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お声がかり

「よかった…今朝は機嫌がよろしくて」]


風邪あけの墨越がホッとしたようにつぶやいた。

その言葉を靜山は聞き逃さなかった。


―今朝は、ということは、他の日はどうなのだ。

倒れるのが日常化しているのだろうか。


食い下がる靜山に音をあげた墨越は、しぶしぶ口を開いた。


「月島さまは、職務の気遣いとご実家の気遣いが重なってお倒れになったのだと思いますが……ご実家も複雑なんです。昨日弟さまから文が届いてまして。きっとお金の無心です」


「ご実家って、確か御家人の?」


「はい。代々続く旧家です。が、あまり財状がよろしくないらしく、月島さまにベッタリ頼られているんです。なにしろ、大奥の御年寄には大きなお金が入る、と思いこんでおられますから。しかし大奥では、出て行くお金も半端ではないのです。


亡くなられたお父上さまは放蕩家、後を継がれた弟さまはお金の勘定にうとい。ゆえに、いくどか騙されたりもしたらしいのです。


だもので、何か大きな相談があると月島さまにお伺いと、お金の無心の文がくるのです」


靜山はうなずいた。


「月島さまは、未だに女の身でご実家のすべて背負われています。大奥で生き残るだけでも大変な重労働なのに、ご実家も負担をかけるのです」


墨越は、はぁぁとため息をついた。


「冷静な月島さまも、ご実家には複雑な心情があるらしく、手紙が来ると決まって機嫌が悪くなります。よく体調も崩されます。……本当は、あの方そんなに強くないのです。皆には、それが分からないのです」


「ええ」

靜山はあいまいにうなずいた。


精神も体も決して強くないのは分かっている。

あれだけ繊細なのだから。


でも、何かが違う。


そう。

その繊細な人間が、それほどの重圧に耐えている状況自体が異常なのではないか。

強くあらねばならぬ、とは何ぞ?


手足が抜けるような重り、たとえば5000Kgの重りを持ち上げよ、という話と同じではないだろうか。そもそも不可能な事態。


それをやっている月島……

靜山は強い不安にかられた。





大奥の警護を忍者がしていたのは、案外知られていない。


忍者たちは、今でいう総合警備会社のように大奥以外にも江戸城で、普通に要人のSPをしたり、出入りの業者をチェックしたりしていた。


もちろん諜報活動も行っていたが、それを使いこなせるのは、要人のうちでも少なかったものと思われる。

諜報活動をする部下を月島は持っていた。

が、忍者ではなかった。

それは大奥にいる自分の肝いりの数人の女性たちだった。



「靜山さまに頻繁に来るふみは黒川のご実家からのものだけのようです」


靜山の部屋方に任命した、おまつが伝える。

おまつは頭がきれ誠実な女である。


「どうにか中味を見ようと思ったのですが、すぐにお焼きになってしまうのです」

「ふうん」


怪しい行為だ。

『何かを企んでいるのは必至であるが、持ち物はすべて検閲を受けている。

他に道具を持ち込んでいるハズだ。それは身の回りのモノとして紛れているに違いない』



「靜山が常に身につけている道具や、特に気に入ってそばから放さぬものはないか?」

「はあ」

おまつは記憶を辿っていく。


「分かりませぬ。こちらに来られてずっと身につけておられるものはないように思います。かんざしなどは……はっ」

「どうした?」


「そういえば、この間来た“つくば屋”は靜山さま、ご指名でござりました」

「“つくば屋”とは何ぞ」


「かんざしや小物、化粧品などを扱う、小間物屋でございます。月島さまのお部屋は“三条屋”御用達なので、おかしいな、とは思ったのですが、藩あがりの靜山さまゆえ特別なご贔屓店があるのだ、とか申されて」


「万里小路さまが出入りを許可されたのか?」

おまつは、うなずいた。

「そうか。そこで靜山は何を買ったのじゃ」


「確か……かんざしを二本、髪あぶら、おしろい、だったと思います」

「……おまつ、もし出来れば、靜山が買った……おしろい、を盗ってまいれ。紙に二つまみほどでよい。出来るか?」


「はい」

「くれぐれも無理をせぬようにな」




将軍が大奥に泊まるのは忌日以外の日で、月の半分くらいである。

その中で、いかに将軍のおめがねに叶うか。


チャンスその一

権力のある御年寄のコネによって、将軍の身の回り係りに送り込んでもらう。御中臈である。


チャンスその二

朝の総触れ、つまり「お鈴廊下での謁見」時、声をかけてもらう。


チャンスその三

御庭しょうたい御目見おめみえ。旗本以上の娘が綺麗な着物を着て、庭を歩く。その中から気に入った女性を、将軍が選ぶ。


通常、将軍に直接目通りが叶うのは、身分が高い“お目見え以上”のクラスだけだったが、歌舞や楽器の得意な者は、お目見え以下であっても目に止まることがあった。



という訳で、

ここしばらくは、何となく無難に女人を選んでいた家賢であった。

 

そんな中

とうとう靜山の名が、朝の総触れで上がった。



「いったいどうなることかと思いましたで」

万里小路は肘掛に体をもたせかけながら、嬉しさと不安が入り混じったような声を出した。


そのまま前に控えるのは月島と靜山。


「月島さん、あんたきちんと面倒みたってや。分かってるやろうけど、粗相のないようにな」

「はっ」

月島は頭を垂れた。


万里小路が靜山の後見であるかぎり、万里小路に靜山の不審な行為を話したとて一笑に付されるだろう。あちら側の人間なのである。


靜山の意図が分かるまで、家賢との床入りは避けたかったのだが。


「最近は上さんも、お床入りした娘に手もつけんと休まれることが多々あって……そろそろ、お年で役にたたんようになったんかと心配してますんや」


「お年による、陰萎いんいであられるのでしょうか」


「分からん。侍医たちは大したことない、精力のつくもんをお食べになって、ええおなごを側に置くのがええというばかりや。まあ、いい加減なことや。けどまあ、それで」


「それで、靜山を?」

万里小路はにやりと笑って大仰にうなずいた。


「そうや。全く何が味方するかは分からへんけど……けど、今の状況は、重い」

「はあ」

重責任務というわけである。


「上さんも少し焦ってはるんやろ。男としても、お世継ぎのことにしても……

そんな状況やから、靜山」

「はい」


「頼みますえ」

無表情のまま靜山はうなずいた。


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