えびすさま
夏のホラー2024で投稿した「顔のない怨念」
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に登場する、義兄弟とその周辺の人々の話です。
小鳥遊陽充(はるちゃん、僕)
生真面目で面倒見が良く、お人好し。また好奇心旺盛で様々なことに首を突っ込んで痛い目にあっては義兄さかえに助けられている。
新卒で入った企業で人付き合いに悩み、うつ病になって退職した経緯を持ち、悩みを抱えやすい。お話における「ワトソン役」
烏丸さかえ(さかえ義兄さん)
極めて自堕落な自称作家。陽充の姉で故人の烏丸れおなの夫で、現在は義弟陽充と共に生活している。義弟陽充の前では彼をはるちゃんと呼び、ヘラヘラしている胡散臭いおっさん。お話における「ホームズ役」
えびす。
恵比寿、または恵比須とも書く神格で、日本の七福神の一柱だ。釣り竿と鯛を持ち、にこにこと目を細め笑う姿で描かれる。
「確かに、漁業が盛んな地域では座礁、漂着した鯨を恵比寿神に見立てる文化があると言う話は聞きます」
「寄り鯨ってやつね。それに君がイメージした漢字がどれかわからないけど、えびすってこうも書くよね」
言いながらさかえ義兄さんはペンとメモを取り出し、少しクセのある字を書いて見せた。
僕はそれを覗き込む。「戎」「夷」「蛭子」。
前の二つはわかる。えびすというか、異民族などを敵対視して表現する時よく使う字だ。
だが一番後ろのは。
「確かにこういう字を書いて『えびす』と読ませる漫画家さんがいることは知ってますが……。義兄さんこれ、『ヒルコ』では?」
「そうだね、ひるこ、とも読むね。でもヒルコも来訪神でしょう?」
言われて、ハッとした。
ヒルコとは、イザナギとイザナミが国作をした際、初めに生まれたとされる「不具の子」だ。この神は生まれてすぐに葦船に入れられて、国作の拠点となったオノゴロ島から流されてしまった。流されてどこかに漂着した、と言う逸話が各地に残る神格でもある。
「一般的に『えびすさま』はヒルコとする説と、大国主命の子である事代主神とする説が多い。うち、来訪神……という言い方はあまり適切じゃないか、客神、藩神、渡来神……そんな呼び方が一般的かな、このイメージはヒルコから来たと思われるね」
そう言いながら、さかえ義兄さんは残っていたカフェオレを全て飲み干し、それから腕を組んで目を閉じた。
「『えびすさま』と呼ばれる神格はそこから転じて、漂着物を神様の化身として『祀り込める』習俗にもつながっていった。寄り鯨を神と崇めるのもそのうちの一つさ」
「ですがそれとこれと、何の関係が」
僕が首を傾げると、目を開けた義兄は目の前にある砂浜のジオラマを見つめ、深くため息をつく。
「はるちゃん、砂浜に流れ着くものってどんなものだと思う?」
いわれ、僕は指折り数えた。最近だとプラスチックゴミなんかも漂着すると聞くが、民俗学的にこれは除外するとして。
「まず、流木ですよね。あと先ほど話題になった鯨などの海洋哺乳類、もちろん魚も。それから……座礁した船やその残骸、でしょうか」
「座礁船や壊れた船の残骸ね。あとは?」
他の漂着物。何かあるだろうか。
「ヤシの実とかメッセージボトル……とか」
「ブッフ」
思い切り吹き出され、僕は眉を顰めた。
「そんなにおかしいですか」
「いやぁ……はるちゃんはいい子だなぁって」
そんなことを言われても揶揄われているようにしか感じない。
僕の顔色を見て不貞腐れていることに気づいたのか、さかえ義兄さんは苦笑して続けた。
「はいはい、そんなに拗ねないの。今のは俺がイメージした言葉が出てこなかったのが嬉しかったんだよ。――『死体』っていう」