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探り

「上様? 」

ぼうっとしていた家賢は、自分を覗き込んでいる藍色の瞳に引き込まれた。


月島だ。大奥女中は将軍を部屋まで見送るのが礼儀だった。


「どうされました? ご気分がすぐれませんか」

「……」

甘やかで懐かしい香が、月島の肌の下から漂った。

不意に家賢の中で何かがはじけた。


月島の手首を掴むと、自分の御子座敷まで一気に連れ込んだ。

「誰も来るな」

月島部屋の女たちは動揺していたが、それ以上は追ってこなかった。


急くように月島の着物を脱がすと、畳の上で全身をまさぐり吸いあげた。

よほど飢えていたのか事が終わるのに数刻もかからなかったが、それで終わりではなかった。何度も何度も求められ、とうとう月島は気を失ってしまった。


ふっと気付いたときは、家賢の腕の中だった。

「気付いたか」

「うえさま?」


「大丈夫か……もう少しで御匙医を呼ぶところだった」

「大丈夫でございます」

御匙医を呼ばれると、他の御年寄の耳にもはいる。それは嫌だった。


肌襦袢をはおりながら不意に今、自分と家賢が二人きりであるのに気付いた。

『そうだ、今なら聞きたいことが聞ける』


月島はふわりと家賢を後ろから抱きしめ、囁いた。


「上様、最近わたくし新しい御札おふだを手にいれましたので何か祈祷きとうしようと思っております。何かよい願いごとはございませんか。大変によく効く御札だそうです」


「そなたが言う御札なら、よく効きそうであるな」

会話の間も月島は家賢の頬を指先で愛撫する。


「はい、大変によく効くと評判にございます。特にまつりごとに最適だと言われておりますが、わたくしは上様の健康をご祈願するのがよいと思っているのです」


「健康はもう十分に他でやってもらっておる。それより、そのようなことをされると……」

家賢に再び月島の体を触れつつ戯れた。月島はそのまま話しを進める。いつも味気ないセックスをさせられている家賢は、自由になって気も大きくなっていたのか、ついに口をすべらせた。


「じつはオランダ国王より国書がとどいての」

「国書?」

「そうなのだ。それが困った内容で……そうじゃ、そなたの意見を聞けばよかったのじゃ」

家賢は小姓を呼ぶと、さっさと国書を取りにやらせた。


蘭語から訳された内容を読んで月島はうなった。


それは世界情勢を説き、鎖国政策を廃止することが得策であると述べられており、開国を勧める内容だった。


「異国は蒸気船を作る技術を持っている、とありますが、船にも動力がつけてあるということでしょうか。わたくし、蒸気機関車という鉄の車が走っている絵は見たことがありますが、船は知りませんでした」

「鉄の車の絵こそなぜすぐに余に見せなかった」


「本物か空想画か分かりませんでした。まさか、そのような鉄の車が存在するなど。後で上様にはお持ちいたします。ええっと、開国について、でござりますね。蒸気船が本当であれば」


「蒸気船は本当だ。ただ、清国をやぶった話や、植民地の拡大云々はどうも話が大げさに書いてあると、老中たちは言うのだ」

「そうでしょうか。ずっと交易してきた蘭国が、今更大げさに書く理由があるでしょうか。しかも国王直筆です」


「それが問題なのよ。あちらに返答せねばならぬ」

「開国の勧め、あくまで勧めですので、お茶を濁しておくことは可能でしょう。本題は強い将軍がしっかりと国をまとめていけるかどうかです」


「では強い将軍とはどのようにするべきか」

「まずは国の防衛力をあげるべきかと。しかし、そういった新しい政策は必ず古い体制に阻まれ進みません」


「そうじゃ、そのとおり。金がないの、前代未聞だの遅々として進まぬ」


「ですので、しっかりと上様の意見を通すことが必要になってきましょう。それに、お世継ぎ体制も整えておかれることが大事かと。今後の幕府は異国問題を避けて通れませぬゆえ、お世継ぎの方にも異国対策を十分に学んでいただかねばなりません」


「はあ、それが問題じゃ」

憂鬱そうに家賢は顔をそらした。家倖が出来ないことは分かりきっていたのである。


「月島、そなたが子を生んでくれたなら家倖の跡目は形ばかりにして、その子を家倖の養子とし跡継ぎにする。そなたが産んでくれた子なら聡いに違いあるまい」


「力不足で申し訳ございません」

月島は深々と頭を垂れた。


「もう少し頑張ってくれぬか」

それは床入りをせよ、との意味である。しかし年寄りである自ら規則を破るわけにはいかない。それは家賢とて分かっていた。


月島は申し訳なさそうに目を伏せた。


「まあよい。今回ので懐妊することも考えられるのでな」

「上様、そのように悠長にしておられませぬ」


「余とて……分からぬのじゃ。異国対策など、どこにも教えもない。周りのものは口を揃えて鎖国することが祖法だと言う。少数の変人とも言われるものだけが開国を勧めている。これでは、鎖国でいくしかないであろう」


「少数の変人ではありませぬ。幾つかの藩主は開国も念頭においておりまする」

「そなたは開国派なのか」

「いいえ。開国すれば恐らく国は大混乱に陥るでしょう」


「では鎖国でいくのだな。」

「……はい。ですが、出来るだけ防衛力を高めるよう力をそそがねば」

「分かっておる」

完全に今までどおり鎖国でいけるとは思えなかったが、家賢にはこの意見が限界だろう。


結局、世継ぎのこともあれ以上は言えなかった。


『この先は鍋島斉正の動きを見てからでも遅くない(つまり暗殺計画)』


そんな恐ろしいことを考えつつある月島を家賢は抱きしめてきた。ゆっくりと揺らしながら甘えるように口を開いた。


「むずかしいことはもうよい。せっかくそなたと居るのだから。何か膳でもこちらに運ばせようぞ」

「上様がご注文すると、やってくるまでに半時はかかってしまいます。わたくしの部屋子に用意させましょう」


月島は妖艶に笑った。



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