解雇
高校を卒業して8年間、文句も言わずに働いてきた。休みは週に一日もなかったし、それも何らかの都合で出勤になったりもしたけど、それでもこんな自分でも必要としてくれるのならば、と思い働いてきた。社長は周りにいる先輩では無く、僕に直接頼んでくる、それをほんの少しだけ誇らしげに思い、頼まれるがままに働いてきた。そんなはずだったのに、、、。
そんなある日社長の息子が、会社に嫁と子供を連れて帰ってきた。
東京で飲食店を開いていたが、失敗してもどってきたらしい。
当分の間、実家にいるらしい。先輩たちは以前から顔見知りらしく、親しげに挨拶をしていた。気さくで、優しそうな人に見えた。
それが、半年もすぎると職場に口を出すようになった。最初は現場に来て、物珍しそうにしていただけだったが、こちらで仕事もなく時間だけは有り余っているのか、作業に加わってきた。すると、段々と現場に口を出すようになり、現場を仕切るようになってきた。社長も自分の息子が会社を継いでくれるのは、まんざらでもないらしく、自分の息子の現場での振る舞いに口を挟もうとはしなかった。
いつもと変わらず過ごしていたある日、僕は息子に呼び出された。
用件は、僕の解雇だった。
最初は意味がわからなかった。僕よりも後輩は何人もいるのに、解雇になったのは僕だけだった。
「何故なんですか?」
と、ぼくが聞くと社長の息子は
「うーん、うちも苦しいんだよね。」と答えた。
「でも、なんで僕なんですか、僕だけなんですか?」と、ぼくはやっとの思いで言葉を絞り出すと、
息子は「そう、言ってもね~、うちも経営厳しいんだよね」と答えた。
ぼくはうつむいたまま「社長はなんて言ってるんですか?」と、つぶやいた。
すると、息子は答えた。
「オヤジはまかせるってさ」
僕は、それを聞くと、作業場の奥にある事務所に目を向けた。すると、そこにはテレビを見ている社長がいた。
今ここでおきていることには全く関心の無い事があきらかにみて取れた。それを見た僕は、何だかどうでもよくなり、
「わかりました、、、。」と、小さく答えた。
息子は
「これ、少ないけど、、、悪いね。」
と言って、封筒を手渡してきた。そして、用事は終わったらしく、さっさと何処かに行った。
僕は、事務所の方に向って、軽くお辞儀をして、立ち去ろうとした。その時、社長と目があったが、社長は興味なさそうに再びテレビに目を向けた。
なんだか力が入らなかった。作業場を抜ける際に働いている先輩達に軽く会釈をしたが、彼らは関わり合いたくないように目をそらし、再び作業に戻った。
「僕は、こんなにもみんなから関心の無い存在でしかなかったのか、、、。」
力無く、足を引きずりながらロッカーに行き、私服に着替えた。ぼくはもう必要も無いのに、ロッカーの掃除をし、作業服をきちんとたたみ、私物をバックに入れ、会社を後にした。
昨日まで、親しげに会話していた人たちはいったいどこに行ったのか?
ここは、僕が昨日までいた世界じゃなくなったのか?
誰一人として僕に目を向けてくれる人はいない。
世界でたった一人きりになったみたいだった。
部屋に帰り、バッグを放り投げ、ポケットの中の息子から渡された封筒をテーブルの上に置き、ベッドの上に倒れこんだ。いきなりの事で、力が抜けきったようで、そのまま眠ってしまった。ふと、目が覚めると辺りはもう暗くなっていた。時計を見ると21時を過ぎていた。会社に行って5分もしないうちに解雇されたので、家に着いた時にはまだ10時前だった。それから眠り込んだから、かなり眠っていたらしい。台所に行き、冷蔵庫の中にある水を飲み、流しで顔を洗った。少しだけ現実が戻ってきた。
封筒の中身を開けて見た。5万円しか入ってなかった。
8年間が、、、5万円か。
ベッドに仰向けになって天井をじっと見つめた。どの位時間が経ったのか、知らないうちに涙が溢れていた。体のあちこちが痛かった。少し熱があるようだった。少し空腹だったが、着替えて布団にもぐりこんだ。
そのまま、熱にうなされ続けた。少しだけ覚えているのは、たまらない喉の渇きに冷蔵庫の水を取り出し飲み干して、再び布団にもぐりこんだのが、何度かあったようだ。枕元には、何本かの水のペットボトルが転がっていた。時計を見ると、信じられない事に二日間が過ぎていた。汗でぐっしょりとなった服を脱ぎ、シャワーを浴びた。まだ少しだけ身体はだるかったが、それよりも猛烈な空腹が襲ってきた。冷蔵庫の中には本当に何もない状態で、水すらも飲み切っていた。とりあえず、何かを食べに行こうと、外に出た。
家の近くのコンビニで、飲み物と新聞を買い、帰る途中にある中華料理屋で食事をした。2日ぶりの食事だった。2日間眠りっぱなしだったので当然だが、この何日かの記憶があまりない。会社をクビになったことは覚えているが、その後のことやどうやって家に帰ったか、詳細が記憶にない。思い出そうとしても、何かぼんやりとして思い出せない。そのうち、思い返す勇気も出てくるだろう。
家に帰り、これから先をどうしようかと考えた。新聞を読み、テレビを見ながら、ウトウトしながら、考えた。
「温泉でもいくか」
我ながら陳腐な考えだ。趣味もなく、言われるがままに仕事をしてきて、いざその仕事さえ奪われたら、残ったものは時間しかない。時間があったら行きたい場所は海外か、手っ取り早く温泉、、、という感じだ。
彼女もいない僕に温泉なんか全く縁の無い場所だし、一人で行くには、少なからずハードルが高い気がする。しかも、男の温泉ひとり旅なんか奇妙だし、むしろ気持ち悪い。
とりあえず、PCを立ち上げ、温泉で検索すると天文学的なヒット数が表記されげんなりとした。しばらく考えた挙句に、幾つかのキーワードを入力して、検索した。
「温泉」「さびれた」「一人旅」あと、考えあぐねて、もう一つ追加した。
「滅多に人が来ない」、、、。
結果は1件になった。
「☆黄昏温泉☆ハッピーパレス」
更に、うちから車で行けるという条件を加え、絞り込んだ。行けると言っても、県はまたぐことにはなるが、電車を乗り継いで行くよりは、旅の風情はないが、軽い気持ちで行ける。さっそく、荷物をまとめて出かけることにした。とりあえず、予約をしようと電話をしてみるが、何度鳴らしてもいっこうに誰も電話に出ない。仕方ないので、とりあえず出かけることにした。宿には途中で電話してみることにした。
僕の部屋は二階にあるので、階段を降りようと下を見た。すると、見た事のある顔が階下から僕を見上げていた。
それは、会社の中でも1番厳しく僕に仕事を教えてくれた桜庭さんだった。
「桜庭さん、、、。」
「おぅ、元気か?」
「はい、いや、風邪引いていて2日ほど寝込んでいました。」
「そうか、、、。道理で夜も暗いままだったんだな」
「桜庭さん、夜もきてたんですか」
「あぁ、お前の事が気になってな。大変だったな。」
「すいません。」
「いや、悪かったのは、こちらの方だ。あの日、俺が休みだったとしても、すぐ社長に掛け合うべきだった。それでな、、、。」
「いや、良いんですよ。僕なら。」
「そんなわけないだろ。お前だって、辞めたいわけじゃないだろ。もう一度社長のところに行って話ししよう。わかってくれるよ。」
「桜庭さん。もう良いんです。僕疲れちゃって。」
「疲れちゃってって、お前これからどうするんだ。」
「少し温泉にでも行ってこようかと思って。」
そう言って、じっと黙っている僕を見て桜庭さんは言った。
「温泉か、それも良いかもな。お前は休みも出勤してたしな、長い休みなんか取ったことないだろう。少しゆっくりして来い。俺がそれまでに社長と話しておくから。」
「はい、、、。」
桜庭さんは、僕の肩をボンと軽く叩き、僕の顔をじっと見つめて、立ち去って行った。
僕は、立ち去る桜庭さんの背中をじっと見つめていた。
そして、アパートの下にある駐車場にとめてある自分の車に乗り込み温泉に向かった、、、☆黄昏温泉☆ハッピーパレスに。