不意に口を挟んだ。


「どういう事や。菊見の席に、あんたほどの美人がいて男が喜ばへん訳ないやろ。何か失敗でもしたんか」

「いえ。ただ、わたくしは…」


家賢は喜んでいたというより、なにか哀しんでいたように見えた。


「何や?」

「上様は、月島さまがお好きなんだと感じました」


「はあ?」

その言葉に、万里小路は顔色を変えた。


「……まだ、あきらめたらへんの? ……あんたでもあかんのか?」

「…………」


「何のためにあんたを呼んだ思うの? 何のためにあんたを月島の部屋に入れた思とんの? ……あんたと並べたら、年かさのいった月島のほうが容色が劣るの、上さんに分からせるためやろ?」


その作戦はあきらかに失敗だった。


靜山と並ぶと同質エネルギーの交流によってか、月島の容貌はさらに輝いていたからだ。


「と、とにかく、なんでもええ。上さんの寵愛をもらうんや。月島への渇望が強いぶん、あんたへの欲望に火がつく可能性かてあるしな。こんなトコでぐずぐずする訳にはいかんのえ」


靜山を下がらせてから、万里小路は大きなため息をついた。


『なんで、あれほどの美貌を持ってしてだめなんや。女の私がみてもクラクラする程の妖気やのに。美しすぎるんか? もっと別のおなごのほうがええんか?


いや、あかん。今のままでは…… 


上さんの、月島への情念が更に増してしまった今、平凡なおなごで立ちうちはできん。どうやったら、計画が進められるんか』


万里小路は 右手をぐっと握りしめた。




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