生きる道
龍才が家に帰ると、炎才が呼んでいるとの言伝を受けた。
炎才の部屋に入ると、あかりが居た。
龍才は驚いたが、何気なく髪にさしたかんざしに目をやった。
艶のある黒髪に、銀製の花かんざしはきちんとおさまっていた。
「龍才、来たか。座れ」
跡取りとしての座場所は、炎才の右隣と決まっていた。
あかりとは向いあう形になる。
竹吉から聞いた話と違い、あかりは不気味なほど落ち着いてみえた。
「龍才、あかりは、今日からこの屋敷に住む」
「はあ」
「村はずれの一軒屋におなご一人でいると、何かと物騒のようでな」
その言葉を聞き、龍才はびくんとなった。
炎才は横目で、息子を見ていた。
「三五郎は修練の失敗で死んだのだ」
その言葉に龍才は息を飲んだ。
親父は、三五郎の事件の犯人を知っている?
「ではまさか」
あかりは、無表情で龍才を見つめていた。
そうだ、と返事したも同じであった。
それがどうした、という表情にもとれた。
「よいな、三五郎は修練中に死んだのだ。おまえ、あかりの面倒をみてやれ」
そのまま炎才は、ふたりを残し部屋を出ていった。
しばらく無言の時間が流れた。
「あかり……三五郎を殺したのか」
「はい」
「どうやって殺した」
「三五郎のうちに行って誘惑をし隙をみて殺しました」
あかりから三五郎のうちへ?
「なぜ?」
「…………」
あかりは口をつぐんだ。
「大体の話は竹吉から聞いている。おまえを責めているのではない。ただ、三五郎よりも非力なおまえがなぜそこまで出来たのか…三五郎を誘惑したとて相手は忍びぞ。そうそう簡単に気をぬくとは思えん」
しかしあかりは今度も口を開かなかった。
龍才はそれ以上の質問は止めた。
言いたくない事を、それ以上聞く必要もなかったからだ。
いったい、あかりは何を考えているのか。
この間まで無邪気に笑っていた少女は、人を殺め、何を考えているか分からない無表情な娘へと変貌してしまっていた。
三五郎事件は修練の事故ということで、裳羽服津衆内は解決した。
炎才と長老たちが、そう決めたからだった。
不透明な仕事をしている忍びには、長が決めたことを詮索しない、という不文律があった。
また、三五郎が独身であったこと、皆からあまり好かれていなかったこと、などから、決定に反対するものは無かった。
「なぜもっとあかりの面倒をみてやらん。薬草を取りに連れて行って欲しいと言われているのだろう」
不機嫌な龍才に、父親は声をかけた。
「……親父どのこそ、あかりに大甘ではないか。今頃になって父親面か?」
炎才はにやりと笑った。
「おまえは、本当に子供だ。あかりのほうがよっぽどしっかりしておる」
「では、あかりに後を継いでもらえばよかろう」
「おまえは、あかりの何を見ておる。あかりの忍びとしての腕は相当だとは思わんか?自分より実力のある三五郎を倒したのだぞ」
「それで、親父どのは喜んでおるのか」
「おうよ」
炎才は腕を組んで少し遠い目をした。
「人間はな、ぎりぎりで追い詰められた時、本来の力が発揮されるのだ。あかりは三五郎に体を奪われた。
しかし、その後でちゃんと相手を倒しておる。復讐心に燃えただけでは、三五郎を倒すことなど出来なかったであろう。事を達成するには氷のような冷静さと炎のような情熱が必要なのだ」
あかりは三五郎に体を……?
龍才はその言葉に衝撃を覚えた。
『だから、あかりは何も言わなかったのか?』
茫然とする息子を見て、炎才は少し声を落とした。
「おまえも、いい加減にあかりの事はあきらめろ。
いや……近くにいて、それは無理な話か……」
背を向け去っていく炎才。
初めて父親が息子に詫びているように見えた。
裳羽服津の長として生きると決めたときから
親としての愛情を優先させることはずっと無かった。
そしてそれは
皮肉にも息子が、母親の違う妹を慕う結果にもなってしまった。
あかりは乾燥させた益母草を、黙々とくだいていた。
薬草園にある小屋は、薬庫であり調剤所でもあったのだが、最近ではそこにすっかり入り浸っているあかりであった。
小屋は炎才の従弟である雲才が管理をしていた。
雲才は体が弱いため忍びとしての実践を行うことが出来なかったが、聡明で知識が豊富な男であった。
一族の医者も兼ねているといってよかった。
しかし、今小屋にはあかりひとりだった。
龍才はあまりにも熱心に作業をしているあかりにしばし見とれた。
台の上には色々な薬草と書が散らばり、一方では火にかけた土瓶がぐつぐつと音を立てていた。
「また、新しいくすりを作っておるのか」
龍才はあきれたように言った。
「龍才さま」
あかりは緑色に染まった手の動きを止めた。
「だって、女人の病に効く薬が全くないんです。雲才さまったら…揃えてないんです。
材料もぜんぜん足りません。芍薬がもっと必要なんですが、この時期じゃもう手に入らなくて…
来年に向けて今から植え付けないといけませんし。ああ、そうだ龍才さま!」
「な、なんだ?」
「今度、町で市が立つ日に、連れて行ってもらえませんか」
「市に?」
「はい。富山の薬売りも店を出すと聞いています。それを見たいのです」
「雲才どののほうが詳しいのではないのか」
「雲才さまは、お金を出し惜しみされます」
なるほど。
異様なあかりの迫力に飲まれ龍才は市に連れていく約束をしてしまった。
しかし、こんなにあかりは凝り性であったのか。
いや、水を得た魚のようだ。
蔦かずらの業や三五郎の件を考えると、別人のようであった。
龍才は知らなかったのだ。
二つの事件があったからこそあかりは目覚めた、ということを。
忍び、と女。
この二つが重なると、過酷で苛烈な運命は必至となる。
自分の体と心を守るのに、薬はなくてはならないものであった。
催淫剤や幻覚剤だけでなく、妊娠しないようにする薬や、月経痛を軽くする薬が欲しかった。
また、男に体をあずける任務を実行するにあたっての幻覚剤の工夫もしたかった。
今回はオオカミナスビを服用する事によって覚醒状態を保ち三五郎を刺殺した。
感情が麻痺し任務は遂行しやすくなる。
ただ薬は危険でもあった。
オオカミナスビを使用した後の気分の悪さといったらなかったからだ。
麻薬は量の調節や使用する部位がむずかしくまだまだ情報と実験が必要であった。
あかりは薬に没頭していった。