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第44話 励ましと再思

 アンナが、王都で一番お茶がおいしい上にケーキもおすすめ、と言っていたカフェに入った時のことだ。

 元々ハイドの富豪の邸宅だったというそのカフェのテラスは、北部山脈を借景とする庭園が自慢らしく、評判の通り、見事な秋バラが咲き誇っていた。山の上のほうは、すでに紅葉が始まっていて、秋の青空に木々の赤と黄がひどく美しい。


(カザックよりだいぶ寒いものね……コッドは今忙しいかしら)

 ソフィーナは涼しい風に吹かれながら、カザック王城の老いた庭師を思い浮かべる。

『フェルドリックさまにも困ったものです。幼い頃は素直な子だったんですが、随分とひねくれてしまった。根っこのところは変わりませんが』

 フィルを介して仲良くなった彼は、そういえば、フェルドリックを実の孫のように扱うことのある人だった。

『花なんてまったく興味がおありにならないのに、「詳しければ、特に女性相手に役立つ」とか身も蓋もないことを言って、私の後をついてきてあれこれ聞いてきて……ただ、去年の秋、ドムスクスから取り寄せたチューリップだけは思い入れがおありなようで、「絶対に次の春に咲かせてくれ」と仰ってましたな』

(ひょっとして……あの花? いやでも、もしそうなら、あんな渡し方、する? ……かも、あの人なら。じゃあ、そのために? ああ、でも、私相手とか、あり得る……?)

 あれから季節が終わるまでずっと部屋に届けられるようになったチューリップのことを今更考えて、ソフィーナは視線を伏せた。


「ソフィーナさま、何を注文なさいますか?」

「え? ああ、そうね、ええと、何にしようかしら?」

 城に納められるここの茶葉には、それなりに馴染みがある。でも、こうして飲みに来るのはもちろん初めて、そして、おそらく最後だろう。

(ハイドに戻ろうと、そうでなかろうと、こんな機会はもう二度とない。何を選ぼう……胃袋、2つほしい。ああ、でも太るかも……うぅ)

 ずらりと書き記されたスイーツメニューを見ながら悩むソフィーナに、ヘンリックは、「お嫌でなければ、取り分けるのはいかがですか? そうすれば、色々楽しめますよ」とにこにこと笑った。

「……お行儀、悪くない? それに、お店の人を困らせるかも」

「たまにのことですから。お店の方に許可をいただきましょう」

 そう言って、彼は立ち上がって、奥へと歩いて行く。

 その彼に気づいて、目で追った後、ガラス越しに羨望の視線をこちらに向けてくる女性がそこかしこにいることに気づいて、ソフィーナは苦笑をこぼした。

 その人、「1歳の時に赤ちゃんだった奥さんに一目ぼれした」って本気で言う、ある意味すごく危ない人です、と教えてあげたくなる。


「失礼」

「……」

(女性だとわかってるのに、本当、男性にしか見えない……)

 風にあおられて顔にかかった横髪を、フィルが耳の後ろへと優しく流してくれて、ソフィーナはつい頬を染めた。

「あ、また。いいなあ、フィル。俺、弟妹に憧れてたんだよ。こんなかわいくていい子が、妹だったら、俺だってフィルみたいにできるのに……」

「ヘンリック、完全無欠の末っ子だもんね。けど、実行するなよ、殺されるぞ」

「だろうね。名前呼びだけでも、恐ろしい顔で睨まれた。フィルのことも殺すとまではいかないけど、いつもものすごい顔して見てる」

「知ってる。いい気味だ」

 戻ってきたヘンリックに、フィルが人悪く笑いながら応じた。


「……」

 ソフィーナはそっとメニューを持ち上げ、その陰に隠れる。そして、彼らが誰のことを言っているのか、敢えて考えないよう、何を注文するかに意識を集中させた。

 卑怯だとわかっているのに、ここのところそんなことばかりしている気がして、後ろめたくなった。

 


 楽しくも、もやもやが消えないまま、人生で最後のハイド城下での休暇を楽しんだソフィーナは、西に傾き、黄色味を強めた日差しの中、城郭外の水運業の組合を訪ねることにした。そろそろ仕事終わりを迎える頃だ。今なら仕事の邪魔になりにくいだろう。


(あ、かわいい……)

 途中、ソフィーナは、若者向けのアクセサリーを取り扱う店のショーウィンドウ越しに、繊細な作りのネックレスとイヤリングのセットに目を留めた。

 何本かの銀の細い鎖が絡まり、小さなアクアマリンや水晶を日の光に反射させるそれは、控えめだけど、ひどく可愛らしい。けれど、“王女”や“王妃”が身につけていい質のものではない。

『ドレスや宝飾品は、王族にとって、ただの趣味で済まされる物ではないの。身につける本人の教養やセンス、他者への気配りのみならず、国家の経済力や文化レベルを見られる――よくよく考えて選びなさい』

 そう言っていた母を思い出し、ソフィーナはそれをじっと見つめた。

(どうしようもなく地味なのに、王女に生まれたばっかりに、私には到底釣り合わないほど質の良いもの、しかも好きかどうかもわからないものに囲まれて生きてきたのよね……。で、不釣り合いのとどめが、フェルドリック・シルニア・カザック)


 足を止めたソフィーナに、ヘンリックが振り返り、ショーウィンドウの中へと視線を移した。

「ソフィーナさまがお持ちの物になんとなく似ていますね」

「……え」

「ほら、水月の宴のものとか、王后陛下の誕生祝賀会のものとか」

「……」

 どちらもフェルドリックから渡されたものだ。

 彼から贈られたものは、すべて高名な職人によるもので、恐ろしく細工が細かく、サイズを問わず使われる石もとんでもなく上質。

 値段を考えるのが恐ろしくて、ソフィーナは気後れした挙句、受け取るのが億劫になり、ある時を境に断ってしまった。


『名目上であっても、僕の横に立つんだ。ただでさえ貧相なんだから、宝飾品ぐらい、というだけのことだ』

『大きな石のとか、目立つのを着けたら、君が宝飾品の添え物になる未来しか見えない』

 そんな風に言われたこともあって、それらの贈り物をソフィーナが喜んだことはなかった。けれど、控えめに、丁寧に作られたガラス向こうのアクセサリーは、ヘンリックの指摘通り、確かに彼からもらったものになんとなく似ている。


「あ」

 そのネックレスとイヤリングが、中の店員によって回収され、ソフィーナの目の前から消えた。

 すぐにフィルが店から出て来る。

「向こうを向いていただけますか……はい、いいですよ。イヤリングも今しますか?」

「……いいえ」

「ああ、やっぱり。ソフィーナさまの雰囲気にとても似合います。街歩きの際にでもどうぞ」

「似合う……」

「ええ、とても素敵です」

「アクセサリーって案外難しいらしいですよ。髪や肌、瞳の色や体格によって、似合うものがみんな違うし、人がもてはやすものがその人に合うとは限らないと姉が。だから、贈る相手をよくよく見てないと失敗する、あんたも気軽にやるんじゃないわよって、散々言われました」

 ソフィーナはガラスに映る自分の首元、確かにそこにあるのに、自分を引き立ててくれる可愛らしいネックレスをじっと見つめた。

(私、これ、好きだわ……)

 そう認めざるを得ない。


「真ん中のお姉さん? そういえば、アクセサリー好きだったっけ?」

「湖西地方に店開いたんだ。騎士団で宣伝しろってうるさくてさ」

「ヘンリック以外、みんな商売人気質だもんね」

 2人の会話を聞くともなしに聞きながら、ソフィーナはカザックの城の自室にある、フェルドリックから贈られたものを1つ1つ、思い返した。

「……」

 金額的にもフェルドリックからと言う意味でも、自分に不相応だとは何度も思った。けれど、似合わないと思ったものは、結局1つも思い出せなかった。



 日差しが傾き、赤みを増していく。昼の青と夕焼けのピンクを混ぜて、斑に染まる運河の川面を眺めながら、王都奪還の際に世話になった水運組合を訪ねた。

 生憎と、組合長は投獄生活の間に腰を痛めたとかで、温泉地に行ってしまっていたけれど、ボボクたちには会うことができた。

 

「おいこら、迷子姫。いくら反乱が収まった、シャダに勝ったって言ったって、だからこそ危ねえだろうが」

「まったくもって大丈夫だったわ」

 呆れる彼に、今日1日誰にも気づかれなかったと拗ね気味に話したら、任夫皆に爆笑された。

「いいんだよ、あんたはそれで。みんなあんたの外見じゃなくて、中身を信頼してるんだ」

「第2王女殿下は、俺たちのためにこんなことをしてくださった、大事に想ってくださってるってな」

 気恥ずかしくて、でも嬉しくて、はにかんだソフィーナだったが、

「ただ、お転婆もほどほどにしとかないと、カザックの旦那に呆れられるぞ」

とボボクに言われた瞬間、一転、情けない顔になったらしい。

「……マジか? ひょっとして夫婦喧嘩か?」

「え、姫さんの旦那って、カザックの完璧王子だろ? うちの国を助けに来てくれた……王子さまとかお姫さまとかも、喧嘩とかするんだなあ」

 そこからは任夫たちもその妻たちも集まってきて、仲直りの方法をワイワイ教えてくれた。ヘンリックに耳をふさがれたせいで聞けなかったものもあるけれど、みんなに心配されて、情けないような、幸せなような複雑な気持ちになる。


「ちゃんと話しな。でなきゃ伝わんないよ。例外もいるけど、女の心の機微を察するなんて、男にゃ基本無理だと思いな」

「男のほうだって、色々あるんだ。惚れた相手にはかっこつけたいって思っちまうってのに、女どもときたら、欠片も理解しやがらねえ」

「な、話さなきゃいけないってのわかるだろ? それでもだめなら、いつでもハイドランドに戻っておいで」

「おー、姫さんなら歓迎するぞ。そっちの騎士さんには嫌そうな顔されちまったけどな」

「くそったれな貴族どもから、陛下と城を取り戻したあんたならできるだろ? 気合を入れな。帰るところはあるんだから、やれるだけやってこい」

 そう言って、みんな励ましてくれたが、結局うまく返事できなかった。



 城の自室に戻ってから、ソフィーナはつらつらとこの先のことを考える。着替えている間も、夕飯を食べている間も、湯浴みをしている間も、そしてベッドに入ってからも。

 そのせいだろう、まったく眠気が来なくて、ソフィーナは深夜、窓の外に目を向けた。黒い山並みに抱かれるように、まばゆいばかりの満天の星空が広がっている。

(やっぱりきれい……)

 漆黒の闇と天空に灯る無数の明かりのコントラストは、ソフィーナが生まれてこの方ずっと馴染んできたものだ。

 なのに、あの晩、フェルドリックと共に見た、カザレナの街明かりに照らされるような星空が、懐かしくなるのはなぜだろう?

(ハイドランドの星空に対抗したわけじゃなくて、ホームシックになっていた私を慰めようとしてくれていたのかも……)

 初めてそんな風に思うことができた。


「……」

 ソフィーナは椅子を窓辺に寄せると、膝を抱えて、その上に頬を乗せ、西の夜空を眺める。

 あの人はこの空を見て、何を思うのだろう――。



 そうして夜が明けた。

 今日、ハイドに入って来るフェルドリックと、ソフィーナはあれから初めて顔を合わせる。




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