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それぞれの役目

「よかった、それほど傷は分からぬようだ」

 抜糸を終えた月島は、うつぶしている靜山の背中の傷を確認した。


「………」

「どうした? 」

「傷など治らなくてもいいのです」


 月島は目を見開いた。

 側で片付けをしていた山吹やおまつの動きも止まった。


「何を言う」

「わたくしが傷ものになったら、月島さまの経歴にも傷がつきますか」


 少し黙りこんだ後、月島は靜山の体に静かに襦袢じゅばんを掛けた。


「なぜ無言なのです。なぜわたくしをお避けになるのです。ややこしい女だからもう係わり合いになりたくないのですか。目も合わせてくださらない。…それならいっそここから追い出してくださりませ」


 靜山は今にも涙がこぼれそうな目で、きっと月島を見あげた。

 おまつはちらりと月島を見ると、山吹を連れて部屋を出て行った。


 しばらく無言で座っていた月島は小さく息を吐いた。

「すまぬ、わたくしが悪いのじゃ」


 確かに事件以来、月島は靜山を遠ざけていた。カラクリ棚や山吹の存在を知ってしまってから、どのように扱ってよいのか分からなかったのだ。怪しい女人が家賢の寵愛も深いということも、年寄りとしては混乱する。


それ以上に別の気持ちもあった。


「わたくしは自分の気持ちが分からぬ。そなたに対してどう接していいかも分からぬ。こんな思いは初めてだ。そなたを愛しく思う気持ちとそれを歯止めしなければならぬ、という思い、それがないまぜになっておる」


 靜山は襟元を持ったまま少し顔をあげた。


 愛しく思う気持ち?

 その言葉に靜山の心は高鳴った。


「本当にござりまするか? 」

「本当じゃ。だから困るのじゃ」


「わたしは困りません。お慕いしてるのです」

 靜山は襦袢を跳ね除けて、月島の腰に抱きついた。みずみずしい肌が露出した。


「いたっ!」

 月島は顔をしかめた。


「月島さま?」

 異変に顔をあげる。下腹部に何かあったようだ。


「す、すまぬ。……少しどいてくりゃれ」


 月島は苦笑いして、靜山の頭をやさしく撫ぜた。


 じっと観察するような目で見ていた靜山は、上半身裸のまま驚くべき速さで起き上がった。

「失礼いたします! 」


 言うが早いか、あっという間に手は月島の裾を割って、恥骨や秘部のあたりを確かめた。信じられない非礼に月島はしばらく何が起こったか理解できなかった。


「何をするのじゃ! やめよ」

「これは……」


 手についたのは血の混じった帯下たいげだった。

                         *帯下=おりもののこと


「いつからですか。御匙医には見せたのですか?」

 語気も荒く靜山はせまった。


「……二日ほど前からじゃ。すぐ治る」

必死で秘部を隠しながら後ずさった。


「いけません。放置しておいたら」

「交わったあとはいつもなのだ」

「え」


 観念したように月島は打ち明けた。


「上様に所望されたのじゃ」


 靜山にはすぐに理解できなかったが、部屋子たちがなんとなく様子がおかしかったことを思い出した。


「本当は辞退せねばならぬ立場なのに、大きな声で言えぬ」


 何だか靜山は悲しくなってきた。

 月島の体では、床の相手をすることは無理なのだ。奥の仕事の総責任のうえ、夜の相手までは荷重すぎた。


「お願いでございます。わたくしの薬を使ってくださりませ。きっとよくなりますゆえ」

「ん……」


 靜山の薬は信頼していたのか、月島はすぐにうなずいた。


「もう、あまり無茶はしないでくださりませ。わたくしから上様に申し上げます」

「それはダメじゃ」


「いいえ。体を壊しては元も子もありません」

「体を壊してでも、しなければならないこともあるのだ」


「それは何ですか」

「それは……大きな願いのため」


「大きな願い? 」

「それは、そなたにとっての〝お役目〟と同じようなものかもしれぬ」


――お役目――


 裳羽服津である身。靜山にもその重さは分かっていた。そう。水戸為昭みとなりあきに命を賭してもやりとげる、と誓ってきたのだから。


「だから、上様にはだまっておいてくれ」


 じっと見つめ合うしかなかった。不承な気持ちであったが、月島の言うことは分かった。しかし、月島のいう大きな願いが何かは想像できない。


「分かりました……」

 そのまま着物でくるむように月島を抱きしめた。


「もう少しこのままでいさせてください」

 大切に包んで癒したかった。


 月島はいいようのない安心感をじっと感じていた。重い鎧が無くなっていくような感覚だった。


 靜山には、なぜかすべてをあずけられる気がした。


 魂の片割れのように。




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