甘い夢
ピンクの菊を枕元に飾ると夢の中に好きな人が出てきて告白してくれる、そんなうわさ話が流れたのは小学生の時。
「アイドルでもクラスの気になる子でも誰でもいいの。お願いすればどんな相手でも絶対に来てくれるんだから!」
胡散臭いと冷めた私をよそに、隣の親友のテンションはヒートアップしていく。先生に注意されてもお構いなしでフォークを振り回し、おかずの唐揚げを掲げ、まるで予言を受けた聖女みたいに自信たっぷりな口ぶりで語り続ける。途中からこちらが相槌を打つのをやめたことにも気づいてない。もはや狂気の沙汰だ。
私はオカルトを100%信じてない。学校の怪談や都市伝説はもちろん、こんなしょうもなければ根拠もないうわさなんて信じる方が馬鹿というもの。今日だって給食中に話し相手がいない彼女に渋々付き合ってあげているだけ。いつもならさっさと食べ終えて読書に勤しんでいる時間だというのに。
「ね、すごいでしょ? それでやり方なんだけど、一個注意しなきゃいけないことがあって……」
「はいはい、分かったから。この話はお終いね」
まだまだ話し足りなさそうだが関係ない。とっくに空になっていた皿とお盆を持って立ち上がり席を後にする。午後の授業は残り二時間。それさえ終われば待ち遠しい放課後だ。
近所の花屋をはしごして見つけたピンク色の菊は枕元の花瓶に刺した。いつもは見慣れない色だからかほんの少し気味が悪い。けれど、どうせ目をつぶるわけだし、目的のためなら充分我慢できる。逸る気持ちを抑えてベッドに入り、一心に思い浮かべるのは彼女のこと。
ずっと好きだった。幼馴染で生まれた時からそばにいた私の半身、最愛、独り占めしたいもの。だけど彼女は一向に気付く気配はないし、私だけのものにもなってくれない。わざわざクラスで孤立するよう差し向けてもどこからか友人を作ってくる。その向日葵のような笑顔を誰にも向けて欲しくはないのに、こちらの気も知らないで。だから、せめて夢の中くらいは好きにしたっていいだろう。
「あ、来た来た! こっちおいでよ!!」
気づけば夢の中、一本道の先で彼女が手招きをしている。あたりは靄に包まれてはっきりとしないが、彼女の足元だけかぼんやりと輝いている。
「来てくれたんだ。すごい嬉しいよ!」
「……私も、会えてうれしい」
「今まで、ずっと気づいてあげられなくてごめんね」
そう言って抱き寄せられた腕の中はびっくりするくらい冷たかった。けれど、
「わたしも大好きだよ。これからはずっと一緒だから。他の子とはぜったい話さないし、そばから離れてなんてあげないんだから」
甘い声に捕らわれた私は、もう考えることを辞めていた。
数日後、友人に囲まれた彼女はあのうわさの続きを話している。
「え、ピンクの菊のおまじない?」
「そう。おねえちゃんに聞いたら危ないんだって。それにほら、あなたの友達もあれから学校に来ないでしょ? 心配になっちゃって」
「そうなんだよね~ あの子にはまだ途中までしか話してないからホントにやってたらまずいかも。だけど、こういうことにマジになるわけないし大丈夫でしょ」
楽しげに話す彼女の隣、プリントの溜まった席の主をもう誰も思い出せなかった
。
ーー夢の中では言葉を交わしちゃいけない。そうしたら最後、こっちに戻ってこれなくなるだなんて。