呼応
小夜は目を覚ました。
誰かが激しく自分を呼んだ気がして。
『……そう……』
覚えのある感覚。
先ほどの感覚を反芻する。
「ああ、靜山だ」
小夜は目を見開いた。
その瞬間すべてが戻ってきたように感じ、同時に胸が締め付けられて肩で深呼吸をした。
「小夜さま?」
隣に寝ていた山吹が異変に気づいて体を起こした。
「どうしました?」
「靜山が呼んでおるのだ」
その言葉に山吹は固まった。
「なにか……泣いておる」
そう言うと、再度大きく息を吐いた。
「あか、靜山さまに、何があったのです?」
「わからぬ。だが、胸が締め付けられるのだ。わたくしに会いたがっておる」
小夜は自分の胸に手をあてた。
苦しかった。
山吹が冷えないように小夜の肩に上着をかけた。
「……帰らねばならぬ」
小夜はつぶやいた。
「まだ、だめです」
山吹はきっぱりと言った。
「あんなに靜山が呼んでおるのに、か」
「靜山さまには月島さまがこちらにおられる事をお知らせします。今度、雲才さまが大奥へ行って直接、靜山さまにお目にかかってくると言われていました」
「まだ知らせていなかったのか?」
驚きとも怒りとも思える瞳で小夜は山吹を見た。同時に自分がすっかりと靜山のことを忘れていた事も思い出した。
「わたくしは……今まで何をしておったのだ」
「ご病気だったのです。いえ、まだ治っておりません。だから、あかりさまの事は言わないようにしておりました」
「あかり? それが靜山の名か?」
ふたりはじっと目を見合わせた。しばらくして山吹は観念したように目を伏せた。
「はい。靜山さまはあかり、と申されます。育ったのは筑波山のある村で……わたしとは同じ村の出身です」
「密命を帯びておるのであろう。そなたたちも因果な宿命よの」
ずいぶんと前から見破っていたであろう小夜の言葉に山吹は何も答えなかった。
「だから、靜山はあんなに苦しんでおるのではないのか? そなたもいなくなって、たった一人……つらくないハズがなかろう」
山吹は息を飲むと唇をかんだ。
「墨越の墓前にも行ってやらねばならん……」
あれ程恐れていた墨越のことも小夜はただぼそりと言った。山吹は表情が凍るのを感じたが小夜が淡々としているので、どう対応していいのか判断しかねた。
「この先どうしたらよいものか」
それは誰にも分からなかった。ふたりしてじっと考えていたが、どうやってもいい考えが浮かばなかった。
「冷えまする、お布団にお戻りください。こういった事は夜考えるといけません。明日になったら、じっくりと考えましょう」
「けど、夜に泣いている靜山が哀れだ」
「だったら、わたくしどもで靜山さまに念を送りましょう。お布団に入って『わたくしどもはあかりさまをいつも見ております』と愛しい気持ちを唱えるのです」
「そんな事が出来るのか?」
意外そうな顔をして小夜は山吹を見た。
「月島さまが靜山さまが泣いている、とお感じになったのに、反対が出来ないはずありません」
山吹は笑って小夜を布団に戻すと夜具を整えた。
それからふたりは目を閉じると、じっと靜山に念を送った。
少しだけ胸が温かかった。
夢だったのか。
月島がじっと包んでくれていたような気がする。そばに山吹もいた。
朝、靜山が起きるとおまつが真っ赤な目をして泣いていた。
「夢に月島さまが出てきてくださったんです……内容はよく覚えていませんけど、夢の中でわたしはとても嬉しかったんです、ああ、月島さま、生きておられたんですね、ずっと待っておりました……でも目を覚ますと……お姿はなく……」
おまつは襦袢の袖口を目に当てると号泣した。
「何を泣く。月島さまは生きておられる、だから夢で何かを伝えようとなさったんじゃ」
胸元から懐紙を出すと、おまつに手渡した。あわてて、その懐紙で涙と鼻水を拭くおまつ。
「わたくしの夢にも、昨夜はちゃんと出てきてくださった」
「靜山さまの夢にも! して、どんなお姿で」
「……姿は……ない」
「はあ?」
おまつは目を丸くした。
「姿はないけど感じるのじゃ。月島さまの空気というか気の個性があるであろう? そうそう、山吹もおったぞ」
「山吹……もですか?して、ふたりは何と?」
「だから……勇気を持て、そなたたちは一人ではない、ということじゃ」
「はあ」
理解出来ないおまつであったが、なんとなく靜山の肯定感には元気をもらえるところがあった。このところふさぎがちだった靜山が久しぶりに明るい。それだけで、おまつは嬉しくなった。
部屋殿としてあがるのだ。お方さま、靜の方となるのだ。
――どうぞ、どうぞ上様の寵愛が潤おしいものでありますように――
おまつは祈った。
月島の叶えられなかった威光を、靜山には一身に受けてもらいたかった。