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逃避行

第四章

 目を覚ましたあかりは飛び起きた。


 どこにいるのか分からなくて辺りを見回す。

 暗いが何となく見える。質素な住居はどこかの町家か旅籠はたごのようだ。


 隣の布団の中で龍才が眠っていた。

 自分を無理やりこんな知らない場所へ連れてきたのだと思うと腹がたった。


『こんなトコいてられない』

着物を探す。


「どこへ行く」

 ぎょっとして龍才の方を見た。

 暗闇の中でもじっと見られていることが分かった。


「大奥に帰ります」

 一刻も早く帰って月島の安否を知りたかった。


「帰ってどうする? また籠の鳥になるのか」

 龍才が何を言っているのか分からなかった。お役目を放棄せよというのか。あかりは、着物を着る手を休めなかった。


「あれだけの火事だ。おまえが死んだとて不思議はない」

「言われている意味が分かりません」

あかりは顔を歪めた。


「あかり」

龍才は体を起こした。


「お役目を捨て、俺と一緒に生きていかぬか。どこか小さな田舎で過ごせば、おまえと二人なら何とかなる」

 あかりの動きが止まった。

「龍才さま……」


『まだわたしの事をそれほど想っておられたのか』


「いけません龍才さま。抜け忍は一生狩られます。それに……親方たちを見捨てることが出来るのですか」

「覚悟のうえだ」

 低くはっきりとした声で龍才は答えた。そのような事あかりに言われるまでもなく分かっていた龍才だった。


「俺はな……ずっと迷っておったのだ。忍びとして生まれたこと、生きること。お役目の為ならどんな不本意なことでもやってきた。だがな、本当にそれでよいのか? 


俺たちは、たまたま忍びの里に生まれただけなのに、そうやって操り人形のように生きていく事が正しいのか」


 あかりは息を飲んだ。それは何千、何万と考えて答えの出なかった問いである。


「そう思っておった時、火事が起こった……これは天の采配ではないかと思った。おまえと俺、ふたりで生きよ、と」


 あかりは龍才の眼をじっと見た。

 少し夜が明けてきていた。


「例えそうであっても、今のわたくしには出来ませぬ」

「なぜじゃ! 俺が嫌か?」

「いいえ」

「抜け忍狩りが怖いのか?」


「いいえ」          

 立っていたあかりは龍才の前に正座をした。


「龍才さまは、わたくしの兄上さまではござりませぬか」


 龍才は一瞬、雷に打たれたように衝撃をうけた。

『なぜ知っている?』

 全身の血が凍り付いていくような寒気を感じた。


「何をいっているのだ?」

 

「親方と一緒に住むようになって、父上さまであろうな、と感じたことが何度もありました。親方が母の形見の刀と同じのものを、肌身はなさずに持っているのを見た時、わたしの直感が間違っていなかったことが分かりました」


「そんなことは知らない」

 龍才は信じたくないかのように首を何度もふった。


「龍才さま。申し訳ございません。一緒には行けませぬ」

「だめだ、あかり。もう、お役目など終わりだ。大奥は焼けてしまったのだから」


 その言葉に、あかりはハッと現実にかえったが、我を失っている龍才は気付かない。

 

「たとえ大奥が焼けたとしても、大奥そのものがなくなったわけではありません。もう、いかなくては」


 立ち上がったあかりの手を龍才はつかんだ。


「いくな、あかり。今を逃すともう二度とも自由になれぬぞ」

「すみませぬ。龍才さま。たとえ妹でなくても、わたくしの心は、龍才さまに差し上げることはできません」


 それを聞いた龍才の顔は、以前にも見たことがあった。めおとになってくれと言われて、つき押した時の、その表情だった。


「誰か、好きな者がおるのだな」

 あかりは視線を落とした。

 龍才はうなだれるようにだまりこんだ。


 そんな龍才を振りほどくように、あかりは髪と小袖を整えると障子を開けた。二階から見た景色は、そこが街道沿いの旅籠であるのを教えてくれた。


 龍才は馬でここまで来たのだろう。冷気が入ってきて上半身を包み込んだ。旅籠で見ると豪華すぎる打ち掛けだったが、防寒のため裾からげをして羽織った。


「馬をお借りします。お助けいただきありがとうございました」

 頭を深々と下げると、あかりは部屋を出ていった。


 階段を下りていく足音。

 龍才はそれを、じっと聞いているだけだった。



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