雲才の最期
「そのつづらの中身を見せよ」
がっしりとした体格のよい男が短刀を持ったまま鋭い目で睨んだ。
雲才は何も答えずじっと間合いを測る。
『四人にはどう考えても勝てぬ……ここであかりに嫌疑がかけられる訳にはいかぬ』
「分かった。今、つづらをはずす」
雲才は背からゆっくりとつづらを下ろす。地面に着くか着かないかの瞬間に、がっしり男に向かってつづらを投げつけた。
「そらよっ!」
その一瞬、男たちの体勢が崩れた。雲才は投げつけた男の横を突破して……――としたが、すぐ隣の男が雲才の行く手を阻んだ。
冷酷な目だった。
雲才と一瞬目を合わせたが、そのまま喉を刃で切り裂いた。
「ぐはっ!」
血煙を吐いて雲才はどっと倒れた。
「何やってんだ隼人! 殺したら何もならんだろう」
がっしり男が叱責した。
「こいつは吐くくらいだったら死ぬ。それがしのびだ。……雲庵と、この男が取りつぎを頼んだ者の名が分かれば問題ない」
隼人と呼ばれた若者はフイッとそっぽを向いた。
「ふん」
リーダー格だったがっしり男は面白くなさそうに鼻を鳴らした。
「小矢太そいつの身ぐるみを確かめろ。長吉と隼人は門番の口を割らせろ」
リーダーは他の三人に命令した。
「つくば屋が殺され、おかしな男がわたくしの名前を聞いていったと?」
血相を変えた門番が靜山に事の真相を知らせのは、それからすぐの事だった。男たちは口を割らせた門番をわざと生かしておいたのである。
「そ、それで、つくば屋はどうなった」
「門前に喉笛を切られて倒れておりました」
――雲才さま…――
あかりは目をカッと見開いたまま固まった。隣にいたおまつは倒れないかと心配したが、あかりはそのまま息を吐いた。
「つくば屋の亡がらはどこにある」
「平川門の庭に運ばれたと聞いております」
じっと黙りこんだあかりは、ぐっと門番に迫った。
「そなた、そのニ人の男たちを見たのであろう。どんな風貌であった」
「わ、若い町衆姿でありましたが…しのびであったやもしれませぬ。相当な手だれです」
「しのび…」
あかりは何かを考えるような目をしたあと人相を尋ねた。
「ひとりは眼光暗く整った顔だち、年は二十四、五かと。もう一人は面長でやや垂れ目がち、年はやはり同じくらいであります」
「言葉になまりなどなかったか」
「いいえ。江戸育ちかと見まごう口調でありました」
はあ。
これでは分からない。
江戸城門前で起こった殺人事件。あかりは窮地に立たされたのだ。門番は、表の役人にも同じことを言うだろう。
いくら大奥は治外法権とはいえ、あかりにとって不利であるのは変わりない。重い気持ちになりながら雲才の遺体の検分に向かった。
目は閉じられていたが、喉を鋭利な刃物でパクリと切られた雲才を見た瞬間、あかりは激しい慟哭を感じた。
『これは、ひどい。なぜこんなことに……』
医術の師匠でもあった雲才。あの温和でやさしい顔は、もう二度と見られなくなってしまったのだ。涙をこらえながら手をあわせ、全身を確かめた。
『雲才さま、何か手がかりは、ありませんか?』
奥歯の奥まで確かめたが期待していたものは何も出てこなかった。門番が言う手荷物のつづらは持ち去られたのか無くなっていた。
あかりは、悲しみとは別の、つまり事件と関連する胸騒ぎを感じた。こんな時、誰にも相談できないのはなんと不安なものか。
そうだ!
『つくば屋の根城、雲才さまの診療所が神田にある、と手紙にあった。そこに誰か裳羽服津の者がおるやも』
あかりはつくば屋の住居記録を調べるよう御使番に言い渡した。
よしんば記録が見つかったとしても真実の住所を書いているとは思えなかったが、神田と雲才と診療所という情報があれば何とかなりそうな気がした。