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将軍といえど

 午後から靜山は、家賢いえよしの散歩に随伴することになっていた。


「そなたにあやまらねばならん事がある」

 冷たさに映える椿を背に、綿入れを着た家賢は振り向いた。


「月島の探索を中止にすることになった」

「そんな……」

 靜山は真っ青になった。


「火事で死んだ者の四十九日も過ぎ、不明者の探索も区切りをつけるよう嘆願が出ておる」

「それは水野さまや村岡さまからですか?」


「町奉行所、普請ふしん奉行所からだ。町方は日々の業務が多大だと言われての。大体、江戸城でいなくなった不明者を町方で探すのはおかしい、と。言われてみればもっともじゃ」


「しかし、わたくし自身、火事のおり小者に背負われて城下にまで逃げましてございます」


「……それを言うとやぶ蛇だ。本来、奥の女人は焼け死んでも門外に出てはならぬ、と言われているくらいなのだ。したが、それはあまりに非情ということで、そなたの場合も大目にみられておるのだ」


 靜山は唇を噛んで下を向いた。


「普請方からは、本丸奥の再建が遅れると言われておる。不明者が見つからないからといって長つぼねの再建がいつまでも出来ぬとあっては困るのだ」


 はあ、と家賢は大きなため息をついた。将軍といえど自由に出来ることは何もない、その無力さについたため息だった。


「せめて月島の名誉だけは守ってやらねばならぬ。余は寛永寺より最高の戒名を月島に授けることにした。ゆえ、誰も火事の責任を負わすことはできぬ」


「上様……」

 靜山は目に涙を浮かべた。


「すまぬ……それで許せ」

 家賢は靜山の肩を抱き寄せた。それが家賢に出来る精一杯の愛情なのだと……靜山はよく分かった。


――月島さまは死人になってしまった……大奥での居場所が無くなってしまった――


 栄誉に満ちた大奥御年寄りの座を、靜山は守ることが出来なかった。


「本当は余も信じておらんのだ。月島が死んだ、など」

 そう思わないと家賢も正気を保てなかった。


「きっと月島はどこかで生きておる。そして、いつか我々に会いに来る。……余は、そう信じておる。それまで、そなたと一緒にいたいのだ。せめて…本当の側室としてそばにいてくれ」


 家賢は抱いている手に力を込めた。

 靜山は嬉しかった。


 使命としてではなく、ただの女として本当に必要とされたことは無かった気がする。また一歩、家賢との距離が近づいた気がした。


 しかし、靜山は知らなかった。


一歩抜き出た寵愛は、嫉妬と羨望のただ中だと。そんな己が身を守らなければ、あっという間に底に沈んでしまうのだと。大奥が将軍と特定の女人の気持ちだけでやっていける場所でないことを。


 粉雪がちらほらと降りだしてきていた。




「よし」

 大奥へ持っていく小間物を点検しおえた雲才は、大きくうなずいた。


 明日あかりに会って、月島と山吹の無事を伝えしっかりお役目に励むよう、諭すつもりだった。


どん、どん、どん、どん!


 玄関戸を叩く音がした。日も暮れてだいぶたつのに急患であろうか。


「誰じゃな」

「雲才さま……龍才です」


 消え入りそうな声だった。

「なにっ」


 急いで戸をあけると、雪崩れるように龍才が倒れてきた。肩や腕が切られている。出血が多い。


「山吹! 来てくれ」

 玄関戸を急いで閉めると雲才は叫んだ。


 山吹と小夜があわてて顔を出した。


「奥の処置台に運ぶのを手伝ってくれ」

「分かりました」


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