封印を漂うもの
夏のホラー2024で投稿した「顔のない怨念」
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に登場する、義兄弟とその周辺の人々の話です。
小鳥遊陽充(はるちゃん、僕)
生真面目で面倒見が良く、お人好し。また好奇心旺盛で様々なことに首を突っ込んで痛い目にあっては義兄さかえに助けられている。
新卒で入った企業で人付き合いに悩み、うつ病になって退職した経緯を持ち、悩みを抱えやすい。お話における「ワトソン役」
烏丸さかえ(さかえ義兄さん)
極めて自堕落な自称作家。陽充の姉で故人の烏丸れおなの夫で、現在は義弟陽充と共に生活している。義弟陽充の前では彼をはるちゃんと呼び、ヘラヘラしている胡散臭いおっさん。お話における「ホームズ役」
リビングには、まるで通夜のような空気が漂っていた。――いや、その空気を漂わせているのは主に僕だけなのだが。
なぜか僕の部屋に踏み込んできたさかえ義兄さんは、僕の腕をつかんだまま部屋の外へ連れ出した。そしてこういった。
「はるちゃん、最近俺がやってるマルチプレイのアクションゲーム付き合ってよ。何度死んだって俺が蘇生させてあげるから」
何を言っているのだこの人は。今部屋が大変なことになっているのに。
いらだちを抑えきれずにらむと、有無を言わさぬ表情で睨み返された。言葉を失って息をのむ僕に、いつものへらへらとした笑みを浮かべ直して、しかし僕の腕をつかむ手からは一切力を抜くことなく、義兄は階段を降りるため踵を返す。
「さあ、今夜は眠らせないぞっ」
「いや、ちょっと……義兄さん!」
悲鳴を上げた後、恐る恐る振り返った部屋の中は――恐ろしいほどに静まり返り、しかもなぜか……濡れていた床さえも、まるで幻のように乾いていた。
そんな問題のさかえ義兄さんは今朝、徹夜でゲームをやっていたとは思えないほど元気だった。トーストにベーコンエッグを乗せて、ニコニコと至福の笑みを浮かべている。
「あー、やっぱり美味いなぁ、はるちゃんのベーコンエッグ。半熟具合がとろっとろでほんと俺好み」
「義兄さん……あの」
「トーストもさ、外サク中ふわもちで、千切った瞬間あーこれ絶対美味いやつじゃーんってなるの」
「……義兄さん? あの、質問してもいいですか?」
僕は咳払いをし、コップに残ったままだったオレンジジュースを一口飲んで、さかえ義兄さんを見た。
「義兄さんはこれ、何だか知ってるんですか」
「知らない」
呆気に取られ、声もなく口をぱくつかせている僕に、甘いカフェオレを飲みながら義兄は苦笑する。
「はるちゃんは俺のこと何だと思ってんの。あてくし全知全能の神サマじゃなくてよ」
「いやでも、壊そうとしたら止めてくれましたし」
「知らなくても想像つくことくらいはあるさ」
言いながら、さかえ義兄さんは蜂蜜とドライフルーツをかけたヨーグルトを口に入れて続けた。
「『祀り込める』って言葉があるでしょう」
言われ、僕は空を睨んで頷く。
「ええと確か、悪霊だとか疫病だとか、そういうものに神格を与えて祀ることで、脅威や不幸を逸らしたり軽減したりすること……でしたっけ」
そそ、と軽い調子で頷いた義兄はさらに続けた。
「有名なところで言うと菅原道真とかね、外国だと台湾や中国の王爺信仰も、疫病を祀った習俗だよね」
加えて、とさかえ義兄さんはにこりと微笑んでまたヨーグルトを口に入れる。
「祀り込められるものといえば、もう1つの要素がつく神様もいるよね。
それが来訪神――『えびすさま』さ」