「貴様は国を売った裏切り者だ!」と婚約破棄されましたが、私が売ったのは国ではなく『あなた』です
きらびやかなシャンデリアが輝き、最高級のワインが香る王宮の舞踏会。
今夜は、我が国の王太子ジェラール殿下の二十二歳の誕生日を祝う華やかな宴のはずだった。けれど、音楽が不自然に止まり、重苦しい静寂が会場を支配したとき、私はこれから何が起こるのかを正確に察知していた。
「ソフィア・ローゼンタール公爵令嬢! 前へ出ろ!」
会場の中央、一段高い場所に立つジェラール殿下が、私の名を鋭く呼んだ。その隣には、守ってあげたくなるような愛くるしい容貌をした男爵令嬢、ミナ・クラークが寄り添っている。彼女は殿下の腕にしがみつき、不安げな表情を装いながらも、その瞳の奥には隠しきれない優越感と嘲笑が渦巻いていた。
私は静かに、淑女としての完璧な所作で彼らの前へと進み、深く頭を下げた。
「はい、殿下。お呼びでしょうか」
「白々しい真似を! 貴様がこれまで行ってきた数々の悪行、すべて把握しているぞ!」
殿下は懐から一通の封筒を取り出し、それを私の方へ投げ捨てた。
床に散らばったのは、私と隣国――「軍事帝国」として恐れられるバルディア帝国の密偵とのやり取りを示す手紙、そして、私が帝国の騎士と密会している様子を映し出した魔法映像の記録珠だった。
「貴様は、我が国の重要機密を隣国に流した。それも、この俺の失脚を狙った卑劣な情報ばかりだ。さらには、隣国の皇帝と通じ、我が国を……! 貴様は国を売った裏切り者だ!」
周囲の貴族たちから、一斉に非難の呟きが漏れる。
「なんてことだ、公爵令嬢が裏切り者だったとは」
「やはり、あの冷徹な女ならやりかねない」
「ミナ様をいじめていたという噂も本当だったのだろう」
ああ、やっぱり。
私は、心の中で冷めた溜息をついた。
私には、幼い頃から備わっている特殊な能力がある。「嘘を見抜く目」そして、「心の声が聞こえる耳」。といっても、すべてが聞こえるわけではない。ただ、相手が強い感情を抱いたとき、その本音が言葉の端々に濁った色として見えたり、直接頭の中に響いてきたりするのだ。
今のジェラール殿下からは、鼻をつくような下劣な優越感の色が溢れ出している。
《よし、これで完璧だ。この映像はミナが用意した偽造だが、バカな貴族どもはこれで見事に騙される。ソフィアを追い出せば、公爵家の莫大な財産は俺のもの。俺はミナと贅沢三昧の生活を送るんだ。ついでに、あの小煩い説教女がいなくなれば、俺の真の実力が発揮されるってわけだ。俺は天才だな!》
……救いようがない。
私が彼のために、どれだけの寝る間を惜しんで財政を立て直し、彼の尻拭いをしてきたと思っているのだろう。
殿下の隣で、ミナもまた、どす黒い喜びの声を上げている。
《うふふ、ソフィア様。ざまぁ見なさい。あなたの完璧な仮面が剥がれる瞬間をずっと待っていたのよ。殿下は私の虜。この国は私のもの。あなたは泥水をすすりながら野垂れ死ねばいいわ》
「……殿下。それが、あなたの最終的な判断ということでよろしいですね?」
私はあえて動揺を見せず、冷徹な声で問いかけた。
殿下は、私のその態度が気に入らなかったのか、顔を真っ赤にして怒鳴った。
「そうだ! 貴様との婚約を破棄する! さらに、貴様は国外追放だ! 今すぐこの国から失せろ。二度とその汚らわしい顔を見せるな!」
国外追放。
それは、貴族としての身分を剥奪され、護衛も金銭もなく、荒野へ放り出されることを意味する。女性一人では、死刑宣告にも等しい。
けれど、私はドレスの裾をつまみ、この場にいる誰よりも優雅に、最後のカーテシーを捧げた。
「承知いたしました。謹んでその断罪をお受けいたします。……今までありがとうございました、ジェラール殿下。あなたのその『賢明な』判断が、この国の未来を決定づけたこと、ゆめゆめお忘れなきよう」
私の唇には、微かな笑みが浮かんでいた。
会場の者たちは、それを「裏切り者の開き直り」と捉えたようだが、本当の意味を知っているのは私だけだ。
さようなら、腐り果てた祖国。
さようなら、救いようのない無能な王子様。
私が売ったのは、国ではありません。――あなたたち、そのものです。
*
王宮から追い出された私は、粗末な馬車に揺られて国境へと向かっていた。
護衛とは名ばかりの、ジェラールに懐柔された騎士たちが「裏切り者にはこれがお似合いだ」と、わざとガタガタの道を選んで馬車を走らせている。
けれど、私の心は驚くほど晴れやかだった。
《さて、これで第一段階は完了ね》
私は馬車の窓から、遠ざかる王都を眺めた。
実を言えば、ジェラールが提示した「証拠」の半分は真実だ。
私は確かに、隣国バルディア帝国の皇帝、クロード・フォン・バルディアと繋がっていた。
けれど、それは国を売るためではない。このままでは確実に滅びるこの国の民と、私の領民と有能な部下たちを、沈みゆく泥舟から救い出すためだ。
我が国の財政は、すでに限界に達していた。
先代の王から引き継いだ負債に加え、ジェラールの贅沢、そしてミナが要求する宝石やドレスの山。
彼らは国家予算を自分たちの財布だと思い込んでいた。私が公爵家の私財を投じ、事務能力を駆使してなんとか帳尻を合わせていたが、それももう限界だ。
さらに、国王とジェラールは、私の実家であるローゼンタール公爵家を取り潰し、その資産を全額没収しようと計画していた。その計画を「嘘を見抜く目」で知ったとき、私は決断したのだ。
この国を見捨てよう、と。
私は半年前、密かに帝国の皇帝クロードに手紙を書いた。
内容はこうだ。
――
「私、ソフィア・ローゼンタールは、この国のあらゆる機密、腐敗した貴族のリスト、横領の証拠、防衛網の弱点、そして王太子の致命的な汚職の記録をすべて持っている。これらを『手土産』として差し出す代わりに、私と、私に従う者たちの亡命を受け入れてほしい」
さらに、私は提案した。
「この国は内側から腐っている。無理な侵攻は避けるべきだが、私が国外に去った後、確実にこの国は崩壊する。その時、どうか『平和的な救済』という名目で、この国を帝国の保護下に置いてほしい」
――
と。
それに対する皇帝の返事は、予想外に早いものだった。
『承知した。君の条件をすべて飲もう。いや、むしろ私から頼みたい。君のような至宝を、そのような腐った地で朽ち果てさせるのは、世界の損失だ。……君の身の安全は、私がこの命に代えても保証しよう』
その文面から伝わってきたのは、冷徹皇帝という噂からは想像もできないほどの、切実で熱烈な想いだった。
それ以来、私は今日という「断罪の日」を迎えるために、着々と準備を進めてきた。
有能な事務官やメイドたちには、事前に「休暇」という名目で国外へ脱出させ、公爵家の資産の主要な部分はすでに帝国の銀行へ移動済み。
私はわざとジェラールの不興を買うように振る舞い、彼が私を「国外追放」という形で追い出すように仕向けたのだ。
「おい、裏切り者。降りろ。ここから先は他国の領土だ」
騎士が乱暴に馬車の扉を開けた。
そこは、国境の荒野。遮るものもない、冷たい風が吹き荒れる場所だ。
騎士たちは私を地面に放り出すと、嘲笑を残して走り去っていった。
「せいぜい、帝国の兵士に捕まって慰み者にでもなるんだな!」
私は服の汚れを払い、静かに立ち上がった。
すると、地平線の向こうから、地響きのような音が聞こえてきた。
現れたのは、黒檀のような毛並みの名馬に跨った、漆黒の甲冑を纏う一団。
その中央で、深紅のマントを翻している男こそ――。
「……遅くなってすまない、ソフィア」
馬を止め、真っ先に飛び降りてきたのは、バルディア帝国の皇帝クロードだった。
彼は「冷徹」「氷の皇帝」と恐れられ、戦場では鬼神の如く振る舞うと言われている男。
けれど、私の前に膝をついた彼の瞳は、熱く、潤んでいた。
「ソフィア、よく無事で……。あのような愚か者の下で、どれほど心を削ったことか。君を、私の国へ、私の元へ迎えることができて、これ以上の喜びはない」
彼は震える手で私の指先を取り、恭しく口づけた。
その瞬間、彼の「心の声」が、濁流のように私の頭の中に流れ込んできた。
《あああああ! 本物のソフィアだ! ドレスは汚れているけれど、それでも神々しいほどに美しい! 瞳が綺麗だ、声が聞きたい、今すぐ抱きしめて連れ帰って、世界で一番幸せにしたい! 待たせてしまって申し訳ない、あのクソ王子を今すぐ八つ裂きにしたいが、まずは彼女を安心させるのが先だ。ああ、尊い、尊すぎる!》
「……。クロード様?」
私は、あまりの「心の声」の熱量に、思わず顔を赤らめた。
世間の評判とは正反対の、この重すぎるほどの愛情。
彼は私の手を引いて立ち上がらせると、自らの分厚いマントで私を包み込み、軽々と抱き上げた。
「これからは、誰も君を傷つけさせない。私の国で、君の本当の価値を証明してほしい」
私は、彼の広い胸板に顔を埋めた。
そこからは、ドクドクと激しい鼓動が伝わってくる。
ああ、この人は、本当に私のことを……。
「……はい。よろしくお願いいたします、陛下」
私は微かに微笑んだ。
私の新しい人生は、ここから始まるのだ。
*
バルディア帝国での生活は、まさに驚きの連続だった。
まず、私が案内されたのは、客室ではなく「筆頭公爵」に準ずる最高級の居室。
そして翌日、クロード陛下から手渡されたのは、帝国の財政を統括する「宰相補佐官」としての任命状だった。
「君の能力は、あの小国で埋もれさせていいものではない。私の側で、この国の未来を共に築いてくれないか」
そう言って、陛下は執務室に私を招き入れた。
それからの私は、まさに水を得た魚のように働いた。
帝国の財政は、祖国とは比べ物にならないほど巨大だが、同時に無駄も多かった。私は現代的な会計手法(前世の記憶、なんて大層なものではないけれど、私独自の効率化術)を導入し、物流網の整理、税収の適正化を次々と進めていった。
何より素晴らしかったのは、周囲の反応だ。
祖国では「冷徹」「可愛げがない」「女のくせに生意気だ」と疎まれていた私の能力が、この国では「天才」「帝国の宝」「女神の知恵」と称賛された。
そして、主君であるクロード陛下はといえば……。
「ソフィア。少し休憩しよう。君のために、最高の茶葉を取り寄せたんだ」
三時間に一度は、彼は執務の手を止めて私の元へやってくる。
お茶を淹れるのは、なぜか陛下本人だ。帝国の皇帝が自らティーポットを握る姿に、最初は周囲の侍従たちも白目を剥いていたが、今では「いつものことか」と温かい目で見守っている。
「……陛下。私、まだこの書類を片付けてしまいたいのですが」
「ダメだ。君が倒れたら、私は生きていけない。ほら、この焼き菓子も食べてくれ。君の好きなベリーがたっぷり入っている」
表向きは「冷徹な上司」として振る舞っている彼だが、私の前ではただの「溺愛が止まらない男」だった。
そして、私の耳には、常に彼の賑やかな本音が届いている。
《ああ、仕事をしているソフィアも素敵だ。ペンを持つ指先が色っぽい。眼鏡をかけ直す仕草も最高だ。今すぐ結婚してほしいと言ったら、どうだろうか。いやいやいやいや、我慢だ、クロード! 嫌われてはいけない。でも好きだ。愛している。世界一可愛い。ああ、僕のソフィア……!》
……陛下。心の声が「僕」になっていますよ。
私は、熱くなった頬を隠すように紅茶を啜った。
けれど、そんな彼との日々は、凍りついていた私の心を、ゆっくりと、けれど確実に溶かしていった。
一方その頃。
私を追い出した祖国、サン・シエル王国は、目に見えて崩壊への道を突き進んでいた。
*
「おい! どういうことだ! なぜ国庫に一ゴールドも残っていないんだ!」
王宮の会議室。ジェラール王太子の怒号が響き渡った。
机の上には、未処理の書類が山のように積まれている。
ソフィアがいなくなってから、わずか三ヶ月。
国のシステムは、完全に停止していた。
彼女が毎日、淡々と処理していた業務。
それは単なる事務作業ではなかった。
各領地からの予算申請の精査、隣国との複雑な外交調整、魔物対策の結界を維持するための魔石の供給管理、さらには、不作に苦しむ農村への迅速な支援……。
それらすべてを「ソフィア一人が」把握し、采配を振るっていたのだ。
「で、殿下! ミナ様が『聖女の祈りで万事解決する』と仰って、農地の予算をすべて自分のパーティー費用に回してしまわれまして……」
「ミナが? ……くそっ、お前は聖女だろう! 祈れば作物が育つと言ったじゃないか!」
隣に座っていたミナは、真っ青な顔で震えている。
「だ、だって! 前の聖女様はそう言っていたんですもの! 私がやっても何も起きないなんて、きっとこの国の土地が悪いんですわ!」
「黙れ! お前たち!」
そこへ、青白い顔をした国王が駆け込んできた。
「ジェラール! 帝国から通告が来た! 我が国が滞納している多額の借款……その返済期限を、本日中に設定すると! 返せなければ、国境付近の領地を割譲せよと!」
「な、なんだと!? そんなバカな……。あれはソフィアがうまく調整していたはずだろう!」
「そのソフィアを追い出したのは貴様だろうが!」
国王の叱責に、ジェラールは言葉を失った。
彼は初めて、自分がどれほど大きなものを手放したのかを理解し始めていた。
ソフィアは、この国の「心臓」だった。
その心臓を自ら抉り出し、代わりに飾りのような男爵令嬢を据えた代償。
それは、国家の死だった。
「……ま、待てよ。そうだ。ソフィアを連れ戻せばいいんだ!」
ジェラールは、縋るような思いで叫んだ。
「あいつは俺の婚約者だったんだ! 俺が『許してやる』と言えば、喜んで戻ってくるに決まっている! あいつは俺に惚れていたんだからな!」
その浅はかな確信。
彼はすぐさま、バルディア帝国への「公式訪問」を申し入れた。
名目は「亡命した貴族の返還要求」。
それが、彼にとって最大の致命傷になるとも知らずに。
*
バルディア帝国の帝都、その中心にそびえ立つ皇宮の謁見の間。
私は、クロード陛下の隣に設置された、一段低い椅子に座っていた。
今日の私は、帝国が誇る職人たちが総力を挙げて作り上げた、深紅と金の刺繍が施された最高級のドレスを纏っている。
髪には、クロード陛下から贈られた、帝国の国宝級の魔石「紅蓮の涙」が輝いていた。
「……サン・シエル王国、王太子ジェラール・ド・シエル、入室」
重厚な扉が開く。
現れたのは、かつての輝きを失い、やつれ果てたジェラールの姿だった。
後ろには、無理に着飾っているものの、安物の香水の匂いを漂わせたミナが控えている。
彼らは謁見の間の中央まで来ると、帝国の威容に圧倒されたのか、膝を震わせながら跪いた。
「バ、バルディア帝国皇帝陛下に、拝謁いたします……」
クロード陛下は、頬杖をついたまま、冷え切った視線を彼らに向けた。
「……。それで、我が国に何の用だ? 無能な王太子の顔を拝むほど、私は暇ではないのだが」
氷のような声。ジェラールはびくりと肩を震わせたが、必死に顔を上げた。
そして、陛下の隣に座る私に気づくと、その瞳に卑屈な喜びを浮かべた。
「ソ、ソフィア! 探したぞ! お前、こんなところにいたのか!」
「……。お久しぶりでございますね、ジェラール殿下」
私は静かに応じた。
ジェラールは、私の冷たい態度を「照れ」か「強がり」だと解釈したらしい。彼は図々しくも立ち上がろうとして、帝国の騎士たちに槍を突きつけられ、慌てて再び膝をついた。
「ソフィア、お前に良い報せがある! お前の国外追放を取り消してやることにした! あの時のことは、まあ、俺も少し感情的になりすぎた。お前も反省しているだろうし、特別に俺の側室として戻ることを許してやる!」
……絶句した。
隣でクロード陛下の周囲の温度が、数度下がったのを感じる。
陛下の「心の声」は、もはや怒りで真っ赤に燃え上がり、噴火寸前のようだった。
《殺す。今すぐ殺す。この害虫を八つ裂きにして魔物の餌にしてやる。私のソフィアに『側室』? どの口が言っているんだ? 彼女は私の、この帝国の、唯一無二の太陽なんだぞ! 万死に値する、いや、万回殺しても足りない!》
私は陛下の太腿にそっと手を置き、彼を落ち着かせた。
ここで彼に手を汚させる必要はない。
「……殿下。お言葉ですが、私は今の暮らしに非常に満足しております。この国で、私は自分の能力を正当に評価され、敬意を持って扱われています。なぜ、今さらあなたのような方の元へ戻らねばならないのですか?」
「何っ!? お前、自分が何を言っているのか分かっているのか! 俺を、王太子を裏切るというのか!」
「裏切る? ……ふふっ」
私は、溜まっていたものをすべて吐き出すように、優雅に、いや、残酷に笑った。
「殿下。あなたはあの夜会で、私を『国を売った裏切り者』と呼びましたね。……ええ、認めます。私は確かにあの時、売りました。けれど、私が売ったのは『国』ではありません。……あなたという、無能で、傲慢で、自国を滅ぼしつつある、価値のない『商品』を、私は隣国に売り渡したのです」
「……な、なんだと……?」
「私がバルディア帝国と交わした契約。それは、この国の平和的な救済と引き換えに、私の身柄を渡すこと。そして、あなたのあらゆる醜聞、横領、失態の証拠をすべて提供すること。……つまり、私はあなたを『対価』にして、自分自身の自由と国の民の未来を買ったのですよ」
ジェラールの顔から、血の気が引いていく。
隣のミナも、ガタガタと震え出した。
「そ、そんな……。ソフィア、嘘だろう? お前は俺を愛して……」
「愛? 勘違いしないでください。私があなたを支えていたのは、義務感と、私の実家を守るためだけです。愛情など、微塵も抱いたことはありません。……むしろ、あなたの心の声が聞こえるたびに、吐き気がしていたくらいですよ」
私は立ち上がり、一歩ずつ彼らへ歩み寄った。
足音が、静まり返った謁見の間に響く。
「あなたがミナ様と愛を誓い合っていたその裏で、何を考えていたか、ご存知ですか? 『こいつを適当に丸め込んでおけば、宝石でいくらでも操れる。バカな女だ』……そう思っていたでしょう?」
「ひ、ひぃっ! なぜそれを……!」
ジェラールの顔が驚愕に歪む。
私は追い打ちをかけるように、懐から一束の書類を取り出した。
「そして、これはジェラール殿下。あなたがミナ様に贈った数々のプレゼント……その購入資金は、すべて『災害復興支援金』の横領によるものですね。さらに、ミナ様。あなたが実家に横流ししていた公金についても、すべて調査済みです。これらはすべて、帝国の法に基づき、これから厳しく裁かれることになります」
「……あ、ああ……」
ジェラールは、その場に崩れ落ちた。
そこへ、クロード陛下が静かに立ち上がり、私の隣へと並んだ。
彼は私の肩を抱き寄せ、宣言するように告げた。
「この女性は、すでに我が帝国の筆頭補佐官であり、そして近々、私の妃となる人だ。貴様のような矮小な男が口にしていい名前ではない」
クロード陛下の宣言に、会場の騎士たちが一斉に剣を抜き、地面を突いた。
その轟音に、ジェラールとミナは腰を抜かし、無様に這いつくばった。
「サン・シエル王国の借款返済の不履行、および数々の不法行為への制裁として、本日をもって同国は我が帝国の管理下に置く。王族および関係者はすべて身柄を拘束。……ジェラール、そしてミナ。貴様らには、かつてソフィアを追い出したあの荒れ果てた国境の開拓地で、一生をかけて贖罪をしてもらう。……連れて行け」
「い、嫌だ! 助けてくれ! ソフィア! ソフィアぁぁぁ!」
「殿下! 私、悪くありませんわ! 全部殿下が……!」
醜く責任を擦り付け合いながら、二人は兵士たちによって引きずられていった。
彼らが消えた後、謁見の間には、再び静けさが戻った。
*
その日の夜。
皇宮のバルコニーで、私は夜風に当たっていた。
すべての決着がついた。
明日からは、もう「裏切り者」という言葉に怯える必要もない。
「……ソフィア。寒くないか?」
背後から、温かな温もりが私を包み込んだ。
クロード陛下。彼は私の腰に手を回し、優しく抱きしめてくれた。
「……陛下。今日はありがとうございました。本当に、スカッとしました」
「あんなもので足りたか? 私は正直、もっと残酷な刑罰を与えても良かったと思っているのだが」
彼の「心の声」は、まだ少し不満げだ。
《あの程度の罰で済ませてしまった自分は甘すぎるだろうか。いや、ソフィアが望んだことだ。でも、彼女を侮辱した罪は重い。今度こっそり、彼らの食事を毎日不味くするように指示を出しておこう。……いや、そんなことより、今のソフィアは本当に綺麗だ。月明かりに照らされた横顔。抱きしめている感触。ああ、幸せすぎて怖い。彼女を一生、離したくない》
私は、彼の腕の中で小さく笑った。
「陛下。心の声が、また漏れていますよ」
「……! っ、聞こえていたのか?」
陛下は珍しく、耳まで真っ赤にして狼狽えた。
「す、すまない。君の前だと、どうしても感情を制御できなくて……」
「いいえ。私は、その『うるさいくらいに真っ直ぐな』陛下の本音が、大好きなんです。嘘のない、本当の愛を感じられるから」
私は向き直り、彼の首に手を回した。
これまで、他人の「嘘」ばかりを見てきた私にとって、彼の混じりけのない情熱は、何よりも尊い救いだった。
「陛下。……いえ、クロード様。私を選んでくれて、ありがとうございました。私は、あなたを裏切ることはありません。……いえ、それどころか、あなたを世界一幸せな皇帝にしてみせますわ」
クロード様は、一瞬だけ目を見開いた後、至福に満ちた表情で目を細めた。
「ああ。私もだ。君を、私の命の続く限り、愛し抜くことを誓おう」
重なる唇。
夜風は心地よく、私たちの未来を祝福するように、優しく撫でた。
私が売ったのは、価値のない男。
手に入れたのは、かけがえのない真実の愛と、輝かしい未来。
その取引は、私の人生で最高で、最高に「お得な」選択だったのだ。
――Fin.
読んでくれてありがとうございました!
評価いただけましたら嬉しいです。




