雲庵で待つ
あかりが雲庵に現れたのは昼過ぎのことだった。
裏口から影のように出現したあかりに気付いたのはサエだった。
「なぜ、ここにそなたが? 大奥を抜けてきたのか?」
肯いたあかりは、薄暗い室内で笠を脱いだ。
「サエはどうしてここへ? 龍才さまは?」
「龍才さま……は奥で休んでおられる」
――あかりはどうして龍才さまがここにいると知っているんだろう――
「今朝、龍才さまに勘介ともども呼び出されたのさ」
不承ながらもサエは続けた。
四人は龍才の寝ている部屋へ集まった。青白い顔していたが、無事であるらしい龍才の顔をみてあかりは胸を撫で下ろした。
小夜からもケガの状態を聞いていたが実際に会うまでは不安だったのだ。
「山吹は?」
いの一番に聞きたかったことをあかりは口にした。
「死んだ」
龍才がきっぱりと言った。
「遺体はきちんと整えて、妙安寺で弔ってもらった」
沈痛な面持ちで経緯を説明した。
「それで……その……」
「山吹が殺されていたのは、この部屋だ。我らは忘れん。串刺しにされた山吹のうえに俺は寝ている。山吹の無念を俺の中に取り入れるためだ」
思いつめた龍才の言葉にあかりはどう言っていいか分からなかった。あの小夜こと月島でさえ、おののいた遺体状況である。だが、その恐ろしさより、龍才たちには、怒り、恨みのほうが大きいのだ。
「これを見よ」
山吹の遺体といっしょに貼ってあった紙を龍才はあかりに手渡した。
「これは……密教で使うような文字に見えますが」
「呪の護符だ。これが山吹の遺体と一緒に壁に貼ってあったのじゃ。だから、我らだけで風魔を片付けねばならぬ」
――呪いが裳羽服津一族に及んでは困る――
そういうことか。
あかりは納得した。
「今、風魔と言われましたが、ここに〝風″と書いてあるのがその証ですか」
「そうだ」
「その風魔たちは若い江戸風の町衆ではありませぬか」
「なぜ知っている」
あかりは一呼吸置いた。
「雲才さまが江戸城、平川門の前で殺されたのです」
「なんだって!」
三人は驚愕の表情を浮かべた。
「二十四、五歳の江戸風の若者が二人、いえ、本当はもっと多いのかもしれまぬ」
「四人だ」
龍才はすかさず訂正した。暗闇の中で二度も奴らと対峙したのだ。
「きゃつらは雲才さまがわたしを呼び出したのを知っています」
「それで大奥を抜けてきたのかい」
サエがいぶかしげに尋ねた。
「ええ……」
自分の窮地を何とかしたい為に、裳羽服津の誰かに連絡をつけたかったのだが。今や自分に近しい裳羽服津の四人が窮地に立たされている。何とも複雑な様相を呈していた。
「これからどうされるのですか」
あかりは龍才に尋ねた。
「雲庵で風魔が来るのを迎え撃つ所存だ。どのみち俺はこの体で動けん」
「後、ちょっと……雲才さまが面倒みていた小夜って人が、ここに帰ってくるかもしれないのも気になってるんだよ。龍才さまは」
勘介が面白そうに口を開いた。
「えっ」
「なんでも女だてらに医術の腕が、かなりすごい人なんだって。ね、龍才さま」
「オマエはどうしてそう余計なことを……」
「大丈夫です」
あかりが口を開いた。
三人は驚いてあかりを見た。
「小夜さまは、安全なところへお移しいたしました。こちらには絶対に近寄らないように言いわたしております」
「お、おまえ小夜どのと知り合いだったのか」
「はい」
あかりはにっこりと笑った。