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潮騒の夢  作者: 方舟
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8/20

眠れない部屋

夏のホラー2024で投稿した「顔のない怨念」

https://ncode.syosetu.com/n8874jk/


に登場する、義兄弟とその周辺の人々の話です。


小鳥遊陽充(はるちゃん、僕)

生真面目で面倒見が良く、お人好し。また好奇心旺盛で様々なことに首を突っ込んで痛い目にあっては義兄さかえに助けられている。

新卒で入った企業で人付き合いに悩み、うつ病になって退職した経緯を持ち、悩みを抱えやすい。お話における「ワトソン役」


烏丸さかえ(さかえ義兄さん)

極めて自堕落な自称作家。陽充の姉で故人の烏丸れおなの夫で、現在は義弟陽充と共に生活している。義弟陽充の前では彼をはるちゃんと呼び、ヘラヘラしている胡散臭いおっさん。お話における「ホームズ役」

 夕食の片づけを終え、朝食の準備を終えてやることがなくなってしまうと、僕は周囲を見渡し、無意味にため息をついた。

 ……だめだ、どうしても自室に足が向かない。


 今朝起きたときにした海の臭いは、その後も部屋に戻るたび、ジオラマから漂ってきていた。あの臭いの中で眠るなんて考えたくはないが、ベッドはあそこにしかないし、義兄に相談するのもはばかられる。


「ジオラマから変なにおいがするから、リビングで寝ていいですか……子どもかよ」


 いつも僕を子ども扱いするさかえ義兄さんに、文字通りそんな子どもじみた隙は見せたくなかったし、何より情けなかった。自分が好きで買ったものの臭いが嫌で、部屋に戻るのをためらっている、だなんて。

 ともかく、なるべくリビングに居座っていい理由を見つけ出したい。二階奥の書庫にある本を出してきて読書……はだめだ、最近よくなってきたとはいえ、まだ集中力はあまり続かない。義兄がよくやっているゲームは――これも無理だ、僕は義兄ほどゲームがうまくないし、そもそも義兄が楽しんでいるのはオートセーブ機能搭載のゲームばかりで、義兄のゲームに僕の履歴を残すのはあまりうれしくない。


 なら、処方された睡眠薬を多めに飲んで、いつもは飲まない酒を、こっちも結構多めに飲んで無理やり寝てしまおうか……と考えて、僕は以前、不眠に悩まされて同じことをやった時、心療内科の先生にバレてしこたま怒られたのを思い出した。


「いいかしら、陽充君」


 かつてにこにこしながらすさまじい圧をかけてきた老医師の笑顔が脳裏によみがえった。背後には般若が見えた。たぶん幻覚じゃなく。


「お薬は、しっかり正しく飲んでこそ意味があるの。つらいのなら、この久子おばあちゃんにおっしゃいな、お薬に当たり散らすのではなくね」


 わかったかしら、とニコニコしながらこちらを詰めてくる上品な老婦人。思い出して、今でも震えがくる。


「……だめだ。久子先生に叱られる」


 僕は諦め、ではどうしようと頭を抱えた。

 いつもは夜にしない洗濯を今から進めてしまおうか。いやダメだ、義兄に不審がられる。

 じゃあ掃除……どこをだ。夏が本格的に始まる前にって、書庫を含め義兄の邪魔……もとい、制止を振り切って一切合切掃除しただろ。


「じゃあ、俺もう寝るね。はるちゃんも変にわたわたしてないで、早めに寝なよ」

「えっ……」


 突然の義兄の声に肩が震えたが、逆に考えれば好都合だ。さかえ義兄さんは一度眠ってしまえば本当に朝まで起きてこない。しかもいつも、起きるのは僕のほうが早い。つまり、このまま義兄が眠ってくれれば、ここに一晩中いても不審がられることはないはずだ。


「あ……はい、おやすみなさい」


 振り返って、取り繕うように笑顔でうなずく。さかえ義兄さんはうん、とうなずきかえし、


「うん、おやすみ」


 そうひらひらと手を振って、リビングを出ていった。

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