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隠された才能

「困ったの」

万里小路は月島の報告を聞いてため息をついた。


「当分、上様には靜山はひどい風邪をひいたとお伝えください」

「しかし傷跡はどうしますん?」


「考えたのですが、灸が失敗したとするのは、どうでしょう?ひどい火傷を起こした為、傷が残ったことにするのです。御床は暗いですし、そう分からないと思います」


「分かる分からへんの問題やあらへん。上さんのお気入りの女人に傷がついた、ということが問題や。わたしらにも責任がかかってきます」

万里小路が強い口調で言った。


「そんなもの、黙っていれば分からないではありませぬか」

きっぱりした月島の口調に、万里小路は一瞬ぎょっとした。


「ほんに、傷は分からへんのか?懐剣で刺した傷やろ」

「見た限り、上手くいけばかなりきれいに治るでしょう。それに大体、上様はわき腹の後ろまで熱心に触られる方ではございませぬゆえ」


月島はくくくと笑った。

自慢なのか家賢への嘲笑なのか万里小路への嫌味なのか、区別のつかない発言に万里小路は顔をしかめた。


「あんたが言うんやったら間違いないやろ。そっちに任せるさかいに。ほんに、せっかく上さんの寵愛が向いてきたゆうのに運の悪い。村岡んとこの笹野ささのとかゆー娘が最近ちょろちょろしてかなわん」

笹野は年寄の村岡が呼び寄せた、若い部屋子であった。


「村岡の姪とか言うてるけど、まあうそやろ。証拠に村岡にちいとも似ておらん。けど、そんな事はどうでもええ。あの笹野とかいう娘自身が問題じゃ」


「はい。男好きする美人でございます。肉づきが良くなかなかそそられまする」

「こっちが天女風やと思うて、そっちできおったわ」


「もう少しでしたね」

楽しそうな月島に万里小路は不審がった。

「なにが、もう少しや」


「ご存知ないのですか」

「だから、何がや」


「靜山は御床も達者です。笹野がどういった素性の者かは分かりませんが、その気になれば上様の体を望外に喜ばすのも、さほど難しいものではありません。単にそうしなかったのは上様がそれほどお若くないのと、それをそれほど望まれていない、と考えたからでしょう」


何という自信。

自分の部屋づきが負けるはずがないと思っているのだ。


「そら、あんたが御床の作法まで教えたら、他の者は勝たれへんやろな」

「わたくしは、そのような事いたしません。靜山のことはわたくしより万里小路さまの方がご存知なはず」


万里小路はぐっとなった。

女しのびが特殊な体の技術を持っているとは聞いていた。

それが、あの靜山だとどうしても実感できなかったのに、月島には分かったのだ。


「風邪は止めて、貧血がひどい事にしましょう」

「は?」


「本当に出血しましたし。靜山は血が少ない病。そのため少しの間床入りはむずかしい、としましょう。うまくいけば上様の情けもひけますゆえ。美人薄命は世のならいでありますし」


「何という」

もはや口が出せなかった。


「それより万里小路さま、今回の件に関しては大きな貸しでございますよ」


自分が殺されかけたこと、と、靜山の素性を知っている万里小路に対する牽制だった。

はあ、と万里小路はまたため息をついた。


「分かってる。で、何が望みや」

「しばらくはわたくしの好きにさせてもらいますゆえ、お目こぼしを」


「どうせ好きにしてるやないの。それだけでええんか」

「もちろんにございます」

艶やかに笑うと月島は頭を下げた。




 可憐なプリムローズが一輪、枯れかかっていた。

 山のような見舞いの品に埋もれながら、靜山は物憂げだった。


「上様のおなりでございます」

 その言葉のすぐ後に家賢が靜山の部屋に現れた。ふとんから身を起こし立ち上がろうとした靜山に「よい、よい、そのまま」と家賢はたしなめた。後ろには月島らが付き従っていた。


「どうじゃ? 様子は」

「はい。おかげさまで少しよくなったように思います」


「うん、まだ顔色が幾分白い。御匙医は色の濃い野菜や動物の肝を食べれば元気になると言っておったぞ。食べておるか」


「上様、靜山どのは苦手な肝も頑張ってお食べになっております。ほんに素直な方でございます」

月島が口をはさんだ。


「ふふふ、怖い御年寄が付いておれば食べぬとは言えまい」

「上様」

とがめる言葉と同時に月島は笑った。


家賢は口端だけあげ静かに微笑んだ後、尋ねた。

「靜山、何か欲しいものはないか? すぐに用意させるぞ」


「いいえ、上様からは、もう沢山お見舞いの品をいただいておりまする」

「では、何か芸でもさせようかの」

「いいえ」

首を振っていただけの靜山の目に不意に意思が宿った。


「……どうした?」

「……月島さまの舞いが見たいのです」


一斉に皆の目が月島に注がれた。


狼狽したのは家賢だった。

「月島? 」


凍りついた表情をしていた月島は口を開いた。

「何を言うのです。わたくしは踊子ではありませんぞ」


「靜山、踊りが見たいのであったら踊り師匠に舞わせようぞ。そうじゃ、囃子方も一流をそろえよう」

「いいえ」

震えるように靜山は目を閉じた。


「失礼なことを申し上げました。踊りは結構にございます」

靜山は深々と頭を下げた。


どう言っていいか分からなくなった家賢は、また来ると残し、部屋を後にした。


―どうして靜山は月島の舞いが素晴らしいということを知っているのだろう。どこぞで聞いたのか―

家賢は忘れていた胸の痛みを思い出した。


そう、月島は軽やかに、情熱的に……また叙情をたたえ、陽気で、艶やかに舞った。

あまり感情や欲求を持たないように見える月島が、舞を舞っている時だけは別人のように生き生きしていた。


御三の間にいた月島が、家賢の目に止まったのはその舞の才ゆえだった。

      *御三の間…武家の子女の勤める一番下クラス、掃除や雑用、踊りなども披露した。


格式ある踊り元などに言わせると型破りが過ぎると不評であったが、誰が見てもその活力には惹きつけられた。そんな舞手だった。


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