死んだ月島
山吹らが雲庵を訪れたよりも、数日前にさかのぼる。
江戸城の平川門に血相を変えた女人が現れ騒ぎになった。
質素な旅装束、草履はいうに及ばず脚半までぼろぼろ、であるのに自分は大奥の御中臈である、万里小路さまに会わせろと言って聞かない。
門番たちは疑っていたが、やつれ汚れていても女人の容貌がいっとう美しかったので、もしや、とも思い、万里小路まで取り次ぐことにした。
あかり、こと靜山であった。
「あんた……何ちゅうことをしはるんや」
万里小路はあまりにストレートな靜山の行動にこめかみを押さえた。
「大奥から出ただけでも大問題やのに、真正面から江戸城に入ろうやなんて。あんたを預かってるわたしにもお咎めが及ぶんやで」
靜山は平身低頭するしかなかった。
だが、どんなお咎めも平気だった。御中臈から御末になろうとも大奥にいられれば、それでよかった。
「しかしまあ、よう無事やった。あんたやったら上さんをお慰めできるかもしれん。……ともかく早よ、風呂に入って着替えといで」
「あの……月島さまは御無事でしょうか」
いの一番に聞きたかった事だ。
万里小路はついっと後ろを向くと
「その話はまた後ほど」
と話を避けた。
靜山は嫌な予感で真っ青になった。
「お願いいたします。お教えください」
「そんな姿で月島に会うつもりですか?」
そうまで言われては、着替えるしかなかった。
西の丸の大奥は勝手が違うので万里小路付き部屋子に一から十まで従う。
久しぶりに身体を身ぎれいにし、旅のほこりを落とした。
やがて部屋子はひとつの部屋へ靜山を案内した。
上段に大きな仏壇が配された部屋。
万里小路は座って手を合わせていた。
「こちらへ」
自分の隣を開けると座布団に座るよう促した。
靜山は黙って従った。
「これは、月島の位牌」
万里小路はひとつの位牌を指し示した。
白木に小さく字が彫ってあった。月やら秀やら女やらが入っている。
――なんだ……これは……――
靜山は理解できなかった。
「うちらと一緒に逃げておればこんな事にならんかったんです。あの子ぉは愛情が深いから火事やて聞くと、長つぼねの部屋子らが心配で駆けていったんや」
万里小路はそう言うと、涙をこぼした。
「一の長つぼねはひどい火事やったから、遺体もよう分からん。一緒に行った墨越ものうなったみたいや…そやから、あんたもてっきりのうなった思てましてんで。……本丸大奥では三十人以上の女中が焼け死んだり不明になってます」
説明する万里小路の言葉を靜山はまともに聞くことが出来なかった。
「わたしが見つかったということは月島さまも生きている可能性があるってことですよね」
「そう思いたい……でも一の長つぼねに駆けていくところをわたしらははっきりと見てましたんや。火元や。助かる可能性はほぼない。……それに月島はわたしらに言いました、中奥に後で行きますから、てな。でも中奥に来た形跡はなかった」
「そんな事ありません。死んでません! 死んでません!」
靜山は絶叫しながら首を振って否定した。
万里小路は辛そうに下を向いた。
「月島さまは生きています。きっと他のところにおられます。……そうです。どこか他のところに」
何度も繰りかえすと靜山は気が触れたように立ち上がり「こんなものっ!」と位牌を壁に投げつけた。
そして
どさり、と倒れた。