達成感
第六章
雲才と山吹が処置台に龍才を運ぶ間に、小夜はありったけの行灯や火鉢に火をつけ診察室に持ってきた。棚をあけて布を探す。
「肩から背中の傷が深い。こっちから手当てしよう」
「けど右腕も肉が口をあけています」
山吹が叫んだ。
「切られた両側の皮膚をきっちりと合わせて……何か貼りつけておくものがあればよいのだが……」
小夜が周りを見渡した。
「卵の薄皮がある。あれを全部使いなさい。右から三番目一番下の引き出しじゃ」
言われたまま乾燥した皮膜を取り出す。水に浸し、次々に雲才に手渡す。
「ううっ」
出血と痛みのため龍才は意識が半分無くなりかけていた。
「次は肩だ」
背中の右上から左下に向かって三寸半(10cm)ほど切られていた。肩甲骨があるためそこで刀が止まったのか、一部白いものも見えていた。
「うっ……」
山吹がうめいた。今まで気にならなかった血の匂いに酔う。
「出血がひどい。血が止まらねば死ぬぞ」
「小夜さま、縫えませんか」
山吹がとっさに尋ねた。
雲才は驚いた顔で山吹を見た。
「縫う?」
「はい。糸と針で傷口を縫うのです」
「いや、その前にこの中からの出血を止めねば傷口を縫ってもだめだ」
小夜は何かを思い出すかのように真剣な眼差しで傷口を見ていた。
「中からの出血……」
骨膜や血管が切れている為、下からじわじわと溢れてくる血を見て山吹も押し黙った。
「山吹、線香を用意して火をつけてくれ」
山吹は合点がいかない顔をした。
「そうか、焼くのじゃな」
雲才が叫んだ。
小夜はうなずいた。
靜山が刺された後、読んだ外科の本に、焼いて止血する方法がのっていたのを思い出したのだ。雲才はしのびの術として、もともと焼き止めという止血方法を知っていた、が、それはあくまで皮膚の外傷用としてだった。現在ではレーザーがそれにとって代わっている。
山吹は急いで奥へ走っていった。
山吹が返ってきてからの小夜の行動は素早かった。
焼酎で消毒をすると、出血している部位を確かめて線香の火で焼いていった。
龍才はとっくに意識がなくなっていた。
「雲才先生、カイロを沢山作ってこの方に当ててください。出血のため体温がどんどん下がっております」
「お、おお」
小夜の補助をしている山吹は手が離せないため、雲才が外回りを受け持った。
「もう…これでいいか」
血が出てこない。大丈夫なのか分からなかったが、よしとせねばならなかった。皮膚の縫合を終えると、腕の縫合に入った。
小夜の額に汗が光る。最後に膿み防止のドクダミが塗られ厚く包帯をして処置は終了した。
雲才は龍才の脈を取った。出血したため弱々しかったが、死に脈は出ていなかった。呼吸もしっかりしている。カイロのおかげで体全体も暖かかった。
「ふう」
どっと疲れが出て雲才は椅子に腰を落とした。
「大丈夫みたいですね」
小夜がじっと龍才の顔を見ながら言った。
「ああ、やれやれじゃ。一時はもうダメかと思った。あのように深く斬られておって助かることは、まずない」
「ここまで歩いてこられたので、背中の傷が影響して歩けぬようになるとは思いませんが……右腕は使えぬようになるやもしれません」
「ん…」
雲才はうなるしかなかった。
忍びの長ともなる龍才の利き手が使えなくなるかもしれない、その重き試練。
一方で小夜の今回の活躍に驚嘆していた。大奥の年寄りがなぜ、ここまでケガ人を処置する腕を持っているのか。
「小夜さまは、どこで縫合の技を修得された?」
小夜と山吹は意外そうな雲才をかえり見た。
「雲才さま、小夜さまはあかりさまを一度縫ったことがあるんです」
「なんと、それは大奥でか?」
二人は肯いた。
山吹は、小夜があかりを縫合したことの顛末を話した。
「状況はそうじゃったとして……素人が人間の肉を縫うなど並みの度胸ではない。いやはや……小夜どのはすごいお人じゃ」
「前回より腕が上がりましたね」
山吹が笑った。
「そろそろ医者として開業できるやもしれぬ」
小夜はくすりと笑った。
その顔を見て山吹はハッとした。
『そういえば火事以来だ。月島さまがお笑いになったは』
心に灯りがともった気がした。
顔をゆるませながら山吹はその後、テキパキと後片付けをした。