【天使】養殖(4)
「しやしや!」
歓声あげて、【神女】が少女に言う。
「汝、人間が海水に、水滴水塊に見えるか! 『人波』や『人の流れ』なる言葉はあるが、その文字どおりの意味で群衆を見くだすことのできる【天使】などまず生まれぬ。着いて早々、拾いものをしたそかり!」
「拾いもんどころか……」
て、【天使長】がうわごとみたいに、
「途方もない逸材や……最強でおますわ……あいた口がふさがらん……!」
群衆の海をふたつに割った少女は、出来た道を歩きながら、親友を求めて、
「襟紗鈴ちゃん、どこ……?」
海と化した群衆が、その声を次々に伝播しよって、
「エリザベルチャン……ドコ……ドコ……ドコ……?」
「ドコ……ドコ……ドコ……?」
「ドコ……?」
能面の人波がくりかえす、こだまみたいな潮騒に、かつて襟紗鈴やった巾着人間が、わずかに足を止めよった。
海はそれを見逃さん。
割れていく。
人海原が、あらたに巾着襟紗鈴を起点として。
少女は海の導きに従い、容易にたどりつきよった。
目の前に、親友がおる。着てるブレザーでわきから上を包んで、ナイフを持った腕だけをその巾着から突き出し、感情のない瞳をその裂けめから覗かせて。
少女は、まるで立ち泳ぎするみたいに両手を腰の横でひらひらさせながら、呼びかけよった。
「襟紗鈴チゃん、あなタは『クリオネ』……。ただかわいいだけじャない肉食のてンし……!」
「アナタハクリオネ……タダカワイイダケジャナイ……!」
海が、即座に復唱して。
「ニクショクノテンシ……!」
「ニクショクノ……!」
いつかの動画で見たクリオネの生態が、潜在意識の片隅にあったんか、それとも……?
残光くるめくナイフに切り裂かれ、巾着が星形に花開き。
少女は、その大きな口に飛びこんで。
ナイフが地に跳ね。
いましがた巾着人間やった襟紗鈴は、まるで捕食するみたいな勢いで伸ばした両腕でしっかりと、深い友情を抱きしめた。
「おかえりンジュ、襟紗鈴ちゃん……!」
「ただいまンジュ、そしてありがと……! 悪い、いけない夢を見てたみたい……」
抱きあうふたりに、おずおずと【天使長】の声。
「あの……あいすまんことやねんけど……」
「これを仕出かした【天使】がおるそかり。止めねばならぬ。娘、協力せよ」
「お嬢やんを【海天使】とすれば、【巾着天使】というべき下手人が他におるんや、確実に……」
正気をとりもどした襟紗鈴は、少女に俊敏に、
「やろうよ! 面白そう!」
されど、少女は【神女】を見すえ、
「……なぜ、こんなことに? どうしてこんなことが私に可能なんですか? 教えてもらってないことが多すぎる! それをクリアしない限り、あなたの言うことは聞けません。……海ヨ……つドえ!」
少女の背後に盛り上がる群衆塊。
脅すみたいに、沖浪裏みたいに、両手を突き出し波頭と化す。




