肌のぬくもり
第七章
「寒い……寒い、寒い」
小夜の唇は紫色でがちがちと歯が鳴った。
低体温になっていた。
布団に寝かしつけたものの自力で体温を上げられないのだ。
あかりはお種に頼んで火鉢を持ってきてもらったが、小さな炭火ではなかなか室温を上げられない。
意を決してあかりは衣服を脱ぐと布団の隣にすべりこんだ。
「絶対に死なせませぬ」
小夜の腰紐を解くと肌と肌を重ねた。密着するほど体温を上げることが出来るはずだ。ぞくりとするほど小夜の体は冷たい。しかし放すことは出来なかった。
『すべてわたしの熱を差しあげます。だからどうか……どうか死なないで』
あかりは目をきつく閉じると、小夜の頬に唇をつけた。
どれくらいたったのだろう。小夜の血潮がほんのりと暖かくなった気がした。縮じこまっていた筋肉も緩んで唇に赤みが戻った。
あかりは安堵した。皮膚を隔ててはいたが、ぴったりと重ねていたため、どこまでが自分の体かが分からなくなっていた。お互いの血さえ交換しあっているように感じる。
――このまま、こうしていよう――
緊張がとけると急に眠気が襲ってきた。そして、小夜を抱いたまま眠ってしまった。
「ここはどこじゃ」
小夜は目が覚めると部屋を見回した。もう外は明るかった。
「気がつかれたんですね」
何かを思案している風だったあかりは相好を崩した。
起き上がる小夜に半纏をかけやりながら答えた。
「こちらはお種さん、って方のお家の二階です。お種さんは女髪結い師で、頼りになるおかみさんなんです。わたくしも昨日の下男の源平を紹介してもらったんです」
小夜は昨夜あかりと一緒にいた初老の男を思い出した。しかし、大奥にいたあかりがなぜ女髪結い師や下男と懇意なのか分からなかった。
「いま、暖かい白湯とおかゆを持ってまいりますね」
「靜山」
小夜が何かを話したそうにしたのをあかりはさえぎった。
「大丈夫です。こちらにわたくしや月島さまがいることは誰も知りません」
そう言ってぱたぱたと階段を下りていった。
その間、小夜はふいに何かを思い出していた。
ずっと自分のそばで包みこんでいてくれた存在―暖かく安心で、それでいて甘酸っぱいような…
『そうだ。靜山であった』
しっとりした肌の感触が思い出された。
素肌を合わせて抱き合うのは何ともいえず気持ちがよかった。
「おまたせしました」
明るく膳を運んできたあかりを見て、小夜はちょっと気まずそうに顔をそらした。
おかしなことを口走ってしまいそうだった。
大奥にいるおまつは、落ち着かなかった。
あかりことお靜の方が出ていってもう半日になろうとしている。下働きの娘に化けてお宿さがりの名目で出ていったのだが、いつ敵方の年寄りにばれるか分からない。考えただけで肝が縮こまりそうだった。
「もし、村岡さまや他のお年寄りが来られたらどうします? いいえ、お年寄りならなんとか仮病でも誤魔化せまするが、上さまが見舞いでもしたい、言われたらどうするのです」
「流行性の風邪ゆえ上さまに感染っては一大事、見舞いはご辞退申し上げる、と言えばよいのじゃ」
「そのように上手い具合にいきますかどうか」
出ていく時の会話を思い出しておまつは気が重くなった。靜山の大胆さは月島以上である。門前殺人の事件も控えている今、いつ誰が取り調べに来てもおかしくないのである。
「あああ、早く帰ってきてください……お靜さま」
おまつはウロウロと部屋の中を歩きながら手を合わせた。
実際、大奥からひとりで出たあかりは、町を案内してくれる人が必要なことに気づいた。
知り合いのいない者にとっても、そこは江戸、口入屋など人を斡旋してくれる場所に事欠くことはなかったが、いかんせん信用がおけなかった。
そこで考えたのが、女髪結い師だった。
彼女たちは情報通であり、女性ならではのネットワークを持っているだろう、と推測したのである。髪結い所に入ったあかりは、そこで店で一番のやり手と思えるお種を発見したのである。
案の定、お種は面倒見のよい中年女性であったし、ひと財産を築いていたらしく持ち家さえ持っていた。その二階に気前良く、小夜ともども泊めてくれたのである。それには何より、あかりの渡した多額の金子も効いていたが。
「火事の後、どうされていたのですか」
ひと段落ついた後、あかりはどうしても気になっていたことを聞いてみた。
小夜はあかりの眼を見つめると、はぁと息を吐いた。
「何から話せばよいのやら……」
そう言ったあと、今までの顛末を話し始めた。