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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ドラゴンと少女

少女とドラゴン

作者: 青あき

ドラゴンと少女の続きです。

先にそちらを読んで頂けると幸いです。

少女は、山を下りていた。


いつもは小さな籠を腕から下げて通る道を、この日は黒い塊を抱えて通った。


木苺の生っている場所を通り、川を通り、美味しい実の落ちている木のそばを通り、湿った道を通り。



黒くて、生温かい塊を、落とさないように大切に抱えながら、ゆっくりとしゃがみ込んだ。



もうすぐ、少女は自分の生まれた村につく。


家族のいない、村に辿り着く。


少女は、この黒い塊を村長のところに届けなくてはならない。


手にした瞬間、自分の宝物になったこの塊を。



そして、村長に渡したら、剣を持って帰らなかったことを怒られるのだろう。


どこを、殴られるのだろう。


少女の母に似たらしい顔だけは傷付けたくないようだから、頭か顔のどちらかだろう。


ぼんやりと、少女は考える。


抱えている塊は、まだ生温かい。



きっとこの塊を届けた後は、少女の日常は季節を一つ廻る前と同じものになる。


小屋で眠り、山に入り、籠いっぱいに食べ物を入れて、村に戻り、食べ物を村長の家の門の前において、また山に入り、籠いっぱいに食べ物を入れて、村に戻り、村長に籠を渡し、その中の食べ物を少しだけ渡され、小屋で寝る。


季節が一つ廻る、その間が特別だったのだ。


ドラゴンに出会い、ドラゴンの近くに行き、ドラゴンを間近で見ることが出来た。


その間が、特別過ぎたのだ。



そして、その特別な時間が戻ることは、もう二度とない。


少女自身が、その時間を終わらせたのだ。



ぽたり。


ぽたりと、黒い雫が少女の肘を伝い、地面に落ちる。



この腕の中にある塊が、あの時間が戻らない事を教えるのだ。



少女は、気付いていた。


初めてドラゴンを見たときから、気付いていた。



ドラゴンは、少女を見ても動かなかった。


ドラゴンは、少女が近付いても、動かなかった。


ドラゴンは、少女が立ち去っても、動かなかった。


ドラゴンは、少女が持っていったものも、山にあるものも何も食べず、少しずつ、痩せて行った。



ドラゴンが死ぬ気なのだと、少女は最初から気付いていたのだ。



それでも少女がドラゴンの許に通ったのは。


ドラゴンの許に、食べ物を置きにいっていたのは。


ただ、ドラゴンが飛ぶ姿を見たかったから。


降り立つ前に見た、空を覆うほどの大きな身体が、空を飛ぶ姿を見たかったから。


そして、出来ることなら―――――――



その願いは敵うことなく、物言わぬ塊は、少女の腕に抱えられるほど小さい。


あれほど、大きかったのに。




少女は、考える。


どうすればよかったのか。


きっと、ドラゴンは気付いていたのだ。


少女が、ドラゴンを殺そうとしたこと。


だからきっと、木苺を初めて食べてくれたのだ。



少女は、だからこそわからなかった。


手向けとして、食べてくれたのだと思ったのに。


なぜ、少女の手で死んだのか。


飛び立ってくれなかったのか。


殺されて、くれたのか。




少女は、塊を見る。


もうそれは、冷たくなっていて。


冷たく、硬くなり始めていて。




腕を伝っていた黒い雫は乾き、本当に、ただの黒い塊になりつつある。




ぽたりと、雫が落ちる。


透明な雫は、黒い塊を伝う。



少女は、泣いた。



ごめんなさいと、小さく声に出しながら泣いた。


ごめんなさいと、ただただ繰り返した。



行かなければよかったのだ。


ドラゴンのところに行かなければ、きっとドラゴンは、自分の望むように死を迎えられたのだろう。


少女がいなければ、ドラゴンはもっと長生きできただろう。


少女がいなければ、心臓を抜き取られず。


少女がいなければ、痛みもなく死ねたはずだ。



少女がいたから。


ドラゴンの許に向かう少女を追ったから、村人はドラゴンを見つけた。


ドラゴンの近くに行く少女を見たから、村人はドラゴンが動かない事を知った。


ドラゴンに食べ物を置く少女がいたから、村人は少女に命令をした。





生きてほしいと思ったドラゴンを殺したのは。


生きてほしいと望んだドラゴンを死なせたのは。



全て、自分のせいだったのだ。






ごめんなさいと、少女は泣く。


ごめんなさいと、少女は、ただ。


ひたすらに、泣いて。


泣いて、謝って。


謝って。



自分の無力さと、生きたがる心を、嫌悪した。


殺したくないと言えなかった自分を。


殺されたくないからドラゴンを殺した自分を。


弱いだけの自分を。


繰り返し、何度も謝りながら、自分を呪った。




塊は、何も言わず。




うっすらと空が明るくなり始めたころ、少女は涙を拭う。


石のように硬くなった塊を、大切そうに抱えながら。


少女は、ゆっくりと歩き出す。


向かうのは、山の頂。



一歩一歩、いつもの倍の時間をかけて進む。



木の実と、茸、魚に、木苺。



一つずつ、持って行く。



朝日が差す頂きは、美しく。



石になったドラゴンは、眠っているように穏やかに見え。



そのそばに、少女は持ってきたものを置く。


真っ黒な石のようになってしまった心臓を、ドラゴンの胸に。


そのそばに捨てた剣を、拾い上げ。



白銀だった剣が黒く染まっていたことに、少女は嬉しそうに笑い。




光を浴びながら、少女は胸に剣を突き立てた。















小さい頃、誰かから少女は聞いたのだ。


この世界には、神様と言うものがいて。


その神様と言うものがいるところに、死んだものは向かうらしい。


その場所は、とても幸せな場所なのだと。


優しい声で、話してくれた。



もしかしたら、あの声は、ハハオヤなのかもしれない。



薄れゆく意識の中、少女は思う。



もし、本当に神様と言うもののところに、死んだものがすべて向かうのなら。


ドラゴンも、そこにいるのだろうか。


少女も、そこに行けるのだろうか。


ドラゴンのそばで、同じように死ぬことが出来れば。


同じところに、行けるかもしれない。



もし会えたら、少女は言うのだ。



ドラゴンの飛ぶ姿を見たいと。


そして。


そして、一緒に生きてほしいと。




あえたらいいな。




吐息にしかならない声で、少女は、幸せそうに呟いた。







剣を胸に突き立てた少女は、ゆっくりとドラゴンの胸に倒れこみ。




静かに、息を引き取った。

少女はきっと、死ぬことが救いだとは思っていません。

それでも、大切な存在と共に居たかったのだと思います。

同時に、そんな存在を殺してしまった自分への失望と、気付くことが遅かったことへの絶望を抱えて生きることが出来なかった。

馬鹿な子なのかもしれませんが、少しでも愛してもらえたら嬉しいです。

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