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暴かれた秘密

第八章

 なんと運の向いてきたことか。

 大奥年寄り・村岡は飛び上がりたいような心地であった。


 なぜなら、姪の笹野が懐妊したからだ。その日のうちに笹野はお方さまと呼ばれるようになり、南向きの部屋さえ賜った。


『大奥筆頭にいっとう近かった月島も死に、笹野が懐妊したいま、次の大奥総取締りはこのわたくしじゃ』


 冬も終わりに近づいたうららかな午後、村岡は水仙の香りを胸いっぱいの味わった。


 そんなある日、村岡は、ある饗宴きょうえんに呼び出された。

「ほんに、老中首座復帰おめでとうございまする」

「ん」


 上座には満足げな表情の水野忠訓みずのただくにが居た。五十歳の誕生日を迎えたばかりの水野は、細身で神経質そうな男であった。


「一時はどうなることかと思ったが、わしにもまだ運が残っておったらしい」

 政変にあい、老中を解任された水野だったが、再び老中の主席に返り咲いたのだ。


「何をおっしゃいまする」

「火事の再建費用を集められなかった首座の土井が失脚になったおかげだ。ほんに、何が幸いするか分からぬ。まあ、それはそなたのおかげでもあるの」


 水野は、嫌味たらしく、ふふふ、と笑った。一の長つぼねからの出火を言っているのである。江戸城本丸を焼いた火事は、村岡の部屋からの過失であった。


「せっかく政敵である阿部さま贔屓ひいきの月島部屋の過失に出来そうでしたのに……」

「ふん、大奥が絡むとロクなことがない。じゃがの……あの何とかいう側室、色々とあるのがわかってきたぞ」


「お靜の方ですか?」

「そうだ」


 折にふれ、水野にはお靜の方となった靜山の邪魔くささをぼやいていたのである。

 水野は手を二度叩いた。奥の障子ががらりと開くと、がっしりとした体格の男が黒装束に身を包んで控えていた。


「平川門の前で殺された小間物屋と、側室お靜の方の関係をお話ししろ」

 水野が低い声で命じた。


「はい。お靜の方さまは、どうやら家倖さま暗殺を企んでいたしのびの一味かと」

「なに、しのびじゃと?」

 村岡は顔色を変えた。


「はい。小間物屋を大奥からの連絡に使っていたのは確実にございます。しかし、一味はどうやら孤立しているらしく、今のところ家倖いえさちさまを新たに亡き者にする計画は立てられていない様子です」


「どうしてそうだと分かる?」

 村岡はなじるように言った。


「一味の根城をずっと伺っておりますが、動きが全くありません。誰かに連絡をとった様子もありません」

「いったいそこには何人くらいおるのじゃ」


「女ひとり、男ふたりの三人です。靜の方を入れると四人でありますが」

「たった四人かえ」

 拍子抜けしたように村岡は笑った。


「四人であっても油断はなりませぬ。しのびであればたったひとりでも……」

 男が全部を言い終わらない間に村岡が口をはさんだ。


「そんなことより、お靜の方が、家倖さまの命を狙っている大逆賊の一味とは……とんでもない秘密じゃ」

「で、あろう」


 満足そうな顔をして水野はうなずいた。鬼の首をとったかのような表情で村岡は立ち上がった。


「ほほほ、この切り札。なんと使ってやろう」

「落ち着かれよ、村岡どの」


「水野さまはどうされるおつもりですか」

「どうもせぬ」


「どうも?」

 怪訝な顔で村岡は水野を見た。


「先ほども言ったとおり大奥は下手に手を出せば、こっちに火の粉が飛んでくる。こちらは切り札としてお靜の方の身元を知っておればいいだけだ。だいたい、まだ何もハッキリしたことは分かっておらんのだ」


「しかし、家倖さまの命を狙った連中と分かっているではないですか」

「背後も分からぬでは、小者をあげたとてどうする。捕まえたとしても口を割るとは思えん」


 水野があごをしゃくると、黒装束の男は障子をパタンと閉めた。

 しのびの周到な行動をみて村岡は、じっと考えた。


――あのお靜の方がしのびであるとすれば――


「お靜の方は黒川藩出身と聞いておりますが……お靜の方の大奥入りに関わっている万里小路さまも何やらありそうでございます」


「ほう」

 よく気付いた、という顔をして水野は肯いた。大奥の背後には各藩の思惑が渦巻いている。


「わしも黒川藩を少し調べてみたが、ほんに金に困っておるようじゃ。そんな藩が多額の金子きんすのかかる大奥にどうやって娘を入りこませる?」


「藩のどこかから金山きんざんでも出たのでしょうか」

「そう都合よく金山が出たら黒川藩は借金をすぐに返しておるであろう。村岡どの、お靜の方は間者じゃ。貧乏藩がそういった組織を持てると思うか? 恐らく、取引であろうな」


「取引?」

「どこぞの組織か藩かは知らぬ。したが、黒川藩の窮状を肩代わりする代わりに、間者の身元として取引されたのであろう」


「いったいどこの誰がそのようなことを……」

 答えが出ないのは分かっていてもつぶやかずにはいられなかった。


「村岡どの、万里小路どのもお忘れめさるるな。靜の方の後見を最初から買って出られているからには白とはいえまい。万里小路どのと靜の方に共通するものを調べるのが早道であろうな」


 その言葉に村岡は深くうなずくのだった。


 そうだ。万里小路は何か知っている。そして、何かを企んでいる。しかし、いったい何を?

 村岡にとって邪魔な靜の方と万里小路がいなくなれば、大奥総取締は手に入ったも同じである。


 水野忠訓みずのただくには村岡を動かそうとしていた。しかし、動かなくても損はしない。


 コントロールがききにくい女の園は、下手に手を出すと何が出てくるか分からない。それならばいっそのこと野心に燃えた村岡に好きにやらせたらほうがよい。責任は村岡が持ってくれるのだ。


 水野忠訓は慎重であった。


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