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あかり

第二章

「あかり、おまえももう十五になった。これからはサエらについて、女人として新しい技を身につけるのだ」


 十五歳になった夜、あかりは親方にそう言われた。

よく分からなくて、はい、と答えたが、新しい技ってなんだろう。


早駆けや力技では男の子たちに叶わなくなったとしても、道具投げや吹き矢なんかじゃ、まだまだ自分の方に部があった。

またひとつ新しい技を加えられるなら、それは頼もしいことに思えた。


水戸筑波山の麓。


野山を耕し細々と生活する村人たちは、他の顔も持っていた。

忍び裳羽服津もはきつ衆としての顔である。


水戸藩の御用達にして密かに結成された諜報集団は、武士から分かれた一団であった。

一族の長を中心に剣術を習い、然を読み、技を鍛えるといった伝統を持っていた。


その裳羽服津もはきつ村のはずれに、あかりは母と二人で住んでいた。

だが、その母も十二の年に死に、近所の人に面倒をみてもらいながら暮らしていた。


来るように言われていた部屋に入ると、五つ年上のサエと同じ年頃の勘介かんすけがいた。


「あかり、今からあたしが勘介にする事をよく見ておくんだよ。次にあんたにやってもらうからね」

「…はい」

いよいよ新しい技の練習だ。


サエは勘介の肩に手をかけると、媚惑的な目をして勘介を見つめた。

弾かれたように勘介はサエの口に吸い付くと、そのまま舌を絡ませあい息を上げた。


言葉も出ないあかりは、口を開いたまま後ずさった。


「あかり!よく見ておきなさい」

「でも」

サエは片手であかりの腕をグイッと掴んだ。

「こうよ!」

そのままサエはあかりの唇を奪った。


「こうして……唇の弾力を楽しんだり……相手の舌を強く吸ったり絡ませたりすると、気持ちいいでしょ」

「あ、あ……」

サエの繰り返される愛撫に、あかりは腰から下の力が抜けそうになった。


「ふう」

その様子をみたサエはあかりを離した後、肩を落とした。


「あんた、吸い口くらい見たことあるでしょ」

「うん……でも」

見るのとするのとでは大違いだ。


「この先したい?」

「うん」

何だかうずうずして気持ちよくて、たまらなかった。


「じゃ、勘介、頼むわ」

「おう」

こちらを見ていた勘介が嬉しそうに笑った。


「えっ、やだ」

「え?」

「勘介はヤだ。サエがいい」

「なんだよ、それ」


「だってェ」

なんだか男とするのは汚れるような気がした。

はあ、とサエは大きなため息を吐いた。


「分かった。……勘介、あんたもう行っていいよ」

「えー 今日はヤれる思ったのに」


「仕方ないでしょ。お姫さまは、まだ男が怖いんだから」

ぶつぶつ文句をいう勘介をサエは部屋から追い出した。


「あかり、今日は最初だから言っておくね」

布団の上に正座をしたサエは、向かい合ったあかりの目をじっと見た。


「これからするのは技だというのを忘れないようにすること。女の忍びとして男を籠絡ろうらくするのも技術のひとつなんだよ。ただ……最初は快楽が大きいから体にひきずられないようにするのが大変なんだ」


さっきの口吸い技を思い出し、あかりはごくりとつばを飲み込んだ。

「さ、サエはもう何ともないの?」


「ふっ、そんなことないさ。あたしだって、気持ちよけりゃ感じるよ。だけどね、これはお役目だ、ってことをしっかり頭に入れておけば、心のどこかが冷静でいられるんだよ」


「ほんとに?」

「ああ」


「あたしには無理かも。だって、さっきみたいにサエに口吸われて、ぎゅっとされたら、その人のこと好きになっちゃう気がする」


「それはお役目だと思ってないからだよ」

「そうかな」


「それと慣れだよ」

「慣れるの?」


「ああ。手裏剣でも綱渡りでも練習するだろ?あれと同じだよ」

「ふうん」

そう聞くと大丈夫なような気がした。


サエはこれから起きるシビアな事実を、あかりが理解していない事が分かっていた。


「後は相手のヤなところを忘れないようにすることだ。あんた勘介のヤなトコ言ってみな」

「バカなトコ?」


「うーん、それもいいけど、口が臭いとか、目がヤらしそうとか、肌が汚いとか、そーいった生理的に嫌なところだ」

「勘介そんなに悪くないと思うな。がざつでちょっと目がヤらしいけど」


「でしょ?あんたを見る目がいやらしい、ねっとりしている、汗臭さそう…」

「そこまで言わなくても」

あかりはきゃ、きゃと笑った。


サエはあかりを布団に押し倒した。

「でも、今日はいいよ。初めてだからね」


柔らかい乳房と乳房を合わせ、サエはあかりの瞼を指で優しくなぞった。

無邪気に頬を上気させて目を閉じているあかり。

その姿にサエの胸は痛んだ。





 あかりは頭を抱えうずくまっていた。


毎夜、毎夜、男と交わり、快楽の地獄に落ちていた。


『慣れだよ』

サエが言ったのは、こういうことだったのか。


確かに、三人の男たちと順番に行為を行えば、相手の人格など気にしていられない。

周到に用意されていた男たちは、みな妙齢で技巧達者。勘介など足元にも及ばないだろう。


相手を感じさせ、自分も気持ちよくなるよう、色々な指導が行われた。

言われたことが出来るようになるのに反して、心は冷め、体は快楽だけを求めていた。


「サエ、あたし、もうだめになっちゃうよ」

あかりはサエに泣きついた。


「あたし、最初サエにしてもらった時、どきどきして嬉しかったのに、何か心が暖かかったのに… もう今はやることしか考えてないの。好きものみたいになっちゃったの」

「あかり……」


「あたし、もうダメだ。もうよく分からない」

サエはあかりの肩を優しく抱いた。


「大丈夫だよ。……あたしも通った道だからね。

もう少ししたら、あんた月のものがくるだろ? そうしたら気持ちも変わるし、その後は快楽に溺れていられない程、体を動かす修練が待っているから。


筑波山を何回も駆け上がったり、降りたりするんだよ。つらくてヘトヘトになるよ」


「ほんとう?それで、体の欲望はおさまるの?」

涙のたまった目であかりはサエを見つめた。


「ああ。大丈夫だ」

少し安心したあかりは、とにかく早く月経が来てくれるよう願った。


でももし……月のものがきても、おさまらなかったら。

あかりは、一族に伝わる薬湯書を開いた。


今までに忍びの智恵として、薬草の知識は教えられていたが、自分から求めて探すのは初めてだった。


数十冊からなる薬湯書は、驚くべき内容を記していた。


毒物・幻覚薬・媚薬・解毒薬……気になったのは、堕胎剤や避妊剤の項目。


『あたし……やや子が出来てたりしないだろうか』


月経が来る日づけから換算して性技巧の修練が行われていたのは分かっていたが、やはり心配であった。


色々考えながら、薬湯書を真剣に読んだが、結局、色狂いを治す薬を見つけることは出来なかった。





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