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トラゴス

作者: 竹巣 世虫

 私の日々は曖昧である。灰色の微睡んだ時間をただ浪費し、成長の無い自身に只管不快感を覚える日々。そんな生活から生きる意味を見出す事など出来ず、毎日に酷く絶望するのみである。


 人の一生に価値は無い。母から取り出されたその瞬間から、その子供が死ぬ未来が確定している。どんな人間だろうと、肌色や出生に関係なく八十から百年ほどの時間で、傷病に罹ったなら更に短い寿命で死に至る。最初から死ぬ事が決定しているならば、生きる意味など皆無である。


 私の一生は無価値である。私は何も成すことが出来ないのだから、何も成そうとするべきではない。私は何も変えることは出来ないのだから、何かを変える努力をするべきではない。私は何も与えられないのだから、人から何も受け取るべきではない。それが善意や同情によるものだったとしても、私がその恩情を享受するべきではない。


 悪は良い。人に影響を与え、罰を与えることで模範的な見せしめと成る。その存在自体が喜ばれることは無いが、人は悪を見て善を成そうとする。だからこそ、悪は良いものである。


 服従は避けるべきである。どんな規則も刑罰も、人を絶対的に縛ることは出来ない。いくら抑制し圧力を強いろうとも、人の行動そのものを制限することは叶わない。ならば、規則などに従わず、己のみを指針とした者が、最終的に得をする。他者を蔑ろにして傷付け、罵声を浴びせ、踏み躙ることで快楽を得る。そんな人間が、誰もが目指すべき人種である。


 最も幸福な者は、完全に孤独な者である。誰からも妨げられず、害されず、貶されない者とは、日々を真面目に生き、他を思う優しき善人などではなく、人と関わることの無い生涯を送る孤独な者である。孤独とは、世界で最も素晴らしい優しさであり、人はそれを喜ぶべきである。


 人をその人であると足らしめるのは、他者からの認識である。人は死ぬ。どんな者だろうと、その事実は不倶戴天の変わらない未来である。ならば、我々が生きる意味とは何だろうか。我々は日々を生き、時間の中で何かを見出そうと藻掻き、時に草花の自由に羨望し、他者からの悪意ある行動に搾取され、それでも善性こそ有意義であると、誰からも称賛されない価値観の基で、自らも奪取して生きている事を無視しながら、何かを成そうとしている。人が時に自身そのものを憐れみながら生きるのは、きっと他者に愛されたいからだろう。


 人を人であると足らしめるのは、その者を思う他者からの情けである。自身が生きる意味を自ら見つけることは決して叶わず、他者から与えられるのみである。それこそが人間性であり、自らも他者の生きる意味であることを忘れてはならない。完全に孤独な者とは、最も幸福であると共に、最も無価値なものである。


 人の真価は、その死後にこそ現れる。その者の死を偲び、悲しみ、嘆く者の存在が、その者の一生に真の価値を与えるのだ。その者の墓標に訪れ、花を手向ける事こそ、その者の結末を彩る最上の行為である。

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