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検分

「気づいたか」


靜山が目を開けると家賢いえよしが座っていた。周りには万里小路や部屋子がいた。


「上様……」


「よう戻ってきてくれた。月島もそなたも焼け死んだと聞いて……余はもう生きているのが嫌になっておったのじゃ。ほんによう戻ってきてくれたの」


 家賢は目に涙をためて靜山の手を取った。


「上様、月島さまは生きておられます」

 その言葉に周りの者は動揺した。


 月島の死を信じることが出来ない靜山は未だ錯乱している、のだと。


「そなたの気持ちは分かる。余も未だに月島が死んだなど信じられぬのじゃ」

「そうです、生きておられます。上様、わたくしを本丸大奥に行かせてくださいませ」


 家賢は目を白黒させた。

――焼け跡に行きたい、と言うのか――


 靜山はとこから、がばりと身を起こした。


「お願いしたします。どうか……お願いいたします」

 頭をゆかにつけて懇願した。あまりに必死さに誰も口を開くことが出来なかった。


 家賢はしばらく考えた後、口を開いた。

「分かった。そなたが思う通りにすればよい。……余も、一緒に参ろう」


「上様!」

 万里小路が顔色を変えた。


「火事跡は危のうございます」

「この城の主として焼け跡を確認するのは当然の義務だ。まだ出火の原因もはっきりしておらんのであろう」


「いいえ、上様に何かあったらどうされます」

「その時は阿部らが何とかしてくれよう」


 阿部とは老中首座・阿部正宏あべまさひろのことである。二十五歳で老中についたやり手であり、万里小路とも懇意である。



 しかし今、家賢の身に何かあれば次期将軍は家倖いえさちに決定してしまう。それは避けたかった。


「いけません上様。まだ火ぃが完全に鎮火しておらんかもしれません」

「なら火消しを待機させておけばよい。靜山、体がよくなったら言うのじゃ」


「もう大丈夫でございます。今から行けまする」


――靜山、何を血迷っておるか――

 万里小路は叫び出したかった。


 靜山に急かされて、家賢もすっかりその気になっていた。もともと月島の死を信じたくないのは家賢も同様である。

 ふたりの素早い行動に万里小路は止める術もなく見送るしかなかった。




 靜山の執念の行動に家賢は茫然と付き従うしかなかった。


 一の長つぼねの検分は言うに及ばず、中奥、遺体の状態までも念入りに行ったのである。

 目を留めたのは遺体であった。


 十七体の遺体は炭のように黒くなったもの、半分焼けたもの、外傷が少しだけのもの、など色々な状態であったが、その大きさはまちまちだった。


 普通の女なら目をそらすだろうゾッとする遺体も、靜山にとっては何でもなかった。とにかく必死だったのである。


 身元不明の遺体は八体。衣服の一部が分かるものが三体。全部、月島に該当しない。


 残る五体は真っ黒の炭状で、月島と体格がよく似ているものが一体だけとなった。この一体は一の長つぼねから発見されていたので月島のものとも思える。


「こちらの御遺骸ごいがいのそばに何か落ちてませんでしたか」

「さあ……柱か何かの下敷きになっておりましたので落し物といいましても」


 しかばね回収係は首を振った。


「この御遺骸は一体だけあったのですか? 近くに他の遺体があったりは?」

「いいえ、この一体だけです」


――この遺体が月島さまだとしたら一緒にいた墨越どのの遺骸がないのはおかしい……それに山吹はどこへ逃げた――


 火事だと駆けてきた山吹が、生きているのは確実である。よしんば月島を助けにいって死んだとしても、大柄の山吹に該当する遺体もなかった。


 大体、身軽で聡い山吹が、あれくらいの火事で死ぬなど考えられなかった。


――月島さまは山吹といる。そして、どこかへ逃げた――


 これが、靜山の出した希望的答えだった。


「どうだ、靜山?」

 家賢は不安気に靜山の顔をのぞきこんだ。


「……分かりません。しかし、一の長つぼねで見つかった御遺骸は大切な方の者と思われます」


 墨越か月島。


 どちらかの遺体である可能性は大きかった。遺体が墨越あっても靜山にとっては衝撃的な事実である。墨越とも、昨日まで話したり笑ったりしていたのだから。近しい人が、こんな姿になってしまうなど、到底信じられない。


「どういうことだ?」

「この御遺骸は、月島さま、あるいはその御つきの墨越さまのどちらかである可能性が高こうございます」


 それを聞いて家賢と靜山は、悲痛な面持ちでじっとその遺体を見つめた。


「これがもし墨越だとしたら、月島はどこかで生きているかもしれぬのだな」

「はい」

 靜山はしっかりうなずいた。


 そう信じていた。

 ふたりは腰を下ろすと強く手を合わせて遺体を拝んだ。


――どうして、こんなことになったのですか。墨越さま――


 胸が痛かった。これが墨越であるなど信じられなかった。

 

 家賢は真っ黒な物体が月島ではないと思いたかったし、靜山は墨越の躯とも信じたくなかった。が、状況から考えると、そうもいかない。月島か墨越、大切な人であることは間違いなかった。



「この遺骸を丁重に葬らせよ。そして四十九日間、読経をあげ続けるのだ」


 家賢は立ち上がって命令した。

 そして決意していた。


 江戸城中、いや江戸中を探してでも月島を見つける。


 一方の靜山は、山吹の行方を探ることにした。

――裳羽服津もはきつとの連絡をどう取るか――


 山吹が窓口だったので、裳羽服津との糸が切れてしまっていた。

 

 黒川藩の養父・横井、ひいては水戸の為昭なりあきから裳羽服津に連絡を取ってもらうしかないのか……あまりに遅々とした道だ。

 靜山はじっと考え込んでいた。








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