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龍才(りゅうさい)

「親父どの!どうしてあかりにつたかずらの業を行った!」


十八歳の龍才りゅうさいは目を血走らせて、裳羽服津衆の長であり父親の炎才えんさいの首元を締め上げた。


馬を走らせ飛び降りてから、一瞬のことだった。


「あかりはもう十五だ。そろそろ女として」

「そんな事を言ってるんじゃねえ!」


周りにいる長老たちが、あわてて龍才を引き剥がそうとした。


「あんたはっ! 自分の娘になんて事をしたんだ」


「…娘だからこそ、一族の掟には誰よりも従ってもらわねばならん。おまえこそなんだ龍才。後とりともあろう男がなんてザマだ」


「うるさいっ!」

龍才は自分を取り押さえていた男たちの腕を振り払った。


「あかりはあんたの何だ?使い勝手のいい道具か?

それじゃ、あまりにもあかりが可哀相だろう!本当の娘だという事も知らず、ずっと下人として一族の掟に従ってきたんだぞ」


「おまえはあかりが妹で、抱けなかったことに腹を立てているだけだ」

龍才はぐっと黙った。


「親父どのが悪いんだ……俺は、俺は、ずっとあかりを」

「だから、おまえの居ぬ間に蔦かずらの業を行ったのだ」


ぎりり、と歯を鳴らすと龍才は、「うわー」と叫んでおもてへ飛び出した。


悲しくて、悔しくて、死んでしまいたかった。

なぜ、俺は忍びなんかの家に生まれてしまったのだろう。

なぜ、あかりは妹だったのだろう。


炎才が憎くてたまらなかった。




 あかりは筑波山を駆け登っていた。

息があがる。


今日はこれで四度目だ。

サエが言ったとおり、倒れそうなほど激しい修練が始まったのだ。

ただし、月のものはまだ来ていなかった。


『どうして来ないの』

赤ん坊を孕んだかもしれない恐怖を覚えながら、毎日を過ごす。


あまりにも激しい運動のため夜はあっという間に寝付いてしまっていたが、それ以外の時間はずっと不安を感じていた。


『もし、出来ていたらあの薬を使わなきゃいけないんだろうか』

薬湯書の堕胎剤が何度も目に浮かんだ。


そんな日が続いて四日目。

ふいに月経がきたのだった。



「いたた」

遅れてきた月経の痛みは強かった。


山登りを免除されたあかりは、家で薬草を煎じていた。


「あかり」


「龍才さま」

ひきつった笑い顔で龍才はあかりの元を訪れた。


あかりは母親が死んでから、ひとりで小さな家に住んでいた。

裳羽服津もはきつ衆の集落内ではあったが、ひっそりとした場所にあった。


「何を作っておるのじゃ」

「痛み止めです」

「どこか痛いのか」

「ええ、ちょっと腰が……」

あかりはあいまいに笑った。


「いかん、いかん。俺が煎じてやるから、おまえは寝ておれ」

「でも、龍才さまにそんな事をさせては…」


「いいから。おまえは寝ておれ」

強く促されてあかりは、布団に入った。


土瓶に入った薬草をしばらく混ぜかしたり濾したりしていた龍才だったが、作業が終わると出来上がった薬湯をあかりに持ってきてくれた。



「さあ、飲め」

体を起こすのを手伝いながら、あかりに湯のみを差し出した。


血の気のない白い顔は、夕顔のようでいっそう儚げに思えた。


「ありがとうございます」

「そうじゃ、おまえに花かんざしを買ってきてやったぞ。おまえ、前に欲しがっておったろう」

「ええっ?」

龍才は懐から、布に包まれた花かんざしを取り出した。


銀色の地に、先に大きな円がついており、その中に牡丹の透かし彫りが品よく彫ってあった。

「わぁ、何てきれい」

「気にいったか?」

「はい」


町で金持ちの娘たちがつけている、ビラビラと揺れるような飾りのついたものより、シンプルで技術の高いかんざしのほうが、あかりは好きだった。


「あの…でも、龍才さま、こんな高価なものいただいてよいのでしょうか」

「あかり」

龍才は真剣な顔をした。


「おまえには、安物は似合わん」

不思議そうにあかりは首をかしげた。


「おまえはな、こんなドロ臭い、ひなで埋もれているような女じゃないんだ。

御殿女中のように贅沢で、きらびやかな世界こそ、おまえにふさわしい」

「龍才さま?」


「あかり、こんなトコにいたんじゃおまえは一生草モノだ。それじゃあんまりにも惜しい。

どうだ、俺といっしょに江戸にいかねえか?」

「江戸に?」


「ああ」

「龍才さまといっしょに?」

龍才は力強くうなずいた。


「俺とめおとになってくれねえか」

あかりはぽかんと口を開けた。


あまりにも突然で、理解できなかった。

龍才はあかりにとって、次期親方として敬う人物であって住む世界が違う人間であった。


「俺の事が、きらいか?」

「いえ。決してそのような……ただ、あたしにとって龍才さまは尊敬する方であって、その」


「尊敬なんかするな!」

龍才はあかりを抱きしめた。


「あ……」

その瞬間、あかりはぞくぞくとした鳥肌がたった。


だめ。

肌を合わせられると、欲望の波に押し流されそうになる。


「だめですっ!」

あかりは龍才をつき離した。

「あ……」

そして目が合った。


ふたり二様の感情。


龍才の眼には驚きと失望が。

あかりの眼には恐怖と後悔が。


龍才は一瞬うなだれたように視線を落とし、そのままあかりの家から出て行ってしまった。



 ある日、衆の若者・三五郎さんごろうが殺された。


二十二歳の三五郎は、忍びとして遜色もなく力自慢の男であったので、村では騒然となった。

首の後ろを鋭利な刃物で深く刺されていた。


よそ者がやったのか、それとも内部の者か?

何度も長老たちが、集まりを持ったが手がかりはつかめなかった。


そんな中、龍才は竹吉の様子がおかしいことに気がついた。


「ちょっと来い!」

竹吉は村の若者衆の一員で、ずるがしこいネズミのような目をした若者だった。


「いてて、いて、痛いですって」

「おまえのやった事は分かってるんだぞ」

「えっ!何を」

「三五郎のことだ」


「お、俺は三五郎を殺してません!」

「違う。おまえと三五郎は」


「違うんですっ!俺は止めとけって止めたんです!」

「何を止めとけって?」

鋭い眼差しで睨む龍才。


ハメられた事に、気づいたが既に遅かった。

「あ、ああ……」

と、竹吉は言いづらそうに口を開いた。


「俺たち、蔦かずらの済んだ娘に、夜這いをかけようって話しになって。いや、その昔からの慣例だし、蔦かずらの娘は体が欲しがってしょうがないから、これは人助けにもなるって」


蔦かずらが済んだ娘?

あかり、ではないか!


「なんだとぉ」

龍才は眼球をひんむかんばかりに見開き、竹吉の首根っこを締め上げた。


「ごめんなさい、ごめんなさ」

息が苦しくて最後は声にならない。


龍才は力をゆるめた。

「話せ」


「ううっ……お、俺があかりの家に行った時は、すっげー抵抗にあって、結局何もせずに帰って来ちまいました」


「おまえの他に、あかりの家に行ったのは?」


「三五郎です。おれが前の日に失敗したの聞いて、『俺は大丈夫だ。おまえみたいな失敗はせん』って息巻いてまして……」


三五郎を殺したのはあかりなのか?でも、強力ごうりきで忍びとして経験もある三五郎とあかりじゃ、どうみても三五郎に部がある。


あかりが殺される事はあっても、三五郎が殺されることはあり得なかった。


「絶対にあかりが三五郎を殺したんですって。誰も信じやしないだろうけど、俺には分かる」

「なんで、そんなことが分かるんだ」


「あかりを襲った時、俺は殺されかけたんです」

「それは、おまえが忍びとして未熟だからだ」


「そ、そりゃ、俺は龍才さまや三五郎とは違ってヘボですけど、あかりはその、ものすごく強いんですよ。……のうえ、あの家には忍びの俺たちにも分からないほどの仕掛けが山ほどあるんです」


あかりの母親が女だけの家を守るため、何か特別な仕掛けをしていたのだろうか。


「三五郎は、ひっかからなかったのか?」

「知りません。止めとけって言ったんですよ。なのに、余計やる気を出しちまって」


自分の能力に自信がある三五郎の性格では、あきらめはしないだろう。


「だけど、三五郎はあかりの家ではなく、自分の家で死んでたんだぞ。あかりが家で殺したのだったら、あの者を運ぶのは、かなり骨折りだ。馬もない、不可能だ。やはり、あかりが殺したなど、つじつまが合わない」


「いや、あの女です。妖術を使って三五郎を運んだんです」


龍才は竹吉の話など、もう聞いていなかった。

竹吉を十分に脅して口止めをし、他の若者にも一族の娘に手を出さぬよう言い渡した。



歩きながら龍才は、考えた。


あかりが手を下したのではないとしても、何かあったのは確かだろう。

竹吉の言う日づけから考えても、あかりが無関係とは言いきれない。


急に三五郎の首の傷と、あかりにやったかんざしが頭に浮かんだ。

『あかりなのか?』




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