追随する影たち
「では行って来る。帰りは少し遅くなると思うんで戸締りを忘れんようにな」
次の日。
雲才はつくば屋の商材の入ったつづらを背負うと出て行った。大奥のあかりに事の詳細を報告するために。
そんな雲才を少し離れたところで見ている男たちがいた。
四人の町衆姿。まだ若い様子の彼らはうなずき合うと雲才の後をこっそりつけはじめた。
そんな事を知らない山吹と小夜は、落ち着かない様子で雲庵の玄関に入った。
果たしてあかりはどう反応するだろう? 考えると気が気でなかった。
「小夜さま今日は妙安寺の日でしたね」
「本日は休みにさせてもらう。龍才どのも気になるゆえ」
「私が診ておりますので、どうぞお行きください。子どもたちに新しい歌を教える約束だったのでしょう」
「しかし……」
「雲庵はお休みですし……龍才さまも私と二人きりのほうが何かと気を使わずに済みますゆえ」
「そうまで言われては行かぬ訳にはいかぬな」
小夜は苦笑すると妙安寺に行く気持ちを固めた。
『いい気晴らしになろう。靜山のことをずっと思い煩っているより子どもたちと居るほうが気も紛れるだろう』
支度をすると小夜は雲庵を出た。真冬の寒さがきりりと身に染みたが、空は青く高くいい天気であった。
雲才の庵と妙安寺はほんの五五〇間(一キロメートル)ほどしか離れていない。往来の人々を観察しながら歩いているとすぐに着いてしまう。大奥に入ってからは外出もままならない身分だった小夜にとっては町は何度見ても楽しめるものが溢れていた。
「小夜どの!」
ふいに野太い声で呼ばれた。往来を振り返えると砲術師範の江川太郎左衛門が駆けてきた。小夜のもとまで来るとはずむ息をしたまま矢継ぎ早に質問した。
「これから妙安寺に行かれるのですか」
「はい」
「拙者も今から行くところだったのです。ご一緒してよろしいかな」
「ええ。もちろんです」
江川は小夜の荷物を受け持つと肩を並べて歩きだした。
「あれからしばらく妙安寺に来られなかったのですね」
「あ、はい。少し忙しかったものですから」
「そうですか」
そのまましばらく無言のまま歩く。
再び口を開いたのは江川だった。
「あの、今日は少し時間をいただけませんか。あ、いや、子どもたちに教えた後でかまわないのです」
「何か?」
江川は気まずそうに目をそらす。そして「んん……」と、うなった。何か言いにくそうである。それを見て小夜はくすっと笑った。
「分かりました。今日は子どもたちに歌を教えた後、お話を伺います」
「いや、かたじけない」
江川は照れたように視線を下に向けたまま頭をぺこっと下げた。
高位の砲術師範が一介の女人である小夜にここまでする理由はふたつしかない。ひとつ、小夜に惚れている。ひとつ、エゲレス語をはじめとする外国語関連の相談。
小夜は二番目の理由であろう、と推測した。
あーあ……
前回のハルマ云々の口を滑らせたのは失敗だった。小夜は少し重い気持ちで妙安寺の道を歩いた。
ひゅん!
飛んできた光りものを雲才は一瞬で避けた。間髪入れずに町衆姿の男たちが出てきて雲才を襲う。
「やはり、忍びか!」
雲才の身のこなしを見て男のひとりが叫んだ。
江戸城の門前。門番の取り次ぎを待っている間に男たちは雲才に飛びかかった。