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ふたりだけの時間

「だめじゃ靜山、あそこに行っては危険じゃ。呪いがかかっておるのじゃ」


小夜は雲庵に行くというあかりを必死で制した。今でも暗闇でみた串刺し血まみれの山吹と、恨みに満ちた護符を思い出しゾッとした。


「大丈夫でございますよ。わたくしはこう見えても呪い返しの術を持っておりますし。山吹をそのままにはしておけません」


それは小夜とて同じ気持ちであった。火事からずっと一番身近にいて助けてくれた愛しい山吹。それを思っただけで涙が出てきた。


「だけど一人で行くのは絶対にダメじゃ。山吹を殺した奴らがまだおるかもしれん。わたくしも一緒に……」

「いいえ。月島さまは来てはなりません。これは我らが一族の問題なのです」


 きっぱりとあかりは言いきった。今までそのような口の聞き方をした事がなかったあかりの迫力に小夜は飲まれた。


「だが、怖いのじゃ。そなたまで失ったら、もうわたくしは生きていけぬ。墨越も山吹も……皆いなくなってしまった」

「月島さま」

 あかりは膝に置いている小夜の手をとった。


「大丈夫です。わたくしもやっと月島さまにお会いできたのに死ぬつもりはありません」

 ふたりはじっと見つめ合った。小夜はあかりの首に手をまわして抱きしめた。


「絶対に死んではならぬ」

「……はい」


 幸せそうにあかりは答えた。小夜はあかりの髪を何度も撫で、そのままあかりの頬をなぞった。美しい丸い頬を感じながら胸が熱くなってきていた。


 あかりは気持ちよさそうに目を閉じている。深いまつげがかすかに動いた。

 小夜はそのままあかりの唇に口づけた。永い時を埋めるかのように、ふたりはお互いを味わった。

深く、深く、何度も。


 あかりの左肩の着物を外そうとした時、小夜の手をあかりが止めた。

「いけません。お体にさわりまする」

「もう大丈夫じゃ」


「いいえ。月島さまは死にかけたのですよ」

「こんなトコで止めるほうが、体に毒じゃ」


 その言葉にふたりは顔を見合わせると、ぷっ、とふき出した。そのままあかりは小夜を押し倒した。

「だめでございます。わたくしが、おぶさっておりますゆえ、もう月島さまは動けませぬ」


 二人は嬌声を上げて笑いながらもがきあった。

 あかりに押さえられた四肢を、小夜はどうしても自由にすることが出来なかった。


「わかった、わかったから手を解いてくりゃれ」

 あかりは小夜の手を自由にすると、そのまま小夜の体躯をぎゅっと抱きしめた。小夜は、大奥にいた頃より少し肉がついたようだった。それでも十分に細かったが、外での生活のほうがストレスが少なかったようだ。


「わたくしが、お守りいたします」

「うん」

 満たされたように小夜は目を閉じてうなずいた。


「わたくしもそなたを守りたい。だから大奥へ帰る」

 耳元でささやかれたその言葉にあかりは驚いた。


「え」

「そなたをひとりあの魔窟で戦わせるわけにはいかぬ」


 あかりにとってはもちろん、大奥のすべてを知りつくしている小夜にとっても、状況が生半可でないことが分かっていた。


「いいえ。戻ってきてはなりませぬ。先ほども申しましたが、月島さまは火事の出火元とされているのです。もし生きて戻ればどんなお咎めがあるか分かりませぬ」


「それは大丈夫じゃ」

 小夜には何か算段があるようであった。


あかりはじっと小夜の顔を見つめた。もちろん、あかりとしてはずっと小夜と一緒にいたかったから大奥に帰ってきてもらいたかった。だが、それは再び激しい戦いに駆り出すことだ。何より、小夜には大奥勤めは向いていない。


「まだ、いけません。月島さまのお体では」

「そなたがいるので大丈夫じゃ」

 いたずらっぽく小夜は笑った。


「いいえ。もう少しだめでございます。その代わりわたくしが月島さまにふみを差し上げまする」

「文?」


「はい。月島さまが大奥に帰るころあいを整えまする。だいたい、月島さま、どうやって大奥に帰るおつもりだったのです?」

 そう問われては、小夜はぐっと黙った。


「そなたイジワルじゃな」

 すねた顔でふくれる小夜はなんとも可愛らしく、あかりは小夜の唇をちゅっ、とついばんだ。何度もお互い口づけを繰り返すと再び火がともりそうだった。


「次はいっぱいいたしましょう」

「そなたは本当にイジワルじゃ」

 あかりに組み敷かれて手足の自由の利かない小夜はうわずる声でつぶやいた。


 なんとかあかりの下から手を出せたので、お返しをするように目一杯あかりを抱きしめた。

「絶対に迎えをよこすのじゃぞ」


 考えることは、山のようにある。

 だけど、今は


 温かいふたりだけの時間を共有していたかった。

 それが何よりも大切なことだった。

 小夜は目を閉じた。


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