いずれ最強の結界魔法使いとなる娘の初恋の記憶 ―宮廷魔術師キウイの、重すぎる愛の始まり―
窓から差し込む朝の光が、真っ白なシーツを眩しく照らしています。
フィオーレ王城の宿舎は、昨日まで暮らしていた中等学校のそれとは比べ物にならないほど立派です。
私は壁にかけてあった支給品のローブを手に取りました。
真新しい布の匂いを吸い込みながら袖に手を通すと、少し背筋が伸びる思いがします。
鏡の中を覗けば、胸元に刻まれた薔薇の刺繍――女王ローズに仕える者の証が、凛と存在感を放っていました。
宮廷魔術師キウイ。
それが今日からの私の呼び名です。
◯ ◯
「私は葵。ローズ女王親衛隊の隊長で、城の騎士団の統括をしているわ。あなたの上司のような立場になるかしら。よろしくね、キウイ」
「よろしくお願いいたします、葵様」
私が挨拶を返すと、その人は美しく微笑みました。
『女王親衛隊の隊長』と名乗りましたが、葵様のもう一つの顔は、この国の住民なら誰もが知っています。
女王ローズの后。葵・ヴンシュ・フィオーレ。
ローズ様の傍らに常に在り、その身を盾として国を護り抜く、気高き御方です。
「中等学校の校長から、とても優秀な人材だと伺ったの。あなたの活躍が楽しみだわ」
「ありがたきお言葉です。必ずや期待に応えてみせます」
私は最大限の敬意を込めて、深く一礼しました。
「帰る家もない私を、校長の推薦だけで信頼していただき……本当に、ありがとうございました」
私がゆっくりと頭を上げると、葵様はどこか慈しむような瞳で私を見つめていました。
「そんなに畏まらなくていいわ。あなたほどの実力があれば後ろ盾なんて必要ないし……お母様は、旅人なんでしょう? お忙しい方なのかしら」
「……母は、本当に自由人なのです。私が学校に通っている間も、ほとんど連絡はありませんでしたから。私のことを信頼してくれている……そうは、思っているのですけれど」
私が旅人の母と最後に言葉を交わしたのは、全寮制の初等学校への入学手続きの日です。
手続きで入手した寮の部屋の鍵を私に渡すと、「じゃ、頑張れ」と短い一言だけ残して、振り返りもせずに去っていきました。
その後の学生生活の中で、母から連絡があったのはたった一度だけです。
中等学校への進学を決心し、学費の工面について頭を悩ませていた時、分厚い封筒が届きました。
母の筆跡で私の名が記されたその中に入っていたのは、じゃらりと鈍い音をたてる大量の金貨でした。
それは、中等学校を卒業するまで十分に過ごせるだけの学費だったのです。
事情を知らない人から見たら母は放任主義のように見えるでしょう。
しかし、母が私にあれこれ世話を焼かないのは、自由であることが一番の幸せという信念の元の行動。
私は、そう信じているのです。
そんな私に葵様は、まるで幼子を見るように目を細めながら微笑みました。
「ふふ……あなたがそれだけ立派に自立しているからこそ、お母様はあなたに選択を委ねているのでしょう。だからキウイ、もっと胸を張りなさいな」
ぽんと私の背中を押すその手からは、確かな温もりが伝わってくるようで。
一般的には理解され難い母の愛を、肯定してくれた。
その事実がたまらなく誇らしく、頬が自然と緩んでいくのがわかりました。
「さあ、城内を案内するわ。その間にあなたについて聞かせてちょうだい」
「かしこまりました。では道すがら、私の得意とする結界魔法についてご説明いたします」
歩き始める葵様についていこうとして。
その時、ふと。
回廊の窓から差し込む光の先の、ある光景が目に留まりました。
城の中庭、咲き乱れる花々の中心に佇む東屋。
その洒落た椅子に腰掛けているのは、高貴なドレスを身に包んだ、とても端正な御方です。
紙を掲げながら、スピーチの練習をしておられるようでありました。
しかし私の目を奪い、心を縫い付けて離さなかったのは、その隣に控える方でした。
きちりとしたメイド服を身に包み、主に向けて優しく微笑みかける、その方。
柔らかな陽光を味方につけたようなその笑顔に、どうにも釘付けになってしまったのです。
「葵様……あの方は?」
少し震える声で尋ねた私に、葵様は目を細め、どこか誇らしげに答えました。
「ああ、私の……そして、ローズ女王の娘。サクラよ」
「えっ?」
葵様の言葉の意味するところが理解できず、私は絶句するほかありませんでした。
何故、女王の娘たる姫様が、あのように質素なメイドの装いをしているのか。
困惑する私の声をどう受け止めたのか、葵様は愛おしそうに中庭を見つめたまま続けます。
「まだ民にお披露目していないから、驚かせてしまったかしら。あの子の髪……綺麗な薄紅色が、私の故郷に咲く花と同じ色なの。だから、その花の名から取って、サクラって名づけたのよ」
その慈しみに満ちた言葉を聞き、私はようやく、自分の愚かな勘違いを理解しました。
葵様が熱を込めて語っているのは、私が目を奪われていたメイドの方ではなく、その隣で椅子に腰掛ける高貴な娘様の話なのです。
光の中にいる姫様と、その影に寄り添うメイド。
二人が並んで立っていれば、誰だって光の方に目を向ける。それが、この世界の当たり前です。
それなのに。
葵様が語るサクラ様の美しさを肯定しながらも、私の視線が引き寄せられるのは、その傍らでふわりと微笑む方のワインレッドの瞳でした。
「お綺麗な……方ですね」
私がこぼした溜息のような言葉は、静かな廊下に溶けていきました。
隣では、その賛辞がサクラ様へ向けられたものだと確信している葵様が、「ふふ」と悪戯そうに笑っています。
「あの子を狙うなら、大変よ?」
「まさか。私などの身分で姫様とそのような仲になるなど、考えたこともございません」
その言葉は私の本心でした。
高貴な姫様に、あのように寄り添って仕えるメイド。
どちらも、私にとっては気軽に話すことすらできない、遠い存在に思えたのです。
「そうかしら。愛し合っているなら、身分も家柄も、何の障壁にもならないと私は思うわ」
葵様の言葉は、紛れもない本心なのでしょう。
けれど、それは眩しい光の中にいる、高貴な身分だからこそ言えること。
私のような下々の者が、軽々しく口にできるような言葉ではありません。
頭ではしっかりと、そう理解しているはずなのに。
なぜだか少しだけ、胸が締め付けられるような感覚を覚えました。
きっと、王城という慣れない環境に、心が追いついていないだけ。
そう自分に言い聞かせながら、私は胸に溜まった熱を逃がすように、静かに息を吐き出しました。
この、きゅうっとした胸の痛み。
私がそれを『恋』だと自覚するのは、もう少し後の話になります。
お読みいただきありがとうございました。
連載中の異世界百合小説『人魚と姫』に出てくるキウイが宮廷魔術師になった日の話でした!
この後キウイは長年片想いを拗らせるのですが、その片鱗が見えたかと思います。
こちらはキウイの幼少期の話
『いずれ最強の結界魔法使いとなる幼子の旅の記憶』
の続編のような話になっています。
合わせて読むとエモさマシマシと思いますので、どうぞよろしくお願いします!
成長したキウイが宮廷魔術師として大活躍する
長編百合小説『人魚と姫』も何卒よろしくお願いします!




